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第百十話 古の王

 サーシャはベルボイドが血塗れのフィオを抱えて転移するのを横目で見ていた。

 フィオが何か言おうと口を動かしていたが、残念ながらその声が彼女に届くことはなかった。


 二人の姿が掻き消えたところでサーシャは静かに男の方に向き直った。


「あんたの目的は果たせなかったわね。情報を持ち帰った時点で私達の勝ちよ」


 サーシャは震える足を無視するように目の前に立つ男に言った。


 彼女の前にいるのは仲間のフィオを一瞬で戦闘不能にまで追い込んだ怪物だ。もちろんフィオと同じ実力のサーシャに敵うはずがない。



 だがそれでも彼女が残った理由は仲間を逃がすため。アルドベル達の居場所を主に確実に伝えるためこの場に残ったのだ。決して自ら死ぬためではない。



 サーシャは自分でも不思議だった。

 ずっとライバル視していたフィオが死にかけているのを目の当たりにした瞬間、体が勝手に動いてしまった。


 フィオとの決着がつけられなくなるのは寂しかったが、彼女の命を救った時点で私の勝ち逃げだ。

 そう思いなおしたサーシャはほくそ笑んだ。


 たったそれだけの気づきだったが、それは彼女の震えを止め、敵を見据える勇気を与えた。



 その様子をじっくり観察していた青年は眉根を少し寄せて言った。


「これから死ぬにしては清々しい表情だな。仲間のために命を差出せる。お前は立派な人間だ。この俺が覚えておこう」


 青年は仰々しく剣を正面に構え、目を瞑った。まるで何かに祈りを捧げるような仕草だった。



 そのわざとらしい仕草が気に食わないサーシャは魔法弾を問答無用で打ち込んだ。


 しかしそれは虚しくも彼が軽く振った手に弾かれて木立に消えて行く。


「どこの誰とも分からない奴に覚えてもらう必要はないわ。それに、あんたの偉そうなその態度、気に入らないのよ!」



 サーシャは掛け声とともに駆け出した。

 走りながら魔法弾をいくつも作り出して打ち込んで行く。青年は眉間にしわを寄せたまま剣を振ってそれを迎撃していく。


 そして、互いの剣の間合いに入ったところで、サーシャは右へ跳んで彼の脇に新たな魔法弾を打ち込む。それに合わせて反対側に剣を走らせる。


 本来なら魔法弾が囮となって剣は相手から見えないはずの攻撃。初見で見切れる人間は殆どいない。


 だが青年はその攻撃を何も見ずに躱し、隙ができたサーシャの腹に蹴りを突き入れた。サーシャは茂みを突き破り、木にぶつかって止まった。


「ぐっぐぞっ!」


 茂みを転がったサーシャは泥を被り、口の中に胃液の酸っぱい臭いを感じながら立ち上がる。

 しかし、サーシャの足はすぐにガタガタと震えだして膝から崩れ落ちた。


 サーシャの魔力強化は普通の魔法剣士よりずっと強力で、普通に蹴られただけではビクともしない。

 だが、青年の蹴りはその守りを容易く突き破り、サーシャに致命傷を与えていたのだ。


 一撃で内臓を潰されたサーシャは、口から血の混じった胃液を吐き出して地面に這いつくばった。


 歯を食いしばり敵を見ようと顔を上げたところで青年の声が届いた。



「俺の姿を見ても誰か分からないとは。千年も時が経てば容姿は伝わらなくなるということか?」


 青年は憤慨するでもなく腰に手を当てて納得しなように頷いていた。


 だがその足元でサーシャは息が詰まったような音を出した。

 千年。その数字を耳にしたサーシャは一瞬で思考が停止した。


 アルドベルは何をしに王都リールへ行った?

 フィオとベルの処刑を見る為、いやそれもあるが、あの男は次の作戦も見据えて動くはず。


 千年、王都リール、目の前に立つ屍体の男。そして常人より並外れた魔力と戦闘技術をもっている。

 全ての情報が瞬時に結び付いていく。



 そして唐突に理解した。彼女の目の前にいる人物が誰なのか。アルドベルが復活させたのが誰なのかを。


「お、おばえは……ばざか!」


 サーシャが声を上げたところで、青年は距離を詰めて剣を振り抜いた。彼の剣は迷うことなくサーシャの胸を切り裂き鮮血を辺りに撒き散らす。


 地面に赤い染みを作ったサーシャはうつ伏せに倒れて動かなくなった。恐怖でも悲しみでもなく驚愕の表情を貼り付けたままサーシャは絶命した。


 それは一人真実にたどり着いた者が感じた最後の感情だった。


 彼女の死の瞬間を見つめていた青年はため息を吐いた。


「俺としたことが、敵の名前を聞きそびれてしまったか」


 そう言った青年はサーシャの側に跪き、驚愕で見開かれた彼女の両目をそっと閉じた。


 闇に生きる者達は人知れず死んで行く。だからこそ、彼らが生きた証だけは敵であっても記憶に残したい。

 それを信条としている彼は、初めての失態に自分に悪態をついた。



 そんな彼の前に新たな人物が茂みの中から姿を現す。

 大きな楽器を背負ったアルドベルは、ぬかるみを歩いてきたはずだが涼しい顔をしていた。


「おおう、結構派手にやったもんだね……しかも二人取り逃がしたか。ま、君の実力は見れたし十分な成果だね」


 アルドベルはかつての仲間の成れの果てを見ながら青年の肩に手を置いた。


「俺はお前の命令に逆らうことはないが、馴れ合うつもりはない。気安く触れるな」


 アルドベルの笑みとは対照に、不機嫌を露わにしている青年は鬱陶しそうに彼の手を払いのけた。


「傷つくなー。君は大昔の大先輩なんだからさ、もう少し大人な態度を見せてくれてもいいんだよ?」



 青年に払われた手をふらふらと振りながらアルドベルは茶化して言った。

 全く悪びれもしない態度に青年は怒りを通り越して呆れてしまった。


 いっそのこと、命令を無視してアルドベルを切りたくなったが、手が出ることはなかった。


 胸糞悪い目的を掲げていてもそれに逆らうことができないのだ。どこにもぶつけられない怒りを抑え、青年はゆっくりと元来た道を戻り始めた。


「俺は戻る。そいつの処理はお前がやっておけ」


 少し進んだところで青年は振り返り、アルドベルに命令をした。


「ええっ? 主人は僕の方なのに?」


 突然の命令にアルドベルは驚いたように抗議したが、青年は聞く耳を持たずに立ち去ってしまった。

 彼が立ち去った後は、木々が静かに揺れる音だけが残っていた。


「はあ、全く。稀代の大英雄様がこんな業突く張りだったとはね。子孫達が見たら幻滅するんじゃないか?」


 アルドベルは、彼の子孫であるストルク国民へ思わず同情心が湧いた。しかし、それもすぐに詮無いことと思い直し、サーシャの遺骸の処理に取り掛かった。



 この日、アルドベルの手元には最強の手札が加わることとなった。


 かつてアトシア大陸の戦乱を平定し、千年王朝を築いたストルク王国の初代国王。リーグ・ストルクその人がアルドベルの手足となって動くこととなった。

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