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第百四十一話 英雄の選択

 このまま敵を倒していけば前線に残った私達も助かる道が見えて来た。

 そんな矢先のことだった。


 数倍の規模の軍勢を相手に戦い、疲労が溜まって来たところで再び同量の軍勢が投入される。

 敵は私達の嫌なところを確実に突いてくるようだった。


 連続の大群に歴戦の戦士達もさすがに心が折られる。私の近くでは絶望したように座り込む者もいた。



「アセット隊長……どうやら私達はここまでのようです」


 何か策はないかと思考を巡らせ始めたところで、敵人数を報告した隊員が言った。


 横を見ると伏し目がちにした隊員の姿が目に入る。それが私達の敗北を現しているようで胸が重く締め付けられた。


 本当にここで終わるのか?

 ラブレイル家を継いだばかりの私が何もせずに、何も守れずに死ぬのか?


 頭の声が鳴り響く中、屍人達がジリジリと私達の周りを固める光景が目に映る。私達を皆殺しにするために包囲していく。

 死までもう間もないーー



『これからは、お前がこの部隊を導き、国を守れ……頼んだぞ』


 不意に父上の最期の言葉が頭の中で蘇る。


 父上の言葉はいつも正しい。

 そんな父はこの戦場では何もできずに死んだ。無念、だったはずだ。悔しかったはずだ。


 しかし父はその感情を飲み込み私に全てを託した。その私が王女殿下を逃すことも、味方を逃すこともできずに終わろうとしている。


 いや……違う。私が勝手に諦めているだけだ。終わるかどうかは自分で決めるべきではない。



 終わりとは、死力を尽くした末の結果なのだ。私はまだ何も果たしていない。



 千年間も王国を支え続けた誇り高いラブレイル家。

 この家の当主となった私が、国を守る盾であるはずの私が、死ぬ前に諦める訳にはいかない!



 気合を入れ直すため私は両頬を張った。


 乾いた音が静かな戦場に異様に響いた。ヒリヒリとした痛みが私の思考をはっきりさせていく。



 不思議そうに見つめる隊員達を眺めた私は指示を飛ばした。



「お前達は今すぐ後方へ退避しろ! 私がお前達を生かす、だから……生きることを諦めるな!」


 そう叫んだ私は気合の雄叫びをあげて敵軍に直進した。


 例え一人で戦うことになろうとも、私は生き抜き敵を全滅させてみせる。それがラブレイル家当主の私が唯一できることだ。



 死の恐怖に打ち勝つと、疲れた手足が不思議と軽くなった。


 風のように軽い私の体は敵の幾重にも重なる攻撃を簡単に避け、私の剣と魔法だけが屍人を斬り、貫いていく。



 相手は一人と判断した屍人達は私を取り囲むように包囲したが、私はそれを大きく展開した風の魔法で押し退ける。


 不思議と湧き出る魔力は私の魔法を暴風に変え、それに触れた屍人達は切り刻まれて消滅していく。


 だがそれでも敵の数が多すぎる。

 魔法で押し切れなくなったところを一人の屍人が駆け込み私を斬りつけた。


「ちっ!」


 頬を軽く切られた私は舌打ちし、飛び込んで来た屍人を斬り倒す。


 深くはない傷だが、血が滴り落ちる感覚や顔を引きつらせる痛みが走る。だがその痛みが私はまだ生きていることを実感させてくれた。


「あああぁぁ!」


 私は再び咆哮を上げて敵の中を駆け回った。


 敵の剣を槍を弾き、魔法弾を弾く。そして手当たり次第に屍人達を斬り、前方の敵には魔法弾を打ち込み道を作る。


 時々私を斬る者はいたが、その傷は薄皮一枚、深くても肉をえぐる程度。骨までは達していない。



 腕が繋がっているなら剣は握れる。例え腕がなくなっても魔法弾は撃つことだってできるのだ。

 たかが屍人ごときに私の足掻きを止めることはできない。


 迫り来る猛襲を私は受け流し反撃で確実に仕留めていった。


 しかし、それでも体の限界はやってくる。


 三人の屍人を相手にした直後、私の右腹が槍で突かれた。腹を貫通した槍は地面に刺さり、私も地面に縫い止められる。



 私は槍を引き抜こうと左腕を伸ばすが、その腕はいつ切られたのか、肘から先が無くなっていた。



 私の周囲では、ようやく獲物を仕留めたと安堵する屍人達がジリジリと近づいて来るのが見えた。



「私は、まだ死なない。この程度の戦いで死ぬ訳にはいかないんだ……」



 まだ死ねない。


 薄れそうになる意識の中、槍を短くするため魔力強化した剣で叩き切る。

 そして腹を引き摺り出すように足の力だけで立ち上がって槍を抜いた。


「ぐっ……」


 腹の中がぐちゃぐちゃになる感覚に声が漏れる。だが不思議と痛みは少なく、槍から抜け出た私は自由の身になった。



 それでも屍人達が歩みを止めることはない。

 手負いの私なら仕留められると踏んでいるのだろう。幾重の輪になって私を囲み剣を振り上げていた。



 せめて目の前の一人を倒そう……ただで殺される私ではない!


 目の前に迫った死を感じた私は、残っている右腕で剣を構えた。



 しかし屍人達の剣は私に届くことはなかった。

 屍人の攻撃の代わりに、私が逃したはずの仲間達が雄叫びと共に飛び込んで来たのだ。


 仲間達は私を取り囲んでいた屍人達をあっという間に切り倒していく。


「アセット隊長! 私達も共に戦います!」


 助けに入った隊員の一人はそう言って私に肩を貸しで支えた。

 その近くでは、隊員達が私を守るように屍人と死闘を繰り広げる。


 どう見ても全員いる。

 エイン様を逃がすために立ち上がった私の部隊全員が、この場にやって来ていたのだ。



「何故来た、何故来たんだ! お前達は今死ぬ時じゃないんだぞ!」


 私の命令通り退避していれば逃げられたかもしれない。何故自ら命を投げ打った!


 震える声で肩を掴む隊員に怒鳴った。



「アセット隊長は私達の希望です! 絶対に死なせません!」


 空いている手で屍人に魔法弾を撃っていた隊員は、私の声量に負けないように言った。


 その顔はさっきまでの暗い表情ではなく、何かを決意したように輝いていた。



「馬鹿野郎どもが……こうなったら意地でも全員生き残るぞ!」


 私は嬉しいのか腹が立っているのか、どちらも混ざったような気持ちで胸が詰まる。

 本当にいい奴らばかりだ。落ちぶれていた私には勿体ない程熱い連中だった。


 こいつらと絶対に生き延びてやるーー



「そんな簡単に生き残られては困るな。せっかく用意した屍人達だ。もっと遊んで行ってくれ」


 私の思考を遮り、冷たい声が背後から飛んできた。



 敵、一体どこから現れた!


 慌てて後ろを振り返ろうとしたところで、私を支えていた隊員が突然崩れ落ちた。


 そして弾みで転んだ私の目に映ったのは、胸を大きく穿たれ即死している隊員の笑顔。

 光を失った瞳は青い空を見上げていた。

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