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第百三十話 炎の獣

 随分と雲行きが怪しくなって来たの。神獣まで屍体として出てくるなら次は神が出て来ても不思議ではないな……


 リジー達がデンベスの撃退に向かうのを見送ったあと、わしは静かにため息を吐いた。


 周囲では強襲に身を震わせている兵隊どもがようやく落ち着きを取り戻したようで、迎撃用の魔法弾の準備に取り掛かっているのが見えた。



 神のいた時代でもここまでの戦いはそうそうあるものじゃない。果たして、この戦いでこ奴らはどこまで生き残れるのか。わしでも何人助けられるか分かったものではない。


 はっきり言って今この場で主戦力が投下されれば一気に瓦解する危険な状況だった。



 できればリジー達が戻ってくるまで何事もなければいいがのーー



「シーズ殿、あなたならこの状況をどう見る?」


 横にいたエインがわしの思考に被せるように言った。


 少なくともこの王女は戦況を理解しているようだな。顔を見なくても若干緊張したような声で分かった。


「芳しくないの。むしろ危険と言った方が正しい。わしが敵なら今ここで主戦力をぶつけるだろうな」


 周囲に魔力探知を飛ばしながら上の空で答えた。自分で言った言葉通り、今は僅かな反応も見逃してはならない。

 耳にも全神経を集中させ無音で近づくもの達がいないかと注意を払った。


「やはりそうか。来るとするなら地上から、私達を包囲するように現れるだろうから今すぐ迎撃体勢をとらせるべきだな」


 わしの返答は想定内だったようで、エインはすぐに全隊に号令を出した。

 それを合図に隊員達は三人一組の編隊を組んだ。どこから攻撃されても対処できるいい布陣だった。


 この娘の指揮なら下手なことがない限り間違いはないだろう。

 リジーに似た頼もしさをエインから感じ取っていると、わしの探知魔法に複数の反応が同時に現れた。この魔力反応からして間違いなく屍人だ。


 アルドベルはやはり死者を弄ぶ男だったか。


 わしが静かに怒りをためていると、エインの横に目をつぶって座っていた隊員が報告した。


「来ました、敵襲です! 数はおよそ三百! 完全に包囲されています!」

「分かった。引き続き探知を続けろ」


 隊員の報告にエインは落ち着いた声で返事をした。想定内の範囲のようでエインは赤い魔法弾を打ち上げた。


 それを確認した隊員達は隊列を少し変え、皆同じ方向を向いて剣を抜く。


 包囲されているとはいえ、一方面の敵数は少ない。一点突破で抜ければ、あとは各個撃破に持ち込むことができる。


 エインが号令をかけようとしたその時、巨大な破裂音と共に一本の青い軌跡が空に描かれた。


 あの魔力はリジーのものだ。


 ということは一体は仕留めたということだろう。エインもそれを感じ取ったようで小さく息を吐く音が聞こえた。


「リジーは倒したようだな。よし、今が勝機だ! 全隊進め!」


 エインは勝利を確信したように隊に号令を発し、隊員達が前進し始めた。


 うまくことが運んだようだの。

 気は抜けない状況だったが初動は完璧な対応だ。


 しかし、少し安堵した次の瞬間、わしの探知魔法に新たな反応が引っかかった。三つの反応はどれも人並み外れた魔力が感じられる。


「止まれっ! それ以上動くでない!」


 わしは咆哮と共に飛び出し、落下して来る者の攻撃を魔力強化した前脚で受け止めた。

 だが落下速度に加えての振り下ろしを受け止めきれず、地面に衝撃が走る。


 今の衝撃で近くの隊員が数名吹き飛ばされたが、彼らを気遣う余裕はなかった。何せ降ってきた相手が最悪だったからだ。



「おやおやー? なーんか懐かしい魔力があると思ったらライカじゃん! おっひさーって言うか千年ぶり?」


 わしの目の前に着地した炎の獣は陽気な声で言った。そいつはわしと同じ神獣の、神ハイドの使いの炎獣である。


 炎でできたような体毛が全身を覆い、軽く蒸気が出ているかのように輪郭はゆらゆらと揺れていた。



「お前はエンカ! なぜ主がここにおる! 神殿はどうした!」


 嫌な予感に気圧されつつ炎獣に向かって吠えた。

 エンカは一瞬わしの吠え声に首を傾げたが、遅れて嘲るように笑った。


「なんでって、あたしらは継承者についていくのが習わしでしょ? 何当たり前のこと聞いてんの?」


 ライカってもうボケた?

 踊るように挑発するエンカにわしはイラつき魔法弾を打ち込んだ。至近距離で打ったはずだったがエンカはそれを軽くかわした。


「継承者だと? まさかあの男がそうだというのか!」


 わしは上空にいる男を見上げた。その男は地上へは降りず、上空でリジーと対峙していた。


 冗談にも程がある。

 そう吠えたくなったが現実は認めざるを得ない。


 エンカは軽い口調ではあるが嘘をつけない神獣だ。そのエンカが、アルドベルは神ハイドから『天の炎』を受け取った継承者だと断言した。


 リジーに降りかかる災難は大きすぎるぞ。このままだと本当に誰も生き残ることができないかもしれない。



 最悪の事態を想定して動揺しているとエンカは落ち着いた口調で言った。


「ま、不思議だよね。あんな狂った奴が継承者だなんて。あたしも驚きよ?」


 エンカはそう言うと魔力を高めて戦闘態勢に入っていく。それに合わせるようにわしの魔力も高めていった。


 戦いの時は近い。

 わしはいつでも飛び出せるよう全身を魔力強化させ、機動力を底上げした。


 それをじっと見ていたエンカは、楽しそうに地面を掻いて言った。



「でもね、それが神の意志ならあたし達はそれに従うだけ。あんたが敵になってもそれは変わらない。だから、昔みたいに殺し合お?」



 その一言を合図にわしらはどちらともなく攻撃を始めた。エンカとの戦いは実に数千年ぶりだった。

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