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第百二十話 灰頭と白王

 小さい頃は本当に英雄に憧れていた。それは王子でなくとも誰もが憧れる存在だ。


 戦場を颯爽と駆け抜け、仲間の危機を救い、戦いを勝利に導いていく。

 どれだけの苦難が降りかかろうとも決して諦めず、前を突き進む英雄。


 特に好きなのはストルク戦記だ。数ある伝記の中で、史実を元にしているこの話は隣国の英雄であっても心が踊った。


 いつか大人になったら彼のような英雄になり国を導き守りたい。そんな小さな夢を母に語って頭を撫でてもらっていた。

 慈愛のこもった視線は幼心を暖かくしてくれた。


 しかし国の英雄になるという夢は五歳の時に儚く潰えた。

 皮肉にも憧れていた英雄の国からやって来た厄災によって、僕の守りたかった全てが失われた。


 そしてこの歳になって、かつて憧れていた英雄に対する心象も脆く崩れ去りつつあった。



「アルドベル早くしろ。一体いつまでそんなことをやってるんだ」



 部屋にリーグの不機嫌な声が響く。

 僕は今、何故かリーグの命令を聞いて魔法具の作成に精を出していた。


 僕の持っている探知用魔法具が必要だと突然言われ、仕方なく作ることにしたのだ。


 ……おかしい。ここは僕の家で、組織の主は僕のはずなのに、何故僕は彼の命令を聞いているんだ?


 僕は心の中で愚痴をこぼした。


 稀代の英雄様が横柄な口をたたくなんて、小さい頃の僕が知ったら卒倒したことだろう。

 かつての憧れが音を立てて崩れていく。幼少期の思い出がボロ切れのように汚れていくようだった。


 彼の墓を暴きにストルク王国に行ったがそれも少し後悔する程だ。わざわざ危険を冒してまで行った甲斐が感じられない。


「と言ってもこれは本当に高性能なやつだから作るのにまる二日はかかるんだよ? 一つあれば十分なのに、どうして必要なんだい?」


 しかし素直に従うのも釈なので、せめてもの抵抗で理由を訊ねた。


「この魔法具の存在は既に敵に知られている。一つは囮として動かし、もう一つを本命として使え。俺が奴らを取り逃した時点で警戒すべき事項だろう」


 リーグの少し苛ついた声が聞こえて来た。


 我儘な性格だからどうせ返事はないだろう、と思っていたところだったので少し驚いた。

 それも至極真っ当な意見だった。思わず作業の手を止めて顔を上げる。


 不自然な程に白いリーグは深く椅子に腰掛け足を組んでいた。均整のある容姿に優雅な佇まい、流石に英雄の風体が見て取れる。


「何を不思議がっている。俺はお前に有益なことしか言っていないはずだが?」


 僕の視線とぶつかったリーグは視線を逸らすことなく言った。その真っ直ぐな青い瞳を見ると何故か口元が緩んでしまった。


「いやー意外に律儀な所もあるなって思っただけだよ」


 僕は作業する手を再び動かしながら言うと、視界の端で鼻を鳴らす音が聞こえた。


「勘違いするなよ。俺は既に死んだ人間だ。今の世情に興味はないからな。例え俺が築いた国が滅ぶことになっても、それは一つの歴史に過ぎない」


 そう淡々と話すリーグには何の感情も感じられない。横目で盗み見ても顔は無表情のままだった。死ぬと心でも失うのだろうか。


「因みに、これから戦う相手だけどね、その子は君と同じ力を引き継いでいるよ。言わば後輩だね。君とリジー、一体どっちが強いのかな?」


 この無表情な男をどうにか動かせないか、と僕はリーグを茶化してみた。


 リーグはかつて神アイルから『星の雫』を継承した人間だ。だが驚いたことにそれは屍体として復活した今も変わらず力を宿していた。


 それはリジー達には気の毒なことではあるが、僕にとっては好都合だった。


 そんなリーグは僕の挑発に眉を寄せて言った。


「この時代にも継承者が選ばれたか……それなら神獣もいるのか?」


 神獣、あの青白い四足歩行か。確かフィオから受け取った情報に書いてあったな。

 それを思い出した僕はフィオの情報通りに伝えた。


 神の使いなのだろうがリジーほど脅威にはならない。

 そう思っている僕は大して気にしていなかったが、リーグは額に手を当て考えるように唸った。


「あの神獣を甘くみるな。それに守護人のジークまでいるとなると……この戦い、今いる戦力だけだと負けるぞ?」


 そう言うとリーグは立ち上がり出口に向かって歩き出した。どこかは行くつもりのようだが、僕は彼を呼び止めた。

 少なくとも考えなしの人間と思われたままなのが嫌だっただけだが。



 そんな僕の声にリーグは不機嫌を隠さずに振り返り、鋭い視線を向けて来た。


「そう心配しなくてもいい。僕の持ってる駒は君だけじゃないからね。恐らく五分以上の戦いができるはずだよ」


 僕がそう言うとリーグは興味深いものでも見るような顔になった。


「ほう。ならその戦力とやら、見せてみろ。戦略でも考えてやるよ」


 リーグは外に向かっていた足を木造りの椅子に向け直し再び腰掛けた。そして今度は早く見せろと言わんばかりの視線に変わって僕を注視した。



「慌てない慌てない。この魔法具を作り終わったら見せてあげるよ。君もきっとびっくりするよ?」


 フォレスを起こさないといけないのは面倒だったが、彼に戦略的な意見を伺うなら全ての戦力を見せるべきだろう。

 ああは言ったが戦力に余裕がないのは事実。


 メウラは基本寝てるし、フォレスは戦略なんて興味の欠けらも無い。なので第三者からの意見は貴重なのだ。


 さっきは英雄らしく無いと悪口を言ってしまったが前言撤回しよう。彼は最高にいいやつじゃないか。


 口が裂けても言えないことを心にしまい、僕は魔法具の作成を進めていった。


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