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第百九十一話 白王と王女

 ストルク王国の現国王キンレイスには三人の子どもがいる。


 今は亡きキンレーンと次期女王のエイン、それから末の妹、第二王女のリズだ。


 キンレーンとエインは既に成人して公務で姿を見せているが、リズ王女は未成年のためほとんどその姿を公には見せない。


 目の前にいる少女は見た所は、ゆったりとした姿勢で大人びた淑やかさを匂わせているが、顔にはまだあどけなさが残っている。そしてリズという名前。


 この子がストルク王国のリズ王女である可能性は十分あり得る。



 明らかに身分の高い娘だと思っていたが、これは予想の遥か上を行く。



 ……いや、それ以前に彼女達、リジーは何故この街にいる?

 ここはストルク王国の隣国セレシオンだ。彼女達がこの場にいること自体が不自然だ。



 リジーに再開した衝撃で忘れていた疑問が湧水のように溢れてきた。

 それと同時に胸の鼓動が早くなる。これは恋の動悸じゃなくて焦りから来るものだ。考えなくても分かる。



「リズか、良い名だな。その腰にさした特徴的な短剣、ストルクの末裔か?」



 僕が動けないでいると、リーグの静かな声が聞こえてきた。いきなり核心を突く内容に僕の心臓が飛び出しそうになる。


「えっ、どうしてこの短刀のことご存知なんですか?」


 僕が驚いている隙にリズも驚いたように反応した。


 その驚き方は結構なもので、腰の短剣を隠すように手を当て、一歩身を引く。彼女の隣にいたリジーもすぐに僕たちを警戒するような姿勢が変わる。



 一般人が知っていてはまずい情報だったのかもしれない。

 うまく誤魔化せるとと思っていたのに、危険な状態になってしまった。



 まずい、今ここで戦闘になるのはまずい。神器は宿に置いてきているし、圧倒的に戦力が足りない。


 リジーの腰には神器がきちんと装備されているし、彼女がここにいるなら例の屍人と神獣もどこかこの近くにいるはずだ。



 最悪の事態を想定した僕は急いで彼を止めようとしたが、リーグはそれを手で制したきた。目が合うと力強く頷く。


 ここは任せろとでも言っているような自信ありげな表情だ。



「旅の噂で聞いたことがある。ストルク王族の風習のことだ。未成年の王族が一人前と認められるまでの間、肌身離さず持つようにと国王から渡される短剣がある、とな」



 それは一種のお守りのようなもので、成長するまでは親の加護があり見守っているという願いを込めているらしい。


 リーグが知っていると言うことは、それは彼の時代から始めたことなのかもしれない。


 やけに饒舌なリーグは一通り説明を終えると、目を白黒させているリズに目を向けた。

 それは今まで見た彼の顔で一番柔らかい表情をしていた。まるで愛しい孫を見る年寄りのような姿とそっくりだ。



 そして、この慈愛の篭った仕草に、どうして彼がいきなり行動したのかすぐに分かった。


 リズ王女はリーグの直系の子孫だ。遠い未来の子が目の前に現れれば誰だって感傷的にもなるだろう。



 だがそんなことを言っても、怪しまれているこの状況は打破できない。

 何かいい切り抜け方はないかと思ったが、リーグはそれでも余裕の態度を崩さず続けた。



「君が王族と分かっても俺たちは何も邪なことは考えないし、誰にも口外しない。安心してくれ」



 未だに驚いているリズにリーグは近づいて礼をした。王女は金縛りにでもあったように動かなかったが、リーグが危害を加えないと分かるとやがて緊張を解いて口元を緩めた。


「この情報を知っている貴方が好意的な方で安心しました。そのお言葉、信用しますね。大丈夫です、私達もあなた方のことは詮索しませんから」


「ああ、助かるよ」


 リズ王女とリーグは何か特殊な会話でもしたのか、その後自然と握手をして会話を始めた。

 呆気にとられた僕とリジーはその成り行きをただ見守る事しか出来なかった。



「お連れの方はどこかの御貴族の方ですか? 動きに気品のようなものがありますが、お忍びの旅でもされているとか」


 リーグ達を見ていると、近くに寄ってきたリジーが小声で訪ねてきた。二人には聞かれないほどの声量なので個人的に気になったのかもしれない。


「ああ、ちょっと落ち目の貴族だよ……と言っても詳しい地域は語れないけどね」



 僕は深く考えるのをやめて思いついたことをすぐに口にした。


 ここで下手に間を開ければリジーに変に疑われてしまうかもしれない。多少ボロが出ても気づかれる前に彼女達の前から姿を消せばいいだけだ。


「ええ、ですが十分気をつけてくださいね。私達みたいに何も探らない方が珍しいでしょうから」



 リジーはそう言うと僕に悪戯っぽく笑いかけた。さっきまでの臨戦態勢も解いているので、さらに輝いて見える。

 初めて見るリジーのその表情に思わずどきりとしてしまった。


 しかし彼女はそれ以上訊ねることもなく、リズとリーグの二人を見つめていた。

 どうやら危ない橋は渡りきったようで、僕は一人胸を撫でおろした。



 そして、リーグ達の会話が終わると、リジー達は僕に向き直った。


「それでは私達はもう移動しますね。またどこかでお会いしましたら、その時はご一緒に歩きましょう」


 リジーはそう言うとリズを連れて人混みの中へと進んでいく。

 二人の小さな背中はあっという間に人の壁に埋もれ見えなくなっていった。



「全く、僕って危ない橋を渡りすぎじゃないかな……あれ以上続いたら心臓がもたなかったよ」


 彼女達の姿が見えなくなったあたりで僕はようやく長い息を吐き出した。

 今の今まで詰まってうまく呼吸できなかったのだ。



「全くだな。アルドベルの口の軽さには呆れて物も言えんよ。俺の名もリードルフェンなどとふざけた名で呼びおって」


 リーグはさっきとは違って不機嫌を隠さず言った。

 色々不満はあるがやはりリードルフェンの呼び方が一番気に食わなかったようだ。


「いや、名前の呼び方は悪かったよ、とっさに出てこなくてね、ははは……」


 しかしどう言い訳しても僕の非が覆ることはない。

 徐々に鋭くなるリーグの目から逸らすように僕は視線を外してリジー達が消えた方を眺めた。


 西に傾き始めた日が街に長い影を作り始めている。もうすぐ宿に戻るべきだろう。


「ふん、まあいい。それより、この後どうするんだ? 今日はうまく誤魔化せたが次はそうもいかないだろう」


 僕が別のことを考えているとリーグの淡々とした声が聞こえた。

 彼が心配しているのはリジー達の動向だ。彼女達の目的は分からないが、ただの観光というわけでもなさそうだ。


 このまま街の散策を続ければいずれ鉢合わせする可能性が高い。

 気付かれていない自信はあるが、万が一のこともあるので念を入れることにする。


「そのことなんだけどね。とりあえず同じ姿で彷徨くのは賢明じゃないからもう一度変身しよう」



 これは最も簡単な話だが一番有効な策でもある。あとは変身する時にリジーに魔力探知されていなければ問題ないだろう。


 僕は変身する時を考えながら宿へ戻ることにした。

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