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第百七十六話 貴族の秘密

 リーグが持って来た布には青い幾何学模様の描かれた紋章が施されていた。



 受け取るとその手触りの良さに驚かされる。指にしっとりと張り付き、それだけで高価なものだと理解できる。

 そしてその布切れだけで僕は誰が来たのかが分かってしまった。


 そう言えば彼にはここに来るよう指示していたな。すっかり忘れていたよ……



「何よリーグ、あたしとアルの時間を邪魔しに来たの?」


 布切れを見つめているとエンカがリーグに噛みつくように言った。


 それは少し誤解を生む言い方だ、と思った時にはリーグの顔は怪訝な様子で眉が上がっていくのが見えた。


 別に神獣とイチャついていた訳ではないが、リーグに誤解されないように視線だけ向ける。大丈夫、リーグなら言わずとも分かってくれる。


 しかしリーグはそれを別の意味で受け取ったのか、意味深な顔を僕に向けた。


「そいつは悪かったな。客人の相手が終わったら好きなだけ続けてくれ」



 ついてこい、と素っ気なく言ったリーグは踵を返して部屋の出口へと向かっていく。


「違うよ? 僕とエンカはそんな関係じゃないからね? って聞いてないよ……」


 僕はリーグに追いかけるように言ったが、彼に届いていないのかそのまま上えと階段を登って行ってしまった。


 彼に何と説明しようか考えていると、後ろにいたエンカの刺すような視線で睨まれる気配を感じた。



「ねぇ、そう言う関係じゃないって、どう言う関係なのよ。 あたし、絶対に怒らないから言ってみな?」


 リーグだけじゃなくエンカにも誤解を与えたようだった。



 それは絶対に怒ると言ってる口調だ。振り返らなくても分かる。


 険しい顔のエンカが僕を睨んでいる姿が容易に想像できた。目覚めてすぐだと言うのに背中に嫌な汗が伝い落ちる。


 人じゃないけど相手を気遣う言動は僕には難易度が高い。これなら殺気だったリジーを二人くらい相手にした方がまだ気が楽だ。


「さ、さあどう言う関係だろうね。多分、主人と使いの素晴らしい関係って言ったんだよ」


 とりあえず今は当たり障りのないことを言って切りぬけよう。



 そう安直に考えた僕はバカだったのだろう。後ろで徐々に高まる魔力を感じて僕は死期を悟ってしまった。



「ふーん? あたしが命がけで助けたのに、ただの使い? いい度胸してるじゃない!」


 興奮したように言ったエンカに僕を魔力だけで持ち上げられ、そのまま外に連れ出された。

 そして、冷たい風が頬を撫で身震いする間に僕は波打つ大海原へ放り投げこまれてしまった。


 突然冷たい海水に浸され、心臓がぎゅっと掴まれる感覚が僕を襲う。



 おかしいな、僕はここでは主人のはずなんだけど、一番雑に扱われてるきがする。それにしても下から見る海は綺麗だな……



 水面から透き通った青い光に感動しながら僕は海中に揺蕩った。



 さっきのは僕が悪かったように思う。エンカはああ見えて傷つきやすいからな、後で謝っておこう。


 一瞬で反省を終えた僕は、海面でしばらく空を眺め、リーグの元へと向かった。


 僕が寝ていた家の横には客人を迎え入れる小さな小屋がある。リーグはその小屋の前で壁に背を預けて僕を待ってくれていた。



「……戻ったか、ほら客人がお待ちだ」



 渋い顔をしたリーグに案内された先には一人の男が無表情で座っていた。


 短く切りそろえられた栗色の髪は固められたように艶があり、整った顔立ちが見事に調和していた。髪と同じ栗色の上等な服で身を包み、見るからに上流の人間だった。


「やあ、待たせたかな。少し滴ってるけど勘弁してくれ。汚れたら弁償するからさ」


 僕は客人に向かって笑いかけて手近な椅子に腰掛けた。


 海から上がってそのまま来たので、僕の服が吸い込んだ海水が床に広がっていく。

 しかし客人はそれでも微動だにせず僕を見つめたままだ。


 少し支配が強すぎたかな? まあ、何にしてもここまで来れたのなら問題なしだね。


 無言を貫く客人に僕は苦笑した。

 客人の名はシェス・ルードベル。まあ、客人といっても彼が自らここに来たわけではない。



 それは僕がリーグの遺骨を回収しにストルク王国の王都に向かった時だ。

 僕はシェスにある情報を持って来させるため、秘密裏に命縛法をかけた。


 どうして彼なのかと言うと、メウラの情報網でも入手できない情報を彼が持っているからだ。

 その情報は僕が長年追い求めていたものだったから、多少危険でも彼を操ることにした。


「これが王都クーチの秘密だ。この情報を知っている人間は、私の他にセレシオン王国の現国王だけと記憶している」


 シェスはそう言うと懐から厳重に封された書簡を僕に手渡してきた。


 その中には何も書かれていない紙が一枚だけが封入されいる。これは魔力を流し込めば文字が浮かび上がり、読み終えたら自動で消滅する燃焼魔法が刻まれている。


「本来は受け継がれず、遥か昔に失われるはずだった記録。これは不用意に他人に話してはならない」


 僕がしげしげと紙を眺めていると、シェスの抑揚のない声が響いた。


 彼曰く、ここに書かれている情報は秘密裏に伝搬された内容で、本来はシェス達も知らないはずの情報らしかった。



 それでも彼が知っているのは、大昔のルードベルの当主が高値で情報を買いとり、今まで大切に保管していたかららしい。


「ありがたく頂こう。心配しなくてもこの情報は誰にも漏らさないし、僕が失わせてあげるよ」


 その前に存分に利用するけどね……



 そう心の中で呟いた僕は既に次の作戦が頭の中に浮かびつつあった。

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