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第百五十九話 黒剣の待ち人

 僕の楽器を商人から買い取ったのはケニス小国と懇意にしていた貴族だった。

 ケニス王国はこの貴族に資金援助を何度も受けており、かなり優遇している貴族だったのは知っている。

 国が滅ぶ一節前にも父上と会談していたくらいだ。



 しかし実際の彼らの思惑は違った。


 アトシア大陸の北西に移動する道中調べて分かったことだが、彼らは僕たちの国を狙っていたのだ。

 ただの貴族で収まることで満足せず、ケニス国を占領し、そこで新たな国王として君臨する。


 そしてその野望が叶う前にケニスが滅ぶと、興味を失ったように手を引いた。


 大国に滅ぼされた国は例え存続したとしても属国として扱われる。そんな国王にはなりたくないと彼らの行動が語っているようだった。


 聞いてるだけで胸糞悪い内容だが、所詮は他国の貴族。元王子の僕が文句を言えることではなかった。



 だから僕は母の形見を回収ついでにその貴族を滅ぼすことにした。


 未練がましくケニス王国の貴重品を秘密裏に集めていることも気に食わなかった。そんなにケニス王国が好きなら望み通り後を追わせてやろう。



 しかしそう息巻いても、大国セレシオンに貢献する大貴族を相手に堂々と攻め入ることはできなかった。固有の騎士団もいるようで守りは万全なのだ。


 それに例え全て倒しても次は王国自体が相手になる可能性もあった。



 早く殺してやりたいと思った僕は、どうにか崩せないかと貴族の情報を手当たり次第に収集した。


 親族の人数や構成、貴族同士の繋がりに騎士団の人数。それから屋敷の数や広さ。貴重品がどこに保管されているのか事細かに調べ尽くす。


 それらの情報を頼りにどこを崩せば効率よく倒せるのかあらゆる角度から予測を立てて行った。


 そして調査を始めてから一節が経ったころのこと。僕は思いがけず母の形見が保管されている場所を突き止めてしまった。


 場所は本邸の書斎室。当主が入り浸る重要な部屋だった。



 すぐに回収に行きたかったが、僕はそれを我慢して作戦を考えることにした。何しろ書斎室を守る人間が騎士団以外にもいることが分かったからだ。



 出自は不明だが剣と魔法の才能を寄せ集めたような化け物がいるらしい。


 怠そうな見た目とは裏腹に、戦いとなると容赦無く殺す殺戮者。そして時間がある時は魔法の研究で部屋に籠りっぱなしの変人という男だそうだ。



 本当にそんな男がいるのか、いたとしても実力は噂通りなのだろうか。


 半信半疑だった僕だったが、実際に相対してその噂が真実だと知ることになった。



 それは屋敷の下調べを終え、夜更けに忍び込んだ時だった。誰にも見つからずに書斎室に辿り着いた僕を待っていたのは噂の男だった。



 魔法の爆発を顔面で受けたようなボサボサの髪、生気がないような半開きの青い目。その仕草も面倒そうに頭をかいて欠伸までしていた。



 こいつ、弱そうだな。

 そう思った時には僕は壁に吹き飛ばされていた。油断していたこともあるが、余りにも早い魔法の構築に僕の体が反応できなかったのだ。


 だが相手が強いと分かれば油断はしない。

 瞬時に意識を切り替え、男の追撃をかわして反撃の一撃を放つ。その攻撃は紙一重で避けられてしまうが、男を驚愕の顔にすることはできた。


 どうやら僕が反撃できるとは思っていなかったようだった。



 そこから僕はボサボサ男と死闘を繰り広げることになった。


 剣の実力は僕の方が上で魔法の実力は男の方が優っていて、互いに得意な分野で戦おうと間合いの奪い合いを繰り返す。


 もう少し魔法の腕を磨いてから挑めばよかったと後悔したが、戦いが激化する中その意識は徐々に薄れて行った。

 気を抜けば致命傷を受けて志半ばで倒れてしまう。それだけは絶対に嫌だったからだ。



 しかし僕らが戦っていたのは貴族本邸のど真ん中。例え夜中であっても激戦の音は周囲の人間に気づかれる。

 いつしか僕は騎士団に包囲される中、男と戦っていた。



 当然僕は騎士団が出てきたことに気づいていたが、目の前には死闘の最中で身動きが取れない。僕は完全に逃げ道を失っていたのだ。



 こんなところで僕の一生は終わるのか?

 世界に復讐することもできず、母の形見すらも取り返せずに終わるのか?



 まだ死にたくない。僕にはやるべきことがまだ沢山残っている。

 そう思った直後、目の前で僕の剣を受け止めた男が小声で話しかけてきた。


『お前はなぜ無謀な戦いをする? 逃げ場もないこの閉じた世界で』


 死ぬ前にお前の望みを聞いてやる。

 ぼさ男は僕に興味でも湧いたのだろうか、僕を見つめる青目は光を宿していた。



 この男が何の目的で聞いたのかは分からない。だがそれでもこの男になら話してもいいと思った僕は一言、「世界を壊したい」とだけ言った。



 普通の護衛ならその言葉を聞き届ければ僕にとどめを刺して終わらせたことだろう。


 だが、ぼさ男は僕の言葉に大きく目を見開き、口角が不自然な位置までつり上がった。まるでその言葉を待っていたかのような表情だった。



『あんたの元でなら俺の望みも叶えられそうだな。俺はお前のような男が現れるのを、待っていたんだ』


 ぼさ男はそう言うと、僕から離れて大きな魔法陣を展開させた。それは僕らが戦っていた部屋全体に及び、周囲が怪しく光を放ち始める。



 呆気に取られていると男が構築した魔法が発動した。

 その瞬間、僕を取り囲んでいた騎士団の連中が一言も発することなく床に倒れていった。


 何の魔法が使われたのかは分からなかったが、男は騎士団全員を一瞬で皆殺しにした。その手際は身震いするほど恐ろしく、惚れ惚れするようなものだった。



 どうやら彼らの体に事前に急性の魔力欠乏を引き起こす魔法を仕込んでいたらしい。

 それも裏切って逃亡する時に追われないようにするためだったとか。



 大量の死体を前に淡々と説明する男を僕は一瞬で気に入った。



 僕と同程度に磨き上げられた剣の実力に、僕以上の魔法技術を持つ。そして目的のためなら躊躇せずに裏切り、殺める覚悟を持つ。


 そんな男が無条件で僕の仲間になるのだ。

 用意周到な男に僕は身震いすると同時に期待に胸が膨らんだ。



 それから母の形見を回収した僕とぼさ男は静かになった屋敷を後にし、ベルネリア山へと帰路を向けた。


 これが僕の初めての仲間、フォレスとの出会いだった。

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