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第百四十六話 山前の戦い

 アセット達が敵軍に突入してからしばらく経った。


 彼らに助けられた私達は、アセット達が生きて帰ることを信じベルネリア山からの撤退を続けている。

 生い茂る木々もまばらになってきており、恐らくもうすぐ平原に抜けるだろう。



「もうすぐ森を抜けるわ、それまではしっかりしなさい!」


 私に肩を貸しているレイが言った。足の痛みに耐えていた私は短く返事を返して前に進むことに集中する。


 途中で何度か意識を失いかけたが、レイの叱咤やアセット達の最後の顔を思い出しては何とか持ち堪えていた。


 アセット……皆すまない。


 あの大群を相手に立ち向かったアセット達は、皆覚悟を決めた目をしていた。

 私達味方を逃すために自らその命を投げ打つ。それでいてどこか誇らしげにする彼らは輝いて見えた。


 だがその輝きを思い出す度、心が締め付けられるような痛みに襲われた。

 それは足の痛みよりずっと痛い。決して癒えない傷の痛みなのだ。



 しかしここで私が立ち止まっていては彼らに申し訳が立たない。

 皆を導く者として、助けられた命は無駄にしてはならないのだ。


 近くを歩く隊員達も皆無言だった。

 助かったことに安堵しているが、それはアセット達の奮闘があって成り立っているものだ。肩にのし掛かる重さを噛み締めているような顔ぶれだった。



 そしてその思いを引きずったままの私達は、ようやく開けた場所まで戻ってきた。


 緩やかな斜面の先には草原が広がり、遠くの方には小国の街並みが覗いている。

 もう少しで完全に退避できる。


 横にいるレイに目配せした私は、隊員達に聞こえるように言った。


「このまま前日の野営地まで戻るぞ!」



 リジー達の戦況も気になるが、まずは自分たちの体勢を立て直さなからばならない。部隊を半分以上失った今、下手な動きはできないのだ。



「ここまで来れば敵もそう追っては来られないでしょうね。拠点に戻ったら貴女はまず傷の治療よ。小国に誰か向かわせましょう」


 横で頷いたレイは近隣国へ援助を求めるべく、足の速い二人を選んだ。


「それじゃ頼んだわよ」

「はい、なるべく早く戻れるよう尽力いたします!」


 レイに託された二人は頷いて隣国へ向けて走り始めた。


 これであとはリジーとアセット達が戻ってくるのを待つだけだーー



 少しずつ小さくなる二人の隊員を見ながら少し気を緩めた瞬間だった。


 私達の後方から飛んできた大量の魔法弾が、先を行く二人を襲ったのだ。


 余りに突然のことで、私たちはその光景を見ていることしかできなかった。



 その間に無数の魔法弾は二人に抵抗することも、逃げることも許さず貫いていく。

 二人の隊員は体の至る所が破壊され、物言わぬ肉片となって転がった。



「なっ!」


 その短い言葉は誰が出したかは分からなかった。

 一瞬の出来事で理解が追いつかなかったが、血溜まりの肉塊を前に私はいち早く現実に引き戻された。



「敵だ! 後ろに警戒しろ!」


 叫ぶように言った私は、魔法弾の飛んできた方を向いた。その方向はは私達が通ってきた道、その後方に屍人の軍勢が迫っているのが見えた。


 その光景を見て私は心が引き裂かれるような感覚を味わった。


 後ろはアセット達が守っていたはずだ。そこに敵の大群がいる。まさか、アセット達はすでにーー



「また三百も……エイン、どうする?」


 思考の渦に呑まれかけた私はレイの声に引き戻される。


 仲間の死を嘆くのは後だ、今は生き残ることを優先しなければならない。



 アセット達への追悼を送った私は敵の中心を狙って魔法弾を構築した。それを合図に近くの隊員達も魔法弾の準備を始めるのが見えた。


「敵はまだ遠い、それなら魔法弾で牽制して今の距離を保つぞ! 一斉射撃、始め!」



 私の号令で魔法弾が数十発撃ち出された。

 数十本の青い軌跡は小さく弧を描くように飛び、土煙と共に敵軍を吹き飛ばしていく。


 しかしそれでも敵は怯まない。

 無事だった屍人達が地面を踏み鳴らし、倒れた屍人を踏み付けて突入を開始した。



「防御魔法展開! 敵の侵入を許すな!」


 今は少しの足止めでも効果がある。魔法弾を撃ち続けながら私は部隊に指示を出した。


 だが私の指示が届いていないのか、防御魔法の展開は進まなかった。

 どうしたのかと思った所でレイの切羽詰まったような叫び声が響いた。


「両翼からも敵出現! 囲まれるわ!」


 レイの声に目を向けると、私達を囲むように屍人達と、呆気にとられて動けない隊員達が目に入った。



 くそっ、敵は何処まで私達を嘲笑えば気が済むんだ!



 新たな敵軍の出現に私は内心で悪態をついた。

 今の部隊の規模ならあっという間に呑み込まれて文字通り全滅する。



 死んだ仲間達の分も含めて私は生きなければならない。どんな状況でも諦めたくなかった。


 しかし、この状況を打破する術が私には無いない。皆を守るだけの力が私には無かった。


 屍人達の駆ける足音が地響きとなって来る。それが死がすぐ目の前まで迫って来ているかのようだった。



 そして屍人達が私達を蹂躙しようとした時、空から無数の魔法弾が降り注いできた。

 それは私達を守るように周囲の屍人達だけを吹き飛ばしていく。


 それと同時に空に大きな魔力が現れる。

 短期間しか離れていなかったが最早懐かしささえ感じてしまった。


 リジーの従僕と言えども元継承者。彼一人増えるだけで私達の戦況は大きく変わることは間違いない。


 彼の存在に少し安堵して上を見上げると、槍を地面に向けて構えて降りてくるジークの姿が目に入った。

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