第百十四話 少女と会議
ベルボイドの報告を受けた翌日の昼過ぎ、私はエイン王女に呼ばれて国王の執務室に向かうことになった。
実は早朝には国王や貴族会の重鎮が集まり早急に会議が行われ、国としての方針が決まったということだった。
私が呼ばれたのは詳細の作戦を話し合うためである。
私とジークが執務室に入室すると、キンレイス陛下にエイン王女、ローチェ将軍とダンストール宰相が着座して待っていた。
長机の奥に国王が腰掛け、その両端にエイン王女、ローチェ将軍と宰相が座り、王女の横の席が空いていた。
そこに座れということなのだろう。
私が席に向かう間、誰も口を開かず重たい空気がこの部屋を支配しているようだった。
「全員揃いましたな。ではまずは、組織『灰』の戦力と拠点の整理を、全員の認識を合わせるところから始めましょう」
私が着席し、ジークが脇に控えたところで、宰相が沈黙を破りって説明を始めた。
彼の説明は時折私の補足を挟みつつ進んでいった。
灰とは、基本的には少数精鋭で集められた組織で、アルドベルを筆頭としてパテオ山脈のベルネリア山に潜伏している。
現在確認されている構成員は六人。その内フィオとアルドベル、サーシャは処刑等で死んだので、残りは三人。
サーシャの名前が出た時、私は胸の奥がズキリと痛んだ。私のために命を投げ打った彼女のことを想いながら、私は宰相の説明に耳を傾け続けた。
アルドベルは言わずと知れた組織の頭だ。
二十年前に滅亡したケニス王国の第一王子で、世界に復讐するために暗躍している。
そして用途は依然不明だが、人を殺して大量の魔力を集めている厄災だ。
また、彼の戦闘面での実力は私に匹敵する。
その魔力は未知数であるため本当の実力は分からないが、私以外に相対できるものがいないことは確かである。
しかし、相手を知っていれば相応の対応も可能になる。
ダンストール宰相は出撃までにしっかりと作戦を練ることが必要だと私に言った。
しかし残りの二人は情報がない。表に出て動かない者達のようで、その戦力は分からないのだ。
ただ、フィオ達の実力が普通の魔法剣士では歯が立たないことから、十分な実力者である可能性は高いだろう。
「ここまでの戦力は先日までの情報から推察できるでしょう。ですが、昨夜、リジー殿から持ち込まれた情報で状況が一変しました」
アルドベル達の情報が書かれた紙を机に置いた宰相は、新たな紙を広げ目を走らせて言った。
「敵は生身の人間ではなく屍人をも使役することが分かりました」
続けて彼は屍人魔法の説明とその厄介さを説明した。
屍人魔法は死んだ人間の亡骸を媒介にし、死者の意識を呼び戻す禁忌の魔法だ。
この魔法を成功させればどんな相手でも思いのままに使役することができる、と言われている。
ベル達が交戦した屍人はジークに匹敵する魔力の持ち主だった。それ単体でも非常に脅威となるが、問題は他にもある。
それは、アルドベルが屍人の軍勢を用意している可能性があるということだ。
「屍人の数も懸念事項としてありますが、それ以前の問題として実際どう倒すかが分かっておりません」
宰相はそう言って言葉を切ると、視線を私に向け、次いで私の後ろに立つジークに視線を向けた。
ジークが復活者であることはここにいる全員が知っている。彼の了承の元私が以前報告したからだ。
屍人であるジークならどう戦うべきか分かるのではないかと言うところだろう。
私が斜めに視線を飛ばすと、同じように私に顔を向けていたジークと目が合う。青い瞳は私に指示を仰いでいた。
その瞳に頷き返すと、ジークは全員の目に入るよう国王の反対側に移動して言った。
「基本的に屍人は普通の人間と変わりません。屍人の心臓に当たる魔法具を潰せば消滅します」
全員を一度見回したジークは詳細の説明を始めた。
屍人を構成する物は対象の亡骸と魔力を貯める魔法具だ。そしてこの二つを結び、一つの活動体として形を作る魔法具が屍人の心臓である。
体には血の代わりに、魔法具を中心として魔力が流れている。
屍人の中核となる魔法具が破壊されればその活動が止まるのはそのためだと言う。
「そして一度活動を停止した屍人は復活することはありません。ただ、問題になるのは個体の強さと数でしょう」
ジークの淡々とした説明は続いた。
少数でも強力な個体を何体も用意されれば部隊がうまく機能しないと倒しきれなくなる。
逆に数で攻められた場合、消耗戦が強いられることになる。
最終的に、王国はこの二つの課題に耐えられる部隊を編成する必要がある。
そう説明したジークは一息ついたように服の襟元を正した。
それを横目で見ていたエイン王女は腕を組んで椅子に深く腰掛けて言った。
「なるほど、確かにそれは面倒な相手だ。しかし、全部を悲観的に見る必要もなさそうだな」
「と言いますと?」
ダンストール宰相はエイン王女が安堵したような表情をしていることに驚いて聞いた。
そんな宰相にエイン王女は何でもないと言わん様子で説明した。
「簡単な話だ。相手が生身の人間と同じと言うなら、通常の集団戦が通用する。敵の数は読めないが、それなら状況に合う戦術を用意するまでだ」
幸い出撃まではまだ時間がある。それまでに用意できる戦術を選別していけばいい。
絶望的な状況に変わりはないが、それも捉え方一つで変えられる。如何にして勝つ手段を捻り出すかが私達の役目だ。
そうエイン王女は言った。
彼女の主張も最もで、これから作戦を立てようとする中で、負の方にばかり向いていては建設的な議論ができなくなる。
それに同意するようにローチェ将軍も頷いて言った。
「エイン様の仰る通りでしょう。皆を導く立場の我々が日和っていては勝つことすら難しくなる。勿論楽観的すぎても仇になるでしょうがね」
彼は厳しい顔をしているが、不思議と口元は緩んでいた。少なくとも彼は勝つ自信があるようだった。
ローチェ将軍に向き直った宰相は何か言おうと口を開いたが、思い直したように口を噤んで肯定の意を示した。
その様子を黙って見ていたキンレイス陛下は大きく頷いて言った。
「ふむ、敵勢力の認識も、これから我々がすべきことも道は示された。ダンストールよ次の話を進めよ」
その王の一言で場は収まり、会議は次の議題へと移っていった。




