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第十九話 少女と決闘

 三人相手だったがあっという間だった。見物人達も同じ思いだったようで静まり返っている。


 少し離れたところではシェリーがあたふたとしていた。貴族の介抱か、私を心配すべきか、どうすればいいか迷っているようだった。


 シェリーが貴族の基準だと少しでも考えた自分が嫌でたまらなかったけど、起ってしまったのだから仕方がない。

 それに、けしかけてきたのは貴族側だか彼らは文句は言えないだろう。


 他の取り巻き達はそれを察しているのか、追撃に来ることはなかった。


 どちらかと言うと、余りに一方的な結果に腰が引けているようだった。一人くらい仲間の心配をしたらいいのに、と思いつつ足元に転がる貴族から起こしにかかった。


 王都に来る前はストニアの病院で沢山の怪我人達を診てきたのだ。

 気絶した相手を起こすのは簡単だった。


 相手の魔核を操作して、本人の活力を上げてしまえばいい。私の手が触れてすぐに彼らは呻き声を上げながら目を覚ました。



 三人とも何が起こったかは体が覚えているようで、私と目が合うと、すぐに這って逃げていった。逃げる時、彼らは化け物でも見るかのように怯えていた。


「いやー素晴らしい戦いだった! さすが我が妹が見込んできた逸材だね!」


 アセット達と入れ替わりで近づいてくる人がいた。


 この国の第一王子のキンレーン殿下だ。綺麗に整った顔は多くの女性を虜にしているという。短く切りそろえられた栗色髪は日に照らされてブロンドのように明るかった。


 その後ろには殿下と同じくらいの歳の青年が立っていた。彼も殿下に負けず劣らずの均整の取れた顔つきをしていた。胸元にはルードベル家の紋章が刻まれている。


「殿下、観ていたのでしたら止めてください」


 悠然と近づいてくる殿下に苦言を呈した。ルードベル家の青年は一瞬顔を曇らせたけど何も言ってこなかった。

 言われた当の本人は爽やかな笑みを崩さず気にしていないと言った風だ。


「どうしてだい? 君のような手練れの戦いを間近で観られるんだ、止めるはずがないじゃないか」


 キンレーン殿下は戦いはしないけど、演舞や決闘などは好んで観戦する方だ。初めて対面した時もぜひ戦闘を見せてくれ、と言われたのを思い出した。


 形はどうあれ彼の望みが叶ったのだ。隣に立つ青年が暗い顔をしているためでもあるのか、より上機嫌に見えた。


「彼らもきちんと学んだはずだよ。力に貴族も平民も関係ないってことをね」



 軽くウインクしてくるところが憎たらしいが、殿下のお陰でこの場は治まりそうだった。ウインクのことには触れず、きちんと礼だけは返した。



「ちょっと待った。リジーと言ったな? 私は君に用がある」


 殿下が撤収を言い渡そうとした時、隣にいた青年が前に出てきた。彼の目は真っ直ぐ私を捕らえ、その表情には怒りが見えていた。


「私はジル・ルードベル。先程は身内のものが失礼したな。君が踏みつけたのは私の弟だよ」


 近くで座り込んでいる弟を目で指し示した。私と目があった彼はまたも顔を引きつらせた。


「騒ぎの責任は彼らが取らねばならない。私が適切に対処しよう」と言って一度言葉を切った。身内の非礼を詫びたのだ。兄弟でもいろいろいるものだ。そう思っていると、ジルはキッと目つきをさらに鋭くした。


「だが、殿下に対するさっきの君の態度はいただけない。エイン様に対しての態度は許されるかも知れないが、殿下に対しても同じように接することは私が許さない」



 ジルがさっきから暗い顔をしていたのは私の態度が気に入らなかったからだった。キンレーン殿下は最初ポカンとしていたが、すぐに気を取り直してジルに気にしていないことを伝えた。


「殿下は口を出さないでください!」


 しかし、ジルはそれを遮って私との距離を縮める。その態度は無礼に当たらないのだろうか。そう思っていると、あと二、三歩のところでジルは立ち止まり、剣を引き抜いた。


 さっきのアセット達よりは魔力の扱いに慣れているようで、魔力強化はあっという間に完了した。


「私はルードベル家の嫡子。剣は上院貴族でも屈指の実力だ。殿下への非礼には厳罰をくれてやる!」



 淡々と告げ終えたジルは、一気に踏み込んで攻撃してきた。アセットよりも鋭く振り抜かれた剣は私の腕へと向かう。しかし、彼の剣でもマジックアーマーを壊すことは出来なかった。


「くっ! 馬鹿な!」


 腕を斬りつける手前の空間で止まった剣を見て、ジルは驚いた表情を見せた。


 反応はさっきのアセット達と変わりはない。さっきの戦闘で一体何を見ていたのか。名門貴族の嫡子でも戦闘経験がないとこの程度のようだ。


 マジックアーマーの存在は知らないだろうけど、直前に見たものくらいは覚えておいて欲しかった。


 それに、いきなり斬りかかる人は嫌い。シェリーが尊敬するお兄さんということで遠慮しようと思っていたが、少し反撃することにした。


 ジルが剣を引き戻したところで一気に距離を詰めた。その行動に、ジルは動揺することなく防御の姿勢をとった。


 一応訓練は受けているのだろう、綺麗な姿勢ではあった。ただ、魔力強化の強度はさっきのアセットと変わらない。


 そう観察しながら、木の枝で薙ぐフェイントを入れてから軽く蹴飛ばした。ジルは「ぐぅっ」と苦しそうな声を出して地面を転がった。


 剣はさすがに手放さなかったようだ。もし離せば、問答無用で気絶させるつもりでいる。


「……簡単なフェイントに引っかからないでください」


 ジルが起き上がるのを待つ間にさっきの攻撃の狙いと順番を説明した。貴族屈指の実力と言うのであれば、そんな簡単に負けて欲しくない。


「この私を! 愚弄するな!」


 ただ、ジルはそれを挑発と受け取ったらしく、荒々しく剣を構えて突っ込んできた。さっきの反撃を警戒してか手数を増やして攻め立てる方針に変えたようだ。


「くそっ、ちょこまかと!」


 魔法強化された人間は普段の数倍の威力と速度で攻撃が可能だ。それは、攻撃を避けることにも応用できる。


 体捌きを組み合わせればジルの攻撃を全て避けることは容易だった。


 マジックアーマーがあるから避ける必要はないのだが、あえて全てを避けることにした。そうして彼の隙ができた瞬間を見計らい、枝の先端でつついては指摘していった。


「今の攻撃は右の脇が甘いです。カウンターを警戒して防御魔法を張るか、一歩引いてください」



 彼の顔は徐々に赤くなっていった。攻撃が全て避けられ、時に悪いところを指摘されることへの怒りや、羞恥によるものだろうけど、遠慮はしない。


「せえい!」


 何度目かの指摘をした直後、大ぶりの攻撃が入ってきた。

 彼の顔には怒りの他に疲れが見えている。


 魔力もそこまで残っていないのだろう、焦って決着をつけにきたというところか。ジルの攻撃を半歩ずらして避けながら、彼の腕を掴んで転ばした。


 軸足も同時に払ったため、ジルはいとも簡単に地面に投げ出された。


 受け身が取れず背中から叩きつけられたジルは「ぐあっ!」と苦しげに叫んだ。


 私はそのまま彼の上に覆うように立ち、木の枝を彼の顔すれすれの場所に差し込んだ。最大限に魔力強化されたそれは、深々と地面に差し込まれた。


「焦って大振りの攻撃をしたら死にます。戦いでは迷いや焦りは禁物、魔法剣士の心構えとしては初歩です。覚えておいてください」


 ジルは目を見開いて口をパクパクしていた。驚愕しすぎて何も話せなくなっているようで、彼から離れても微動だにしなかった。


「そこまで! ただいまの勝負、リジーの勝ちっ!」



 私が離れたところで、キンレーン殿下の声が辺りに響いた。

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