第百四十四話 二つの神器
アルドベルを魔法弾で地面に叩き落とした私は、そのまま彼と交戦を始めた。
魔法弾を受けた傷は無いようで、アルドベルの動きは憎たらしい程以前と変わっていない。
そして分かっていたことだが、アルドベルは今まで戦った誰よりも強かった。
天の魔核を継承していることも勿論だが、彼はストニアの剣技を全て吸収し、さらにそれを自分の技術として昇華させていたのだ。
前回戦った時は完全にストニアの動きだったが、今は彼の独自の動きが加えられている。
つまり王都で戦った時はアルドベルは本気ではなかったと言うことだ。
だが不規則な動きに最初は翻弄されたがそれもすぐに慣れて互角の戦いに持ち込めていた。
「あはははっ! やっぱりリジーは強いね、僕の攻撃をここまで防ぐ人間なんて初めて見たよ!」
私との戦闘を楽しむように笑ったアルドベルは一度距離を開け、再び直進してきた。
アルドベルの素早い突きを弾き、空いた腹部に向けて魔法弾と返しの突きを出す。
しかし彼は空に舞うように飛んで私の剣と魔法弾を回避した。
「私の攻撃がここまで通用しない相手は貴方で二人目ですよ」
少し離れた岩場に着地したアルドベルを見て私はため息混じりに言った。
互いが持つ武器は二人の神がそれぞれ作ったと言われる神器、赤炎と青雷だ。
その中に内蔵される魔力を全て解き放てば周囲の土地は全て吹き飛ばせる程の威力がある。
神器の一撃は生身の人間が受ければ瞬く間に塵と化す。
そのため、神器による負傷は例え治療魔法が使えたとしても致命傷になりうるのだ。
一撃も受けてはならない。
その極限の状態で暫く打ち合ったので、私はすでに疲労困憊だった。
アルドベルも疲れているのか黙って回復していたが、私の返事は聞いていたようで余裕の笑みが途端に険しくなっていく。
「二人目ということは、もう一人はストニアだろう? 今は僕と君の舞台だというのに、彼女の名前を出すとは!」
そう言ったアルドベルは苛つきを隠すことなく魔法弾を撃ってきた。
力任せに撃ち込まれた魔法弾は私を飲み込むほどの大きさだったが、私はそれを青雷で切り刻んで消滅させた。
この人はストニアの話題には酷く突っかかるのを忘れていた。こういう敵は煽ると逆上してより攻撃的な手段を取らせてしまう危険がある。
それを示すように、彼は歪んだ顔のまま魔法弾を携えて飛び込んできた。
それはもはや特攻に近い。今までの魔法弾とは込められている魔力量が桁違いだったのだ。
対応を誤ればアルドベルだけでなく私も吹き飛ばされ、近くの仲間にも影響が出るかもしれない。
かと言って彼の攻撃を直に受ける訳にもいかない。
一か八かだが受け流して空に打ち上げよう。危険だが皆を救うにはやるしかない。
覚悟を決めた私は彼の魔法弾に向けて小さな魔法弾を撃ち込んだ。
その瞬間、アルドベルの顔は憎たらしく笑ったように見えた。彼の思い描く未来が見えたのかもしれない。
しかし、その顔はすぐに怪訝な顔になり、眉間にしわを寄せることになった。
私の魔法弾が着弾すると、彼の魔法弾は掻き消えたのだ。そして、上空で激しく空気を揺さぶる音が聞こえてきた。
やったことは簡単である。
私は自分の魔法弾に魔力操作と空間転移の魔法陣を仕込んだだけだ。
アルドベルの魔法弾に着弾した瞬間、魔力操作の魔法が爆発を瞬時に抑える。そして、一拍おくことなく上空へ転移し、私の制御下から離れた魔法弾は爆散する。
上空で広がる青い光を見上げていたアルドベルはゆっくりと私に視線を戻した。
その顔は今までに見たことがないほど悔しそうに口が歪んでいた。
「転移の魔法をこの土壇場で仕込むか。その頑強な心臓は中々だね。全く面白くないけどね」
どうして攻撃が防がれたのか理解したアルドベルは吐き捨てるように言った。
それと同時に彼の持つ神器に魔力が集められていく。魔力に呼応するように赤炎はその刀身から燃えるような炎を吹き出し始めた。
次は神器による全力の攻撃が来る。
それを瞬時に判断した私も青雷に魔力を貯めて神器の力を解放し始めた。
神器にはそれぞれ一つの力が封じ込められており、青雷の場合は雷がそれに相当する。赤炎は文字通り炎だ。
使用者は剣に魔力を注ぎ込めばそれを自在に操ることができる。
私は以前、セレシオン軍との戦争でその力を使ったことがあった。空に飛ばした地盤を容易く砕いた無慈悲な力だ。
当然その破壊力同士が衝突すればそれ以上の被害が出ることは間違いない。
赤炎を高く掲げるアルドベルに私は忠告した。
「神器同士の攻撃がぶつかれば私達だってどうなるか分かりません。引くなら今の内です」
しかし、それを聞いてもアルドベルはただ笑って言った。
「僕は元より死ぬ覚悟で戦っている。ここで止められるようなら、僕の復讐心もそこまでだったと諦めるよ!」
それを合図にアルドベルは飛び上がり、私に向けて赤炎を振り下ろしてきた。
巨大な炎の塊は私を焼き尽くそうと迫り、私が振り上げた青雷と激しく衝突した。
その瞬間私達の空間は巨大な炎に包まれた。
視界全てが炎で覆われ、嫌な魔力に頬を焦がされるような感覚に襲われる。
今周囲にどれだけの被害が出ているか分からないが、私は目の前の炎に集中することしかできなかった。
剣から指に、指から腕に、身を焦がすような熱さがじわじわと伝わって来る。一瞬たりとも動くこともできず、少しずつ思考も纏まらなくなっていく。
そして私の意識が薄れ始めた頃、荒れ狂う炎の中からアルドベルの高笑いがどこからか聞こえて来た。
彼は私が消し飛ぶ様を見て悦に入っているのだろう。それでも彼の笑い声に腹が立っても私は一本も指を動かせなかった。
もう意識が……みんな、ごめんなさい……
そしてついに私の体に限界が来て炎に押し潰されそうになった時、何かが私の体を動かし始めた。




