第百七十九話 灰王の行く先
フォレスはしばらく無言のまま僕を見ていた。何の感情も見せないまま風に揺られる右袖を押さえたままだ。
まるで彼の周囲だけ時を止めたようだった。
僕の行き先が意外だったのだろうか。まあ、確かに突然大国に行くって言ったら怪しまれるよな……
フォレスが余りにも動かないでいるので、気まずくなった僕は理由を説明することにした。
「セレシオン王国にはあるものの収集に行くんだよ。ジェスが持って来てくれた情報があるからさ。ただ、正確な場所は分からないから完全な手探りになるけどね」
僕はフォレス以外に聞こえないように声を落として言った。
特にリーグには聞かれないように注意を払った。
と言うのも、シェスから得た情報はリーグと縁のある人物だからだ。
例え現世に興味のない男でも、自分の身内のこととなれば話は違ってくる。
必ず何かしらの妨害をしてくるだろう。
それが分かっていた僕は敢えて核心を突かない表現で濁した。
「珍しく勿体ぶるな。今度は誰を連れてくるんだ?」
しかしフォレスは単刀直入に聞いてきた。僕の考えていることなんてお見通しと言わんばかりだ。
「ふふっ、それは帰ってからのお楽しみだよ。取り敢えず、いつでも動けるように屍人魔法の準備は進めておいてくれるかい?」
リーグが近くにいないことを確認した僕はフォレスに悪戯っぽく笑いかけた。
いつもは計画を全て話していたが今回ばかりは話すつもりはない。
ただ僕がやろうとしていることは筒抜けなのでフォレスにはそれで問題ないようだった。
彼も納得したようにニヤッと笑い返した。
「次の素材も期待していいってことだな? 準備の方は任せろ。屍人魔法ならいつでも発動可能だ」
仲間として頼もしいことを言ったフォレスは満足したように奥へと戻って行った。
その後ろ姿を見届けた僕はメウラを探した。これからしばらく出かけることを伝えるためだ。
いつものように奥の部屋でうたた寝していたメウラは、起こされた不機嫌も見せず、僕の突然の外出に驚いた。
「目が覚めたと言っても体は本調子じゃないのよ? それでも行くって言うの?」
すぐに不機嫌顔になったメウラは僕の右腕を見ながら言った。
彼女の中では僕はまだ病人扱いだ。旅をするにしては体力が万全に戻っていないと言うことなのだろう。
僕の身を心配してくれることは嬉しかったが、本来の目的を忘れてしまっては困る。世界の破滅の方が僕の体より優先度は高い。
この程度で休んでいる暇はないのだ。
「体力なら旅の途中で戻るよ。それに、目が覚めたら次の行動をしないと僕の気が落ち着かない。止めたって無駄なのは君も知ってるだろう?」
僕は王都リールに行った時のことを思い出して言った。
あの時も、一人で行くと言ったら全力で止められた気がする。その時はリールに行く利点を幾つも挙げて説き伏せ、何とか彼女の了承を得たものだ。
しかし今回はその必要もなかった。
僕がメウラへの説得を試みようとした時、彼女はため息とともに首を振った。
「またあれやこれや言われるのも面倒だから何も言わないわ。ただ、一つだけお願いというか約束してほしいことがあるわ」
そう言うとメウラはずいっと顔を僕に近づけてきた。間近で見る彼女の青い瞳には少し痩せた僕の顔が写り込んでいた。メウラがこうも強気に出る時は、決まって強引に話が進められる。
「何だい? 土産なら適当に見繕ってくるけど」
適当に訊ねるとメウラの気温が下がるようにその表情が冷たくなっていった。
「絶対に無茶しないって約束してくれるかしら。これでもあなたは私達をまとめる存在なのよ? 何かあったら困るじゃない」
メウラの声は冷気をまとったように僕の背中を冷たく撫でるようだ。
女性を怒らせることはよくないと知っていたが、ここまで本気で怒られると言い訳をする気力が湧かない。
彼女をどう鎮めようかと落ち着かない気分で思案していると、不意に背後からリーグの声が聞こえてきた。
「それならオレが同行しよう」
今までどこに行っていたのか、潮風の香りを纏わせたリーグはずかずかと僕らの前まで歩き、空いている椅子に腰掛けた。
その風態たるやさすが元国王だ。ここにいる誰よりも堂々としていた。
「えっリーグが?」
「もちろん無茶はさせない。万一のことがあれば転移の魔法具でこいつをここまで飛ばす。それで問題ないか?」
メウラも予想外の人物の申し出に泡を食ったように驚いたが、リーグはそんな彼女を無視して畳み掛けた。
「……あなたがそんなこと言うなんて珍しいこともあるわね。操られている範囲外からは何もしないと思っていたけど」
リーグの勢いに少し押されていたメウラは彼を頭からつま先までじっくり観察して言った。
と言うか僕も彼がそんなことを言うとは思ってもおらず、二人のやり取りをただ見ているだけしかできなかった。
「ただの気まぐれだ。少しこの男に興味が湧いてな。話を聞きたいからこいつの旅に同行するだけだ」
リーグは僕の顔を一瞥してメウラに説明した。僕の話が聞きたいと言ったところで少しどきりとしたが、聞き流すことにした。
僕が出かける理由を彼が知っているはずがない。
例えフォレスとの会話を聞かれていても、本筋までは理解していないはずだ。
頭の中でそう言い聞かせていると、メウラがため息をつく音が聞こえた。
「分かったわ。リーグがついてるなら安心できるわね」
腕を組んで頷いたメウラは最終的に僕の外出を認めてくれた。
人生何が起きるか分からないものだ。戦い以外は協力してくれないと踏んでいた人間が急に僕に興味を持って手助けしてくれるのだから。
リーグに礼を述べる傍、僕はそんなことを考えていた。




