第百三十四話 決着の炎
至近距離で魔法弾を撃ち込まれたリーグは咄嗟に防御魔法を展開した。
不意を突いた一撃だったが、さすがは継承者だ。ギリギリのところで私の魔法弾は弾かてしまった。
だが全ての衝撃は流しきれなかったようで、リーグは二、三歩よろけるように後退する。
その隙を逃さず私は槍でリーグの腹を殴打し、近くの木に叩きつけた。
「うぐっ!」
苦しそうな呻き声をあげたリーグだが、地面に落ちる瞬間に体勢を立て直し、しゃがむように着地した。
あまり傷はないようだが、彼は剣を失い完全に不利になっている。
私は丸腰のリーグに槍を向けて言った。
「誇り高い騎士の戦いをしたいようだが、それは圧倒的に差がある相手にしか通用しない。実力が同じで、屍人同士の戦いなら、泥水を被ってでも生き残った方が勝ちだ」
一度手から離れた武器は使えないというのは理解しているのだろう。
私の言葉を耳にし、剣がなくなった両手を恨めしそうに見つめるリーグだったが、諦めたように首を振って立ち上がった。
「確かにそうだな。しかし体を張って武器を取り上げるとは。屍人というのは心も失うようだな」
服についた土や落ち葉を鬱陶しそうに払い、リーグは茂みから進み出てきた。
私の戦術指南が気に食わないようだ。
先ほどとは打って変わって苛ついたように眉間にしわを寄せている。
「ふん、王の期間が長すぎたな。一騎打ちの戦いとは本来は泥をなすりつけ合うようなものだ。主の望みを叶える為ならば私は戦う手段など選ない」
そう言って私はリーグに突きを放った。まだ何か持っている可能性もあるため、虚を突くように攻撃していく。
だがリーグは獲物を失っても冷静に対処したてきた。
私の突きを体をずらして避け、横に振った時は跳び退き、牽制に魔法弾を撃って距離をとる。
リーグに武器がない以上、攻撃の間合いは私の方が広い。
それを理解しているリーグは反撃することなくひたすら回避行動をとった。
「本当はお前を倒したいところだったが武器がないからな。足止めで十分時間を稼げばお前達の負けだ。俺が逃げる頃には全ての決着がついているだろうよ」
膠着しつつあった攻防の最中、リーグは淡々と言った。
やはり時間稼ぎが目的か。
確かに私がここで足止めされている間、本隊は徐々に屍人軍に潰されていく。
リジー様もシーズもそれぞれ別の場所に散って戦っている今、私が急行すべき状況だ。だがリーグを置いて移動すれば、彼も追ってきて戦場が混乱してしまう。
ならば今私がすべきことは一つ。ここでこの男を倒し、仲間の救援に向かうのだ。
かつてリリー様が私に教えてくれた言葉が脳裏に蘇ってくる。
「自分の願いを叶えたい時は命を賭して戦え、だったな」
黒髪の姫の言葉を復唱した私はセディオを杖の形状に戻し、魔力を貯めるため腰に戻した。
そして、シーズと戦う時の要領で、私はリーグに殴りかかった。
「その武器、まさかセディオなのか……貴様は一体何者だ?」
リーグは突然の肉弾戦に驚きつつ私の腰に下げているセディオを凝視して言った。
彼もこの神器が杖だとばかり思っていたようだ。
「答える必要はないが、敢えて言うなら、これは私の罪のそのものだ」
リーグの鋭い蹴りを避けた私は呼吸の合間を縫って答えた。
これはリリー様から騎士の称号と共に賜り、共に戦場をかけた愛武器。
そして姫の死後見るのが辛くなって継承者達の手に渡してしまった後悔が詰まっているのだ。
だがそんなことを知る由もないリーグは私の返答に首を傾げるだけだった。
「お前が深く知る必要はない。これは私の思い出の品だからな」
私はそう言って、両手に魔力を貯めて連続で殴りつけた。
リーグも負けじと魔力を拳に貯めて私の攻撃を防ぎ、反撃の一撃を放つ。
互いに有効打は入らない。
しかし、互いの攻撃を紙一重でかわし続けた結果、私とリーグは擦り傷だらけになっていた。
顔に、腕に、脇や足に、強化された魔力の波動が治りかけの傷を撫でて新しい傷を作っていく。
「何故だ、間合いは貴様の方が有利だったはず。それを捨てて同じ土俵で戦うなど……何を企んでいる!」
私の大振りの蹴りを飛んで避けたリーグは焦りを隠すように言った。その目は油断なく私の手足を注視している。
だが時折り私の腰にあるセディオにも目が移っているのを私は見逃さなかった。
「簡単な話だ。お前を一撃で葬るため、力を溜めていただけだ!」
彼の質問に答えた私は、大きな掛け声を発してリーグの両腕を思い切り上に弾いた。
両脇に大きな隙ができたリーグは慌てて肘を引き守りを固めようとする。
しかし、両腕が同時に収縮しては側面からの攻撃は防げない。
リーグの肘が曲がった瞬間、私は彼の真横に転移してその腰に触れた。
「しまっ!」
彼の焦った声が聞こえたがもう遅い。
その時には私の全体重を乗せた衝撃が腕を伝い、彼の腰を砕いた。
「っーー!」
痛みで声にならない叫びを上げたリーグは地面に崩れ落ちた。
例え屍人であっても骨が砕かれる痛みは変わらない。
そして、魔力の貯蓄を終えたセディオを手に取った私は新たな魔法を展開した。
それは宣言通り一撃で葬るための魔法。
リーグの足元に展開された魔法陣が一際輝くと、青白い光の柱がリーグを飲み込んだ。
私の魔力の大半と、周囲の魔力を注ぎ込んだ灼熱の炎。それは生者も死者も平等に塵に変える滅却魔法だった。
「みごと。この戦いはお前の勝ちだ。早く行って、仲間を助けてみろ。今なら、まだ間に合うかも、知れん」
眩い光の中、リーグの途切れ途切れの言葉が聞こえてきた。
声と言うよりかは思念に近いものだったが、私はその声に反応して答えた。
「お前が祖国を案じているのは分かっていたさ。お前の大事な子孫達は私が守ってみせよう。だから安心して逝け」
私の声が届いたのかは分からないが、空に伸びる炎柱からはリーグの笑う声が聞こえた気がした。
初代国王は口調は敵役そのものだった。だが、彼の演技力はそこまで上手くはない。
彼の言葉の節々から滲み出る悲壮感は除けていなかったのだ。
敵の手で操られる身となっても祖国を案じる。リーグは死しても誇り高い王であり続けたのだった。
しばらくして炎が収まると、リーグがいた場所は何も残っていなかった。
草や落ち葉は当然のこと、地面すらも溶けて赤い液体となっている。
もちろん核の魔法具は完全に破壊されたようで、リーグが元に戻ることはない。
これで奴も死者の国へと解放されただろう。
「急ごう。まだ間に合うかもしれない」
リーグの消滅を確認した私は、疲れた体に鞭打って次の戦場を目指した。




