第百七十二話 王女の依頼
シーズを回収した私達はすぐに王城へと戻った。
シーズは周囲に目立った足跡が見つからず苛立っていたが、私とジークが組み上げた魔法具を見てすぐに機嫌を取り戻した。
最初はどう宥めようかと思ったが、案外簡単に鎮まってくれたのは助かった。
シーズは見た目も口調も厳つい神の使いだ。しかし中身はとても素直で誰よりも優しい。
そして戦いになると、先陣切って有り余った力を振るうとても頼もしい存在だ。
そのシーズは今は小型化し、私の膝の上で丸まって寝息を立てている。
現在、私達は謁見の間の脇部屋で待機していた。
というのもキンレイス国王に面会に向かった所、公務で移動中だったのでここで待つようにと宰相に言われたからだ。
エイン王女も別の公務で身動きが取れないらしく、しばらくここで待つ他ない。
しかし急ぐ話でも焦りは禁物。体を休められる時は全力で休むことも大事だろう。
意識を切り替えた私はシーズの小さな背中を撫でる。するとシーズから満足そうな鼻息が聞こえてきた。
「ジークも少しは休んでくださいね。屍人でも休憩は必要ですよ」
シーズから視線を外した私は、横で魔法具を調べているジークに声をかけた。
この部屋に入ってから彼は魔法陣を観察し続け、転移先の場所を特定しようとしていた。
黒い魔法具は青白い光に包まれて宙に浮いていて、時折何かに反応するように赤い光が点滅している。
「お気遣いありがとうございます。しかし、もう少しで解析も終わりますし、その後で休息をいただきます」
ジークは魔法具から視線を外さずに答えた。それだけ今は集中しているのだろう。
淀みなく流れる魔力がそれを物語っていた。
ジークが働いた分前に進めらのだから邪魔をしてはいけない。後で十分に労ってあげよう。
そんなことを考えていると、部屋の戸をノックする音が聞こえ、リズ王女が静かに入室してきた。
彼女は私の姿を見つけると嬉しそうに口を緩ませて小走りでやってきた。
「リズ? どうしてここに?」
「リジー姉様お久しぶりです。突然押しかけてしまってごめんなさい。ここのことはダンストールさんに教えてもったんです」
開口一番に頭を下げたリズはここに来た理由を説明してくれた。
どうやらシェス・ルードベルの一件をジェットとエメリナから聞いたらしく、自分でも何かの役に立てないかとやって来たようだった。
自分一人だけ何もできずに待っている。それが堪らなく嫌で、それならいっそ皆と一緒に戦いたい。そう言うリズの強い思いが伝わって来た。
彼女の気持ちは痛いほどよく分かった。
実の姉であるエイン王女も前の戦闘で死にかけ、見送った隊員の多くが帰らぬ人となった。そのことが彼女を急き立てているのだろう。
「でもリズはまだ十二歳で、実践もまだです。今の状態では危険な場所へ連れて行くことはできません」
私はリズの申し出を断るつもりで言った。
確かにリズは強い。戦いの飲み込みも早く、まだ数回しか剣を教えていないのにその実力は既に大人顔負けだ。
それに最後に見たのは三十日程前なので、今ではさらに上達していることだろう。
しかし今回ばかりは連れていけない。
普通の任務なら同行させてもよかったが、今回はレベルが違う。アルドベルが裏で絡んでいるかもしれない状況で王女を連れ歩く訳にはいかなかった。
「その通りです。ですが、リジー姉様も十二歳で実践を経験されています。今の私と同じ歳です。私は……誰かがいなくなったり、傷付いていくところなんて、もう見たくありません!」
リズは私から視線を外さずに言った。今までにない声量に少し驚いたが、それだけリズの本気が伝わってくる。
彼女の目を見返すとリズは一瞬怯むように身構えたが、すぐに気を持ち直して見つめかえしてきた。
それは小さい子が意地を張るようで、実際リズの目は少しだけ潤んでいる。
しかしただ駄々を捏ねている訳ではない。しっかりとした意志で私のところに来たのは明らかだ。
それなら彼女の要望に少しでも応えた方がいい方に働くかも知れない。
逆にリズのような性格は放っておくと一人で行動する可能性もある。手元に置いていた方が安全だろう。
リズから視線を外した私は小さくため息をついた。
「そう言えばリズは誰かに似て凄い頑固な王女でしたね……分かりました。それなら今回の調査の間は私と行動しましょう」
私が国王に掛け合ってみると言うと、リズの両目は光が灯ったように輝いた。
しかしリズが何かを言う前に、私は人差し指で彼女の口を封じて念押しで言った。
「ただし、実践は私がいいと言うまではさせません。もちろんリズの訓練にも付き合うので、そこは臨機応変に行きましょう」
今回はシェスの追跡調査が主な仕事だ。戦い以外の魔力探知などを練習させるいい機会でもある。
それに戦闘はあくまで可能性だけの話なので、危険と判断すれば彼女だけ国に帰せばいい。ジークもシーズもいるので簡単だ。
「はい! よろしくお願いします!」
リズは余程嬉しかったのか小さく踊るように飛び跳ねていた。
その様子を見ていると不思議と気持ちが和らいだ。
リズは私と違って純粋で光の中に住んでいるから、一種の憧れなのかもしれない。できれば彼女にはそのまま美しい世界で生きて欲しいと願ってしまう私がいた。
ふと下を見るといつの間にか目を開けたシーズが私を見上げていた。
私がリズの同行を許可したことが不思議だ、と言う顔をしていたが、目が合うと諦めたように首を傾げた。
まあ、後継を育てることは悪いことじゃないからの。好きにするといい。
シーズの仕草はまさにそんなことを言っているように感じた。




