第百五十三話 血の終焉
またアルドベルに逃げられた。
沢山の仲間を犠牲にして折角追い込んだのに、誰一人として仕留めることができなかった……
私は赤く染まった地面を力なく見つめていた。
「リジー様、まずはエイン様の治療をお願いします。すでに瀕死で危険な状態です!」
しかし出来なかったことを悔やんでいる時間はなかった。
次の瞬間にはジークが私を呼ぶ声が飛んでくる。どうやら治療できる人間が私以外生き残っていないらしい。
ジークに連れてこられた場所には傷ついた仲間達が並べられていた。
重症を負ったものは横たえられ、軽傷の者達は倒れている者達に魔力を送っている。
重傷者の中でもエイン王女の傷が一番酷い。腹を抉られ、四肢も酷く痛めつけられている。これで生きているのが不思議なくらいの傷だった。
それでも生きているなら助けられる。
私は治療魔法の光を展開して王女を包み込んだ。骨まで見えていた傷が徐々に塞がり服が破れているだけの状態へと癒されていく。
そして少しすると意識が一時的に戻ったのか、エイン王女が口を開いた。
「リジー、すまない。私がいながら、何もできなかった……」
消え入りそうな小声で話すエイン王女はすぐに声を詰まらせた。
アルドベル達は全員重症で、選択を間違えなければ倒せたはずだった。それでも私は敵を討ち損ねたのだ。非難されるのはむしろ私の方だろう。
「エイン様……申し訳ありません。アルドベルを逃してしまいました」
私は無意識に王女に謝罪していた。許しなど欲しくもないし、罵って欲しいとも思っていない。
ただ果たせなかったことを事実として受け止めたくて話していた。
しかしエイン王女は返事を返さず喉を鳴らすだけだった。ふと彼女の手元を見ると、治りつつある右拳が音がなるほど強く握りしめられていた。
私はそれには気づかないふりをして王女の治療を続けた。今の私が触れてはいけない、そんな気がしたからだ。
彼女もそれ以上は何も言わずに治療を受けていく。
それから治療が終わり、傷が癒えたエイン王女は短く息を吐くと静かに意識を手放した。安定した呼吸が彼女の胸を静かに動かしていた。
彼女はもう大丈夫。次の怪我人を治療しよう……
王女の安全を確認した私は重傷者から順番に治療魔法をかけていった。そして全ての治療が終わる頃には日は傾き赤い夕日が私達を照らしていた。
そう言えばレイさんがいない。
だが一息ついたところで新しい思考が始まった。
怪我人の治療を始めた頃から嫌な予感はしていた。怪我人の中にも無傷な人の中にも彼女の姿はなかったのだ。
それでも治療の妨げになるのでそのことは考えないようにしていた。
しかし、退去に向けて動き出した隊員達を目で追っていると、ふと私の視界に死者の集落が目に入った。
この戦いで犠牲になった仲間達が何人も地面に横たえられている。私が治療している間、動ける者達が戦場を駆けずり遺体を集めていたのだ。
その集落に私は見たくない人がいた。
「レイさん、そんな……」
私にいつも笑顔を振りまいてくれるレイ隊長の安らかな顔が空を見上げていた。
血の気を失ったその顔はもう二度と私に笑いかけることはない。血に濡れた手を取ってもその手は氷のように冷たかった。
指の感覚がなくなるほど自分の拳を握りしめ、自分自身を激しく呪った。
レイ隊長が死んだのは私のせいだ。私がもっと早くアルドベルを倒していればこんなことには……
「ごめんなさい、レイさん。ごめんなさい……」
無意識で彼女に謝罪する。
しかし彼女に謝罪しても何も変わらない。死んだ者は決して生き返らない。
それでも私は人を生き返らせる方法を模索していた。それが叶わない願いだと知っていても止められなかった。
彼女はこんな場所で死んで欲しくなかった。もっと、ずっと私に笑いかけて欲しかった……
レイ隊長の頬に触れる。
手と同じように冷たかったが私の指で頬が歪み、少し笑ったような顔になった。
それでもいつまでもこうして嘆いている訳にはいかない。
レイ隊長の笑顔を思い出していると、不意にジークの暗い声が聞こえてきた。
「リジー様……そろそろ移動しましょう。日が暮れればここも安全とは言えません」
彼の声に合わせて顔を上げる。そこには西日に姿を隠すジークが立っていた。
彼の戦いも相当厳しいものだったのだったに違いない。よく見ると服が所々破けており、穴の空いた服から屍人特有の白い体が覗いていた。
それでも彼は戦い抜いて一人皆を守るために奮闘してくれた。彼がいなかったらエイン王女達も死んでいただろう。
「ジーク……」
彼を労おうと手を伸ばしたが、その時近くの茂みからシーズがゆっくりと歩んでくるのが見えた。
心なしか耳は垂れ、渋い表情が顔に浮き上がっていた。
私が皆の治療をしている間にアルドベルの拠点に偵察に行ってもらっていたのだが、いい成果はなかったのだろう。
顔の表情だけで分かってしまった。
「アジトはもぬけの空だった。アルドベルには完全に逃げられたようだな」
私と目が合ったシーズは視線を逸らしながら報告してくれた。
探知魔法に引っかからない以上近くにいないのは明らかだった。しかしそれでも言葉にされると胸が締め付けられるように痛かった。
「そう、ですか……ありがとうございます」
礼だけ述べて私は一人誰もいない方へ歩き始めた。今はどうしても一人になりたい。
ジーク達は私を気遣ってか何も言わず、無言で見送ってくれた。荒んだ今の私にはありがたい話だった。
部隊から少し離れた私は汚れることも気にせず地面に座り膝を抱えた。
西の赤い光が私を地面に同化させる射し込んでくる。
「みんな、ごめんなさい。約束したのに仇、討てませんでした。でも次は必ず……」
死んだ人達の顔を一人一人思い出しながら私は呟いた。この誓いは四年前から繰り返し言ってきた言葉だ。
それでも私の復讐はいつも果たされない。代わりに死んだ人の無念が私の肩にのし掛かってくる。
私の心を映すように赤い夕日は地平線の彼方で静かに沈んでいった。




