第十八話 少女の実力
「ふぅ」と短くため息を吐き、魔力を体に流し込んでいった。
毎日のように訓練しているので、魔力による身体強化は一瞬で完了した。同時に、もう一つの魔法も発動させた。
「お、戦う気になったな? ま、その程度の魔力強化じゃ戦っても負けるんだがな」
アセットは私が魔力強化したのに気付き、悦に浸った表情になった。
基本的に余程修練を積んでいない限り、魔力強化を全身に巡らせるには少し時間がかかる。未熟なものが急いで構築すると強度は極端に下がる。
彼は私の準備の短さが修練によるものではなく、未熟さ故のものだと判断したようだった。不敵な笑みを浮かべながら魔力強化をしていた。
魔力強化が遅い。殺し合いだとその隙を突いてしまえばいいのだけど、相手は同国の貴族だ。不意をついたら卑怯とごねるかもしれないので仕方なく待つことにした。
「お前、剣も構えんとは戦いをなめているのか? これは教育が必要だな。明日、俺の屋敷に来い。たっぷりしつけてやるよ」
取り巻き達が下品な笑い声をあげた。これが本当に貴族?
余りにも下劣な言葉遣いに寒気がする。少しでも早くこの場から離れて癒されたい。
そう思い、近くに落ちていた木の枝を拾い上げた。私の手首より細く、腕くらいの長さの木の枝だが、彼と戦うには十分なくらいだ。
アセットは最初は不思議なものを見るような顔をしていたが、私が枝を魔力強化するのを見て怒りの表情に変わった。
彼は、「貴様、この俺を愚弄するつもりか!」と叫びながら突っ込んできた。
大振りで振りあげられた剣が打ち下ろされるが、それを木の枝で受け止めた。
高い金属音が響く。同時にアセットは驚愕したように目を見開いていた。
私は剣をそのまま下にいなした。
全体重をかけていたアセットの体は自然と傾き、体勢が崩れた。
その懐に入り込んだ私は、流れるようにボディブローを打つ。全体重を乗せた私の拳がアセットの鳩尾にめり込んだ。
防御魔法も展開されていない彼の体は衝撃で少し浮き上がった。
「ゔっ?!」
アセットは何が起こったのか分からないまま、白目を剥いて地面に沈んだ。
泡を吹いて倒れているところを見ると当分起きなさそうだ。思った以上に弱くて呆気に取られていると、周囲が騒ぎ出すのが聞こえてきた。
「アセット!? 貴様! アセットに何をした!」
取り巻きの一人が前に踏み出ながら叫んだ。
「何って……気絶させただけですよ?」
ボディーブローが見えなかった筈はない。アセットが負けるとは思っていなかったのだろうか、まだ何か喚いていたけど聞く気はなかった。
取り敢えず、このままここで寝かすのは忍びないので起こしてあげよう。
気を失った相手なら魔力の流れをいじれば起こすことができる。アセットに触れようと手を伸ばすと、さっき叫んでいた取り巻きに遮られた。
「気を失っている相手に何をするつもりだ!」
顔を真っ赤にして怒鳴った彼は、敵討ちのつもりか剣を引き抜きざまに切りかかってきた。
横向きに薙ぎ払った剣は真っ直ぐ私の首元に迫ったが、手前の空間でピタリと止まった。
彼が寸止めした訳ではない。私の防御魔法に阻まれたのだ。マジックアーマーと呼ばれる高度な防御魔法。
体を覆うように展開されたそれは、重さのない鎧を身につけているようなもので、大抵の攻撃は防ぐことができる。
この魔法は防御力も高く、移動にも制約が無いので私は重宝している。
問題は消費する魔力が多いので、魔力の少ない人間が使うとすぐにバテる。この王国で長時間扱える人は私以外だといない。エイン王女でも少し打ち合えば疲れて動けなくなるのだ。
そんな最強クラスの防御魔法を展開すれば、さっきの攻撃は木の枝で受けるまでもなかった。
「あ、当たらない?」
攻撃した取り巻きは焦りながら剣を戻し、もう一撃加えようとしていた。何度も打ち込まれるのも面倒なので持っている枝を横薙ぎに一閃した。
魔力強化した剣は普通の剣よりも切れ味や破壊力が上乗せされる。こと魔法剣士同士の対決となると、剣術の力量が互角の場合、勝敗は魔力強化の強度で左右される。
それは木の枝でやっても同じだ。魔力強化の練度が高ければ、金属でできた剣に対して打ち合うこともできる。
さらに、その上にマジックアーマーの硬度があれば破壊することだってできるのだ。
「な、そんなばかな! 私の剣が……」
取り巻きは柄の根元から折れた剣を驚愕の眼差しで絶句していた。そんな彼の後ろに回り込んで膝を蹴り落とし、跪く体勢にさせた。
「戦いで余所見しないでくださいね」
そう言って彼の背中を踏みつけて地面に転ばせた後、首筋に枝を突きつけた。
「き、貴族相手にこんな事をしてただで済むと思うなよ……」
「先に仕掛けてきたのは貴方達ですけどね」
這い蹲っている貴族はまだ諦めていないのか、どうにか逃げようと藻搔いていた。この人、どうしようか。武器もない人を攻撃するのも嫌だし……
そう考えていると、背後で魔力が高まっていくのを感じた。
また誰かが攻撃してくるようだ。魔法弾を撃ち込むつもりなのだろうが、準備に時間がかかり過ぎている。
レイ隊長が見たら笑顔でお説教することだろう。
「これが貴族という方達なんですね……」
ため息の代わりに愚痴を吐いた。
そして振り向きざまに魔法弾を数発撃ち込んでいく。威力を抑えたそれらは、アセットの取り巻きの一人に着弾した。
「えっ?!」
魔法弾の準備に集中していたその人は、突然の衝撃に泡を食った表情のまま地面に崩れ落ちた。
この人も泡を吹いて気絶している。少し威力が強かったかもしれない。
足元で何か喚いていた貴族も、肺から息を押し出されていつの間にか気絶していた。
ほんと、どうしてこんな事になったんでしょうか。この後の対応を考えながら空を見上げてしまった。空は憎たらしいくらいに晴れ渡っていた。




