第十七話 少女と揉事
どうして、こんなことになってしまったんでしょうか。
私は手に持った木の枝を地面に刺して腕を組んだ。周辺には紳士服を着た貴族の方が数名、泡を吹いて転がっていた。
時は少し前に溯る。
ちょうど、昼食のために休憩に入った時のことだ。
「ちょうどお昼ですわね、私たちも外に出ていただきましょう」
馬車が停まったので何事かと外を確認していると、シェリーが扉を開けながら教えてくれた。
馬車旅ならば普通のことらしい。前乗った時は食事も馬車で済ませていたので分からなかった。
外に出てみると従者らしき人達が忙しなく昼食の準備を進めていた。
各貴族で別れて机や椅子などが設置され、そこには既に主人たちがのんびりと腰掛けていた。この一帯だけさながら外食パーティーのような華々しさで包まれていた。
辺りは草原で危険な生物は見当たらないが、初めて見る光景に面食らってしまった。
「こんなところで寛ぐなんて驚いたか?」
馬車から降りていたエイン王女が私に気づいて声をかけた。周囲の貴族たちはエイン王女に気づき注目していた。
「皆、私ら王族がどこの貴族に近づくのか観察しているんだ。それで何か勢力が変わるわけでもないというのにな」
どうやらこの華々しいセットは全て権力を誇示するためらしい。
いかに優れた家具、従者、料理人を連れているかを競い続けているのだ。
いつから始まったのか正確には分からないが、百年前には既にこの風習はあったそうだ。
「王女はどちらに行かれるのですか?」と周りに聞こえないように尋ねてみた。答えの内容によっては彼らの気分が害されるかも知れない。
「……私はどの席にもつく気は無い。それよりも馬と食事した方が楽しいぞ?」
エイン王女も小声で返してきたが、やはり聞かれなくて良かったようだ。
後ろに控えていたフィオがパンと干し肉を取り出していた。
彼女はいつものスカートではなく、動きやすいズボンタイプの服を着ていた。
「リジーは何か食べないのか?」
馬車の側に座ったエイン王女はフィオさんから受け取ったパンをかじり始めた。
以前、旅の間は食事は直ぐに食べれるもので済ませると言っていたが本当だったようだ。この人は王族と言うよりかは、どこかの傭兵の団長という表現がしっくりくる。
「私は馬車の中で済ませています」
エメリナから貰ったお菓子で、とは言わずに伝えたが、エイン王女には筒抜けになっているようだった。
「エメリナはリジーにはとことん甘いからな。配置を間違えたかもな」エイン王女は冗談混じりに昨日のことを話してくれた。
王女の食事が終わったところでダンストール宰相が近づいてきた。彼は国王の側近で政務などをまとめる立場にある。今回の儀式も王に代わり責任者として同行していた。
ダンストールは恭しく礼をした。
「ご歓談中しつれいします。エイン様、この後の動きのことでお話がございます」
ダンストールはそのまま私に目配せをしてきた。席を外して欲しいということだろう。
私は二人に礼をして移動することにした。エイン王女は「また後でな」と言い、宰相と話し始めた。
出発までもう暫くあるらしいので馬でも撫でに行こう。そう思ってさっきまで乗っていた馬車に戻ろうとした。
「そこの女、待ちたまえ。黒髪のお前だ」
不意に後ろから声をかけられた。黒髪の人間はこの場だと私一人しかいない。やや高圧的な言葉遣いに面倒ごとしか感じなかった。
渋々振り返って声をかけてきた相手を確認した。そこにはニタニタと気持ち悪い笑みを貼り付けた男性が立っていた。
ベージュ色の紳士服に身を包んだその人は名前は知らないが、どこかの家の嫡子なのだろう。次期当主の証となる腕章を付けていた。
後ろにも数人いた。彼の取り巻きの人達なのだろうか、面白そうに私達を見ていた。
「何かご用ですか?」
少し、いやかなり不快な気持ちになったが、顔に出ないようにぐっと我慢した。もしかしたら穏便に済むかもしれない。
「ご用ですかとは失礼な奴だな。全くこれだから平民はなってない」
そう吐き捨てるように言うと胸を張った。
「いいか? 上院貴族のラブレイル家の嫡子たるアセット・ラブレイル様が話しているのだぞ。もう少し敬った態度を示したらどうなんだ?」
呼び止めた理由は他にあるらしかったけど、その前に私の態度が気に入らなかったらしい。
シェリーは何も言わなかったと言うのに、貴族でもいろいろな人がいるようだ。もしかしたら、このアセットのような貴族が大多数なのかもしれない。
王都に行く前にストニアから聞いていた貴族の特徴にぴったりと当てはまる。
「私は候補者としてこの場に参加しています。そこに貴族と平民に差はないはずですよ。私はこれからお馬さんを撫でに行くので失礼します」
それでは、といい残して立ち去ろうとすると後ろから魔法を撃ち込まれた。魔法は私の直ぐ後ろでバチっという音を出して爆ぜた。
軍に入ってからはいつでも戦闘できるよう薄く防御魔法を展開している。そのため、不意打ちにも対処できるようになっている。
とは言ってもいきなり後ろから攻撃してくるのは人としてどうかと思う。敵でもない自国民相手にやることではない。
「ちっ、上手く防ぎやがったか! まだ、話は終わってないんだよ!」
アセットは苛立ちを隠すことなくどら声で話し始めた。
「お前、さっきエイン王女と親しく話していたな? 平民の分際で王女と会話するのはどういう了見だ?」
いきなりエイン王女の話が出てきて言ってる意味がよく分からなかった。お酒でも入っているのか、私が何も返さないことに気が大きくなったようだ。アセットは腰に挿した剣を抜きながら続けた。
「第一、平民が王女の推薦でこの場にいることがおかしい! どんな手段で取り入ったかは知らんが、俺が暴いてやろう!」
そう高らかに宣言すると、剣を真っ直ぐ私に向けて構えた。
彼の思考回路はよく分からなかったが、要するに、私が王女に推薦されたことに嫉妬しているようだ。
他の貴族が推薦されても嫉妬しただろうけど、相手が平民だから我慢できなかったのかもしれない。これは対応を間違えれば襲ってくるだろう。
「剣なんか構えて、どうするつもりですか?」
「この国は実力主義だ。お前の実力を測ってやる! 負ければそのまま歩いて国に帰るんだな!」
剣を私に向けたまま睨みつけてきた。やはり戦うつもりのようだ。それも真剣で。
周囲の貴族達は騒ぎに気づき注目し出した。
ざわざわとした声が聞こえている。
冷やかし半分で見る者、どちらが勝つか賭け始める者。私の実力が見れると期待する者の声など色々なものが飛び交っていた。
ここまで騒ぎになってしまっては無視していくのはできなさそうだった。
見た限り、同行している貴族たちの半分は集まってきている。
その中にはシェリーもいたが、彼女は慌てて何か言っていた。遠くて聞こえなかったけど、口の動きだけだと「逃げて」と言っているようだった。
「私、あなたと戦う気は無いんですが、その剣を収める気はありませんか?」
無駄だとは思いつつも最後に尋ねることにした。無益な争いはできれば避けたい。
「逃げる気か? なら、お前の負けだな。ここにいる貴族たち全員が証人だ。王女様の選出した候補者は戦いもできない腰抜けだと広まるだろうぜ」
アセットは勝ち誇ったように宣言してきた。初めからこれが狙いだったのだろう。私には戦う以外に選択肢がなくなっていた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
今回は少女の戦闘がメインでした!
次回も戦闘が続きます!




