第百三十一話 天の継承者
デンベスを倒し、私はすぐに本隊の上空に転移したのだが、味方は既に敵に包囲されていた。
白い軍勢は緑の大地にまるで病斑のように不気味に浮き上がって見える。
予想通りの軍勢だったが問題はその数だ。本隊の三倍の数はいるだろう。白い輪はじりじりと距離を縮めていた。
普通なら絶望的な状況だ。しかし今は私が上空にいる。圧倒的な数も空から攻めれば一網打尽にできるのだ。
「次は私達が取ります。貴方の好きにはさせません」
私はそう宣言して無数の魔法弾を構築し、白い輪に照準を合わせた。この位置ならまだ本隊に影響はない。
しかし私の魔法弾は発射されなかった。
横から飛んできた魔法弾によって全て消されたのだ。それと同時に巨大な魔力の塊が私の近くに現れた。
「ここは僕の縄張り。君がどんな手を選ぼうとも、僕の方が有利だよ?」
余裕のある声に振り向くと、そこにはアルドベルが宙に浮いていた。憎たらしい笑みを貼り付け、私を注意深く見つめている。
「貴方が浮遊魔法を使えるとは思いませんでした。ですが、私の前に奇襲もせずに現れるなんて随分余裕ですね」
私は青雷剣を引き抜きアルドベルに突き付けた。
前回は普通の剣で戦い押し返されてしまったが今回は違う。
神器の攻撃は普通の人間には受けきれない。一撃で、文字通り灰にする。
しかしアルドベルは余裕の笑みを崩すことなく肩に背負った袋に手を伸ばして言った。
「一つ言い忘れていたけど、その特別な力と従僕は君だけのものじゃない。『星の雫』には対である力『天の炎』があるんだよ」
アルドベルは、袋の中から真紅の剣を取り出した。それと同時に青雷剣に似た巨大な魔力が解き放たれていく。
その瞬間、空気を震わせるほどの緊張感が私を襲った。
彼が言った言葉が何度も頭の中で繰り返される。『天の炎』は神ハイドが人間に継承させる天の魔核のことだ。
それに彼の持つ並外れた剣。この二つが意味していることは一つだった。
「まさか、貴方は天の継承者なのですか?」
私の質問にアルドベルは口角を吊り上げて笑った。それが答えを示しているようで私の全身がさらに強張る。
「これは赤炎と言ってハイドが作った神器だ。そして君の言う通り、僕は今代の継承者だ。驚いただろう?」
勝ち誇るように言ったアルドベルは赤炎を鞘から抜きその刀身を私に見せた。真っ直ぐ伸びた両刃の剣は、日の光を赤く反射するように光っていた。
まさか、天教の神殿を荒らしたのはアルドベルなの?
しかし私はその考えをすぐに否定した。力の継承は望んだだけでは行われないからだ。
彼は何かを神に認められ、力を示した。でなければ神器を持つことすらできないはずだった。
私が反応できないでいると、アルは補足するように言った。
「こいつを手に入れるのに軽く死にかけたよ。力を示せとはおかしな連中だよね。だけどそのお陰で強力な力と駒が手に入ったし、結果としてはいいことづくしだったよ」
彼が言い終わると同時に地面から爆発音と怒号が飛んできた。
アルに警戒しつつ下を見るとそこには真っ赤に燃える獣が青い獣のシーズと激しく激突していた。
その中心の地面は小さく抉れ、近くには爆発の影響からか、血を流して倒れている隊員達も目に入った。
「シーズ!」
私の叫びは風に煽られ虚しく届かなかった。
どの道あそこまで激しい戦闘になれば私の声は届かない。やがて二つの獣は戦場を別の場所に移しながら転がっていった。
そして陣形が乱れた本隊に今度は白い軍勢が雪崩を打って押し寄せ、乱戦が始まろうとしていた。
数が圧倒的に不利な状況だ。すぐに助けに行かないと全滅してしまう。
しかしアルドベルが目の前にいる状況で下に降りることはできなかった。何より彼を倒すのが私の与えられた使命。ここで放棄する訳にはいかない。
そらなら、私が彼を始末する間にジークに援護に行ってもらおう。もうすぐデンベスを倒して戻ってくるはずだ。
私は頼りになる存在を探して魔力探知をおくる。
しかし、私の心のつぶやきを読んだのか、アルドベルは嘲って言った。
「くっくっ、君の従僕に期待しているようだが彼もすぐには戻ってこれないよ。なんたって君達のご先祖様が相手をしているからね。ほらあそこだよ」
白い歯を見せて笑うアルドベルは私の背後を指差す。
つられて背後に目を向けると、ここから少し離れた場所で二つの白い人物が向かい合っているのが見えた。
おそらくあれがサーシャを殺した屍人だろう。魔力の高さで分かった。
「彼の名はリーグ・ストルク。君の先代の継承者でストルク王国の初代国王様。その実力は折り紙つきさ」
彼らを見つめる私に補足するようにアルドベルの説明が背後から飛んで来た。
今はその男が誰だろうと構わない。
私達の戦力は上手く分散され絶望的な状況に陥っている。それだけ分かれば十分だった。
「これで僕と君の戦力は五分。そして本隊の方は手数の多い僕の勝ちだ。さて、君の仲間は一体何人生きて帰れるかな?」
アルに向き直ると、彼はわざとらしく指折りで戦力を数えて笑った。




