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第百三十六話 黒剣の襲来

 灰討伐部隊に参加するストルク王国の隊員達は皆屈強な戦士達だった。軍や騎士団の中から選ばれた精鋭達。


 そんな彼らでも、神の使い相手となると話は異なる。何の抵抗も許されず消し炭にされるのが目に見えているからだ。


 空から突然降ってきた赤い獣、エンカは有り余る力で頭上から攻撃する。たった一撃で数人の隊員が怪我を負わされた。


 だがエンカの蹂躙は味方の神獣によってどうにか回避することができた。

 少しずつ遠ざかる二つの魔力に安堵のため息をもらすたいいんもいた。



 しかし、その次に彼らに待ち受けていたのは屍人軍との戦闘だった。


 神獣が部隊の中央に降りたため陣形が乱され、それを立て直す前に屍人達が包囲した状態で攻めてきたのだ。



 敵の包囲網を突破をする場合、一点突破であれば人数に不利があっても一度に相対する敵数は少ないので、逆に一対多で攻め切ることができる。


 しかし敵の包囲が縮まった状況では進軍することもできず、圧倒的に不利な状況に陥ってしまったのだ。


 例え鍛え上げられた精鋭達であっても同じだ。一人倒れれば他の者に敵が群がり瞬く間に蹂躙が始まってしまう。


 ただその蹂躙が起きていないのは、エイン王女含めた隊長達の懸命な指揮と、隊員達がまとまって行動できたおかげだ。


 攻めてきた屍人の軍勢も戦いの実力がないことも働いていただろう。


 前衛、中衛、後衛を混ぜた混成部隊は数人の小隊で動き確実に敵を倒す。乱戦に備え、ローチェ将軍が練った陣形が機能した瞬間だった。


「敵の包囲が緩んだ! 中、後の小隊は魔法弾を撃ちつつ後退を開始しろ!」


 複数の小隊が敵の一面とぶつかっている時、エインの怒号が響いた。それと同時に緑の魔法弾が空に上がる。


 迎撃しつつ後退する。その合図を待っていた隊員達は群がってくる屍人に向かって一斉に魔法弾を打ち込んだ。


 攻撃を避けきれなかった屍人達は体の一部を吹き飛ばされその痛みに地面を転げ回る。

 核となる魔法具を破壊された者はそのまま光となって消えていく。


 そして、魔法具が残っている屍人達が痛みに呻いているところを、エイン王女達は攻め込んだ。隊員達は屍人達の横を通り抜ける際、止めの一撃を刺して確実に敵の数を減らしていった。


 そして、全員が包囲網を抜けたところで屍人の軍勢への反撃が始まった。


 エンカの攻撃による負傷者は下がって治療を受け、動ける者は小隊を組み直して敵の数を確実に減らしていく。


 隊員にも少なからず犠牲は出たがその数は驚くほど少なく、戦況は逆転し彼らが有利な立場となった。



「まだ敵の数は半分だ! 皆、気を抜くな!」


 部隊の前線に立っていたガウフ・ラブレイルは勝利を確信しつつ気を抜かないように隊員達に発破をかける。

 彼の号令に戦う隊員達も気を引き締め直す。


 そんな彼らの様子を見ながらガウフは内心で辟易していた。


 敵の用意した軍勢は戦いに慣れた者達ではない。恐らく農村民達を使っているのだろうが、その所業には歯ぎしりしたくなるほどだった。


「西面の敵は殲滅! アセット小隊は他小隊の援護に行くぞ!」


 少し離れたところからアセットの声が響く。

 ガウフが声の方に顔を向けると、右手を高々と掲げて小隊を引き連れている息子のアセットの姿が目に入った。


 数節前まではプライドに隠れて腐っていた息子は、今は誰もが信頼してついてくる存在になっていた。


 その姿にガウフは隊長という立場を忘れて声を詰まらせそうになる。しかし他の隊員がいる手前、それをぐっと堪えて彼の右手に応えた。


「敵の西面は崩れ、残りは東の殲滅。我らが隊に大きな損害はない。クラン、この軍勢にはどうにか勝てそうだな」


 ガウフは隣に立っている男、近衛隊の隊長に声をかけた。

 クランは厳しい顔をして戦場を見ていたが、ガウフの声掛けにもその表情を崩すことなく答えた。



「今のところは順調だ。しかし、敵が他にも戦力を持っている可能性もある。屍人の軍勢も素人の集まりだった。何か企んでいる可能性もある」


 クランが警戒しているのはこの屍人の軍勢が第一陣に過ぎないのではないか、ということだった。

 世界を滅ぼそうとする者が用意した勢力がこんな簡単に負けるとは到底思えなかったのだ。


 あまりにも上手く行き過ぎている。

 クランの考えを聞いたガウフは同意するように頷いた。


「では第二波の攻撃も警戒して編成を少し変えましょう。幸い今の部隊でこれ以上の犠牲はなさそうだっーー」


 ガウフがクランの考えに同調して部隊に指示を出そうとしたところで彼の動きが止まった。


 クランは横で淡々としていた男の声が止まって不思議そうに見て、次の瞬間には驚いたように声を荒げた。


「ガウフ! しっかりしろ!」


 ガウフは突然飛来した黒剣に胸を刺し貫かれていたのだ。

 彼自身も突然のことで目を見開いていたが、そのすぐ後に膝から崩れ落ちていった。


「救護班、急いで来てくれ! くそっ一体どこから!」


 クランは近くの救護班に要請を出すと、攻撃された場所を探すように周囲を見回す。

 攻撃できる範囲に人の気配はない。こちらに走ってくる後衛の救護班だけが見えた。


 背後から打ち込まれたか?

 いや、それよりも第二波の攻撃が来たのか?


 しかしクランの魔力探知には何も引っかからない上、他の隊からの報告もない。嫌な予感にクランの全身から汗が噴き出した。


「一つ言い忘れたが、俺に探知魔法は通用しない。ボスでも見つけられないくらいだからな。お前達では無理だろう」


 突然クランの耳に聞きなれない男の声が背後から届く。


 警戒を怠っていなかったクランは驚いて振り向こうとしたが、胸に強い衝撃が走りそのまま地面に蹴り倒されてしまう。


「うっぐ」


 立ち上がろうと両手をついたクランだったが、胸から赤い液体が流れるように落ち、力を失って再び地面に倒れた。


 彼らの側に現れたのはボサボサ頭に半目のだるそうな男だった。その手には血に滴る黒剣が握られている。


 あの黒い剣で胸を刺された。

 それに気づいたクランだったが、その体はすでに痙攣が始まり立ち上がる事すらできなくなっていた。


「クラン隊長、ガウフ隊長!」

「貴様、よくも!」


 駆けつけた救護班と小隊は怒号をあげてボサボサ頭のフォレスを取り囲む。

 しかし、その中で立つフォレスは臆する事なく笑って言った。


「さあ、第二戦の開幕だ。いい悲鳴をあげてくれよ?」

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