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第百二十七話 白翼の襲来

 待つというのはあまり得意ではないが、私が今できることは隊員達を鼓舞してまとめることぐらいだろう。


 上を見上げれば不気味な灰色の山が空高く伸びて雲を突き抜けていた。

 空を西から東へと流れていく雲はその中腹によって見事に裂かれ、渦巻いている。


 リジー達の遊撃部隊が斥候に出てから早くも半日が過ぎようとしていた。


 彼女の実力なら敵に見つかることなく行動することもできるだろう。

 と言ってもこの広大なベルネリア山だ。どこに敵が潜んでいるか分からないので探索は難航を極めるはずだ。


 この戦いは長期戦になることもあり得る。そのための野営の準備は急務であった。



 私の周囲では夜までに拠点を設置するべく、隊員達が忙しなく動き回っていた。


 拠点全体を覆う防御魔法や探知魔法、迎撃用魔法弾の設置。万が一敵が直接攻めて来ても時間稼ぎができるように準備が進められていく。


 その間に私はリジーと連絡を取り合い状況の確認を進めた。


 通信具から来た話では一度この本隊に合流すると言っていた。声に影がさしていたので結果は芳しくないのは明らかだ。


「エイン様、リジー殿はいつ頃戻られると仰ってましたか?」


 私がリジーとの交信を終え、通信具を服に仕舞っていると、横からクランの緊張したような声が聞こえた。

 振り向くと長い顔の傷を歪ませ神妙な顔をしている。


「もうすぐ戻るらしい。今のところ情報はない。昼の間に作戦を練り直した方がいいかもしれないな」


 しかしそう言ってみたものの私達にできることは限られてくる。


 高度な魔法の駆け引きが必要とされている今、リジー以外で対処できる人間がいない。非才な私達の出る幕はないのだ。それがどうしても私の心を支配し握り拳が硬くなってしまう。


「いかんな。つい悲観的になってしまう。今から戦うのだからしっかりしなければな」


 無性に焦った私は気合を入れ直す。ここで私が腐っていては隊員達が不安になってしまう。


「仕方がありません。人間、誰しもが劣等感を抱えます。エイン様は仲間思いであるが故、共に行動できないのが辛いのですね?」


 私の独り言はクランに聞こえていたようで慰めの言葉をかけてくれた。いつもは私の王女らしからぬ態度に小言は多いが、気遣う時は優しいものだ。


 しかしそれに相槌を打とうとしたところで東に構えていた小隊から複数人の大声が聞こえてきた。

 どれも緊張したような声に野営地の全員が凍りついたように止まった。


「どうした!」


 彼らの方に向いて声をかけたがすぐに返事が来なかった。全員我を忘れたように空の一点を凝視している。


 空を見ても何かいる気配はない。望遠魔法で確認しようとしたところで、近くにいたレイの叫ぶような声が聞こえた。


「エイン! 巨大な白い怪物が二体、こちらに接近してるわ!」


 横を向くとレイは望遠魔法を使って空を確認していた。その間も焦ったように距離を数えている。

 予期せぬ敵襲だが躊躇している暇はない。私はさっきまでの感情を拭って声を張り上げた。


「ただちに持ち場について防御魔法の展開を急げ! 接敵に備えろ!」


 動揺していた隊員達は私の命令にはっとしたように立ち直り、すぐに防御魔法の準備に走った。



 気を持ち直した隊員達は流石は精鋭。

 そこからの動きは非常に早く、地面に設置された防御魔法はすぐに拠点を覆った。


 これはセレシオン王国が戦争で使用したもので、地面に書かれた魔法陣が周囲の魔力を吸収して自動で防御し続ける自立型の魔法だ。


 そして、防御魔法の展開が終わって一息ついたところでレイの言っていた怪物が肉眼でも確認できるようになった。


 その巨大な体躯はどこを見ても凶悪な形状をしていた。


 巨大な翼を羽ばたかせて少し上下しながら近づいてくる。その後ろには木の丸太より太い尾が伸びていた。


 巨大な口は人一人なら丸呑みできるほどだ。胸のあたりから伸びた太い腕の先には全てを切り裂きそうな爪まで伸びている。


 陽光を全て反射しそうな白い表皮は硬質で、果たして私達の攻撃が通るのか不安に駆られた。


 生物図鑑でも見たことがない。

 この世に生息する生物ではないことは一目瞭然だ。しかし、それよりもそれらに内蔵される魔力が高いごとに戦慄した。


 リジー程の魔力はないがそれでもこの部隊を軽く蹂躙できる力が二つ。目の前に降り立とうとしている。


 隊員達を見回すと、そこには既に恐怖の色が顔に現れていた。

 隊員達は身を隠している訳でもなかったが、息を潜めるようにその存在を見つめているようだった。



 このままでは何もすることなく蹂躙されて終わりだ。


「戦闘態勢! 後衛と中衛は魔法弾の準備を急げ!」


 私は沈黙を破り皆を鼓舞するため声を張り上げた。

 それを合図に隊員達は再び気を持ち直し、魔法弾の準備に取り掛かった。


 その直後、白い怪物達は上空から魔法弾を落としてきた。


 巨大な二つの魔法弾は空を覆うように私達の頭上に落ちる。

 だがそれは拠点に張った防御魔法に弾かれ近くに着弾した。


 轟音が地面を揺らし木々を吹き飛ばす。一つ間違えば私達もあっという間に肉片になり果てるだろう。

 死の旋律を聞いた私は背中に嫌な汗が滲むのが分かった。



 だがこんな所で怯んではいられない。どうにかして打開策がないかと敵に目を向ける。


 ちょうどその時、二発目の魔法弾が近くを掠めて着弾した。そして既に三発目が作られ始めていた。


 私は後衛隊をまとめるガウフ隊長に攻撃の合図を送った。狙うは敵魔法弾の誘爆だ。


 地面を抉るほどの威力なのだから奴らの近くで爆発すればあの固そうな表皮にも傷を負わせることができるかもしれない。


 私の意図を正しく汲み取ったガウフは攻撃の号令を発した。


「一番と二番! 敵の魔法弾に狙いを定めろ! 撃てー!」


 勢いよく飛び出した数発の魔法弾は、真っ直ぐ怪物の魔法弾に向かい誘爆を引き起こした。

 眩い閃光に一度視界を奪われる。


 少しはダメージを与えられたかと思い、光が収まった空を見上げるが、私の期待を裏切り怪物は依然として上空を飛んでいた。



 そして怪物達は攻撃の邪魔をされてむしろ怒りを露わにしているようで、次の魔法弾の準備に移っていた。


「くそ、化け物め。防御強度を上げて皆衝撃に備えろ!」


 私は悪態を突いて小隊長達に号令をかけた。

 防御魔法も万能ではない。あれだけ巨大な魔法弾を何発も受けていたらいつかは破綻する。



 その前に何としてもこのじり貧な状況を切り抜けなければならない。


 そう私が考えあぐねている内に怪物は攻撃の準備を終えた。


 来るか。

 次の衝撃に備えて身構えた刹那、怪物の上空から落雷が発生した。


 耳をつん裂く音が地面を揺らす。

 そして落雷で動けなくなっていた怪物の一匹は、空に現れた黒い点に突き落とされ、低い衝撃音を響かせて地面に墜落した。


 突然のことに呆気に取られていると、柔らかな声が頭上から聞こえてきた。


「エイン様、無事ですか?」


 透き通るよな声に反応して見上げると、音もなく空から舞い降りてくるリジーが目に入ってきた。

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