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第百三十二話 少女の選択

 アルドベルが笑いかけると同時に私は動いた。

 今すぐ彼を殺せばまだ被害は最小限で抑えられるのだ。


 そう思う私の手は既に魔法の構築を始めていた。


 彼を無数の魔法弾で球状に囲み出られないように拘束する。そこへアルを呑み込む大きさの魔法弾を高速で打ち出し、包囲した魔法弾ごと爆破した。


 どこにも逃げ場がない攻撃のはずだったが、青い閃光が消えるとそこは彼の影一つ残っていなかった。


 逃げられた?

 その思考に至った瞬間、背後に気配を感じた私は大きく前へ飛び出し空中で回転した。


 その後ろで大きく剣が振り払われる鈍い音が響く。振り向くと、無傷のアルドベルが剣を横に払った姿勢で止まっていた。


 浮遊魔法を使って移動した痕跡はない。となると彼は空間転移で移動したということになる。


 天の魔核を継承して強大な魔力を持っているからできて当たり前か……


 私がそっとため息をつくとアルドベルは嬉しそうに歯を見せて笑った。


「空間転移って本当に便利な魔法だよね。君から逃げる時には大いに役立ってくれるから重宝しているよ」


 王都から逃げた時も転移魔法を使ったのだろう。

 あの時、ジークが魔法弾を吸収した後、探知魔法の反応が無くなったから不思議だったのだ。


 全く笑えない話だ。魔力量も同じ、戦い方も同じ、使える魔法も同じ。違うのは私とアルドベルという差だけ。


 同程度の実力であれば戦闘が長引くことになるのは想像に難くない。


 しかしそれを想像するだけで私は胸が締め付けられるような痛みに襲われた。下で戦う仲間達を早く助けなければならない。


 それが私の枷となって重くのしかかってくるようだった。


「あれあれ? もしかして下の戦闘が気になって僕との戦いに集中できていないのかな?」


 私の考えていることを見抜いたアルドベルは追い討ちをかけるように言ってくる。


 うるさい。貴方は背負うものがないからそんな気楽なことが言えるんだ。

 全てを失って絶望しかしていない貴方には分からないんだ!


 心の声を叫びたくなった私は八つ当たりのようにアルドベルに攻撃を仕掛ける。

 頭上から魔法弾降らし、それらを余裕の表情で避けている隙をつき青雷で斬り込む。


 しかし、彼は私の攻撃をことごとくかわした。素人の攻撃を軽く捌くように私の攻撃は簡単に弾かれていく。

 それがさらに私の焦りを増長し、視野を狭くした。


 後ろから魔法弾が打ち込まれたことに気づいたのは、私が地面に落とされた時だった。


「くうっ」


 地面に落ちた衝撃で強く噛み締めた歯から息が漏れる。視界の端がちかちかして景色がぼやけた。魔法弾を撃ち込まれた背中と地面に当たった腕が痛い。


 起き上がろうとした時に、内側から肉が割れるような激しい痛みが腕に走った。

 顔をしかめて自分の腕を見ると、私の細い右腕はいつもとは違う方向に曲がっていた。



 上空にいるアルを見上げると、勝ち誇ったような笑みを見せて私の元へと降りてきているのが見えた。

 その手には次の攻撃魔法が構築され始めている。


 冷静にならないと負ける……


 初めて感じる骨折の痛みは、熱が上った頭に冷水をかけるように私を現実に引き戻した。



 敵の前で目を閉じるのは危険だが落ち着いて状況を整理する。


 アルドベルが背後から撃った魔法弾でマジックアーマーが吹き飛ばされ、受け身を取り損なった私は利き腕を骨折した。


 直前の記憶を辿った私は利き腕に治療の光を当てた。

 治療する暇はそう簡単に与えてくれないだろう。今は折れた骨を繋ぎ痛みを和らげる応急処置で我慢だ。


 そして、ちょうど応急措置が終わった時、アルドベルの魔法が完成した。


 それは以前王都に落とされた爆発型の魔法弾だった。赤く不気味に輝く魔法弾はもう一つの太陽が間近にできたようだ。


「このまま殺す前に一応聞くけど、僕の元に来る気はないかい? 本音を言えば僕は君の全てが欲しいのだけどね」


 赤い光の中からアルの声が聞こえてきた。私の事が好きだと言っていたから本心なのだろう。

 それを示すように彼が今私に向けている顔はずっと柔らかい表情をしていた。


 しかし、それで惑わされてはいけない。

 彼の目的はストニアの抹殺と世界の破滅。どう考えても相容れない存在なのだ。


「お断りします。私は貴方を殺す人間、貴方のものにはなりません」


 私の声が届いたのか、彼はむっとした顔に変わった。


「そうだね。君なら……の君ならそう言うと思ったよ」


 少し寂しそうな表情で言ったアルは、すぐに顔を引き締め、上空に昇りながら私に魔法弾の照準を合わせた。



 恐らくあの魔法弾の規模はここら一帯を全て吹き飛ばすだろう。そうなれば、近くで戦う仲間にまで巻き込んでしまう。

 それを直感した私はただ立ち上がり、この場から動かないつもりで剣を構えた。


「死ねえーー!」


 アルの怒声と共に魔法弾が発射された。赤い玉が徐々に大きくなってくるのが見える。


「……大丈夫。みんなは私が守ってみせるから」


 迎撃用の魔法を展開しながら私は小さく呟いた。

 エイン王女、レイ隊長にクラン達。この戦場にいる仲間の顔を思い出すと自然と力が湧いてくるようだった。



 青雷剣を構えた私は、落ちてきた魔法弾を二つに切り裂く。

 突然の衝撃に魔法弾は爆発に向けて収縮を始めるが、私はそれを魔力操作で強制的に制御下においた。


 以前は爆発しないように維持することで精一杯だったが、冷静さを取り戻した今は自在に形を変えて操作できる気がした。



 そしてそのまま上空へ転移した私は、驚いたように目を見開いているアルに魔法弾をぶつける。


 アルはそれでもギリギリで回避したが、二発目の攻撃までは躱せなかったようだ。


 私が横に振った魔法弾が直撃し、アルはそのまま一直線に地面に吸い込まれて行った。

 だがこれでも戦いは終わらない。



 まだ死んでない。面倒な人ですね……


 魔力探知で生存を確認した私は追撃すべく彼がいる方へと急いだ。

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