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第百三十五話 二頭の神獣

 エンカとの戦いが始まってすぐ、わしは戦場を移すことにした。


 神獣同士の本気の殺し合いを間近で見れば普通の人間なら塵すら残らない。昔ジストヘールでやらかしたことを反省したのだ。


 幸いなことにエンカはわしの後をついてきてくれたようで、エイン達の被害がないのは救いだった。


「ライカー、ねぇライカってばー! どこまで行くつもりー?」


 エンカの大層ご機嫌な声が背後から飛んでくる。ついでに炎の塊も一緒になって。


 これだからエンカとは反りが合わない。

 わしは内心舌打ちをしながら迫り来る炎の玉を上空へ弾き飛ばした。


 生身で受ければその体は一瞬にして焦げる炎だが、神獣の毛並みは攻撃を受け流すことができる優れものだ。


「相変わらずわしを苛つかせるのが得意だな、エンカ。それと、わしの名は今はシーズだ。ライカではない」


 炎弾の仕返しに突き刺すような雷を見舞ったが、エンカの赤い毛並みがそれを周囲に分散させた。


 周囲に飛来した雷の塊は近くの木を折ったようだった。枝葉の擦れる音が少し離れているここまで聞こえてくる。


「シーズ? その名前あの子から貰ったの? 何それずるーい。アルドベルなんて今日まであたしを放ったらかしにしてたんですけど?」


 少し暗い声で言ったエンカは一気に跳躍してわしの目の前に着地した。


 邪魔なので前脚で吹き飛ばそうと思ったが、その攻撃も前脚で防がれてしまう。


 そして互いの前脚で弾かれ、わしは近くの茂みを踏み潰して着地した。エンカの方を見ると少し離れたところで着地していた。



「それは災難、選ばれた主人の人格差だな。次の主に期待することだの」



 わしは悪態をつきたくなる口を押さえてエンカに同情した。名を貰えるかどうかはその時の主人次第だからだ。


 とは言え、わしも名を貰ったのは今回が初めてだったので回数としてはエンカと同じである。



「あの子は特別優しかったから名をくれたのよ。普通の継承者なら神獣に名をつけるなんて真似しないわ。友達じゃあないんだし」


 エンカは少し不機嫌になったように言った。「友達」を強調したあたり、エンカは少なくとも一つ前の主人、クーチェのことは気に入っているようだった。



 それを思うと少しエンカのことは気の毒に感じた。


 同じ神獣仲間であるが、エンカは損な役が多い。リリー姫の時も、今回のアルドベルもそうだ。世界を滅ぼそうとする者の使いとして使役される。


 リーグとクーチェは二人協力して世界を救ったが、それは寧ろ珍しいことだ。他の時代は全て敵対するか、競い合うような関係だったからだ。



「それなら、今回の戦いは収めることにせんか? わしも今は背負うものがあるのでな。すぐに奴らの救援に向かいたい」


 不遇なエンカに同情し、わしは駄目元だが提案した。もしかしたらいつも嫌々戦っているかもしれない。


 しかしその期待はエンカの小馬鹿にしたような笑い声でかき消されてしまった。



「そんなのする訳ないじゃん。頭おかしい奴に従うのは癪だけど、戦闘は寧ろそのストレスを発散してくれるわ!」


 そう言ったエンカは落ち葉を巻き上げる速度でこちらに走り始める。

 そして空気に触れた赤い毛並みからは炎が吹き出し、エンカは一つの炎弾となった。



 真っ直ぐ振り下ろされたエンカの脚を真横に跳んで回避し、がら空きの脇腹に前足の爪で攻撃した。

 その攻撃はエンカが振り回した長い尾で防がれてしまう。


 エンカは本気のようで尾の迎撃を受け止めた脚がすこし焦げてしまった。

 毛の焼けるにおいに顔をしかめつつ、エンカの追撃を警戒して少し後ろに後退する。



 そこを狙うようにエンカの魔法弾が追い討ちをかけてきたが、その攻撃を予想していたわしは落ち着いて対処した。


 空中に展開させた魔法弾はエンカの魔法弾を全て吸収する。完全に制御を受けた魔法弾は小さく明滅して消えていった。


 それを見たエンカは驚いたように言った。


「あんたって魔力制御は苦手だったよね。そんな器用なこと、いつ出来るようになったのよ?」


 大袈裟に目を見開き大口を開けるその姿は、どこか嘲笑されているようで腹が立つ。



「リジーがアイル並みの魔法の使い手でな。負けじと練習してたのだ」


 わしはそう言って、さっき取り込んだ魔法弾をエンカの目の前に転移させた。

 そして、エンカが驚いて逃げる前に爆発させる。


 エンカを簡単に呑み込んだ魔法弾は周囲の土を吹き飛ばしていった。

 さすが神獣の魔法弾だ。少し離れたここまで爆ぜた土が飛んできた。


 しかし、確実に当たったはずの攻撃だったが、エンカは爆心地からゆらりと姿を現した。

 見たところどこにも傷を負っていない。


「ふふっ、中々いい攻撃だったわね。でも、強くなったのはライカだけじゃないんだよ?」


 どうやって凌いだのか、思考が浮上したところでエンカは笑って言った。



「どう言う意味だーー」


 わしは理由を聞こうと口を開いたが、突然横から攻撃されて遮られてしまった。


 とっさに反対に飛んだわしは、さっきまで正面にいたはずのエンカが前脚で攻撃しているのが見えた。


「あはっ! 今の攻撃避けるんだ! さすがライカ、まだまだ戦いは楽しめそうだね!」



 わしが避けたのが心底嬉しいのか、弾むようなエンカの声が聞こえた。



 今のは間違いなく空間転移の魔法。一つの魔法として体系化されて数年経っている以上敵が使えてもおかしくはない。


 さっきのわしの攻撃を防いだのも同じ方法だろう。

 そして互いに実力を理解しているもの同士、戦闘が長引くのは明らかだ。



 ……リジー、すまない。今すぐに救援に行くのは無理のようだ。



 わしは主人にそっと謝罪の言葉を送り、目の前で炎を撒き散らす炎獣ライカを見据えた。

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