第十一話 少女の望み
「まだ十二なのか? その年で現役の魔法剣士を倒すなんてすごいな。私が同じ年くらいの頃はそこまで強くなかったぞ」
メリルたちの墓へ案内する道すがら、私の年齢を聞いた王女は驚いたように声をあげた。
「見た目は可憐な少女にしか見えないんだがな、不思議なものだ」
私を上から下まで眺めながらエイン王女はつぶやいた。
しかし、私は別のことが気になって彼女のつぶやきは耳に届かなかった。
「現役の魔法剣士……もしかしてクライオ先生のことですか?」
思い当たる節がある。あの時彼は剣や体を魔力強化していたし、体の動きも滑らかだった。
私も魔力強化はできるから多少は戦える。だが、訓練している現役と比べるとやはり非力になる。何かをする前に距離を詰められて刈り取られるだろう。
……あの剣がもし防御魔法を貫通していたならばと思うと寒気を感じた。
「クライオで構わん。街の魔法師達や自分の生徒に手をかけたんだ、あいつは、教師ではない」
エイン王女の声が少し低くなった。横を見ると厳しい顔つきになっていた。
「クライオは教師になる数年前、私の部隊にいたんだ。自信家だったが剣士としての実力は十分あった。責任感も人一倍あるやつだった。それなのに……」
それ以上続けるのは辛いのだろうか、エイン王女は言葉を切った。後ろを歩いていた近衛隊の隊長が後を引き継いだ。
「クライオは欲に負けたんですよ。前から金遣いは荒かった男です。それに、例の魔法具のことは任務で知っていましたから、どこかで商人と繋がってしまったのでしょう」
エイン王女は首を横に振った。彼女に責任はない。
それでも、隊を抜けた者を見抜けなかった負い目があるらしい。今回の一件も未然に防げたかもしれない。
それは誰にも分からないことだ。神様でもない限り全てを見通すことなんてできない。
「この世にもしもの答えは存在しない。それは分かっているつもりだ。だからこそ、私は後悔のない選択をしたい」
まるで自分に言い聞かせるように呟いていた。ちょうどその時に二人の墓前に着いたので会話は終了した。
墓に花を添えた後、エイン王女はストニアさんに挨拶をしていた。どうやら知り合いというのは本当のようだ。横で隊長さんにこっそり教えてもらったことだけど、エイン王女は以前、ストニアに魔法剣士の基礎を教わった身らしい。
「ストニアさんも魔法剣士だったなんて知りませんでした。えっと……」
隊長の名前を聞いてなかったので何と呼ぼうか考えてしまったが、隊長はすぐに気付いてくれた。
「クランだ。エイン王女の近衛騎士隊の隊長をしている」
クラン隊長は髪を短く切りそろえ、厳つい雰囲気を纏った中年の男性だ。顔に斜めに入った傷痕がさらに厳つさを感じさせている。
「ストニアさんは昔は軍に所属していて魔法剣士隊を率いていたんだ。私は彼女の最後の部下だった」
二十年前の小国との戦争を一人で沈めた英雄がストニアと聞いたのは衝撃だった。
歴史書にはスクロウの名だけ記載されており、彼女がその人物であると想像すらしていなかった。
彼女は十年ほど前に年齢を理由に退役し、病院と孤児院の運営に乗り出したそうだった。
「リジーはまだ子どもです! それにもう十分に辛い目に遭っているのに、これからさらに辛いことをさせるわけにはいきません!」
クラン隊長の話を聞いていると、ストニアの冷たく放つ言葉が聞こえてきた。
「先生のお気持ちは分かる。だが、彼女は訓練も受けていないのに既に大人の魔法剣士より強い。私は彼女を今から育てる価値は十分あると思っている」
エイン王女は王女で食い下がっていた。
私を引き抜き魔法剣士として育てることをストニアさんに提案しているようだ。
「それに、彼女は既に二度も命を狙われている。これから先、狙われないとも限らない。魔法剣士の訓練を受ければ、自分自身の命は最低限守ることができる。これは、彼女の命を守るためのものでもある」
ストニアは静かに頷いた。私が自衛できるレベルの訓練を受けることには反論しなかった。
「確かに訓練を受ければ身を守ることはできるでしょう。ただ、軍に所属して任務に当たるというのは自ら危険に飛び込むのと同じことです」
ストニアさんは私に危険が及ばないようにという優しさから厳しい意見を述べている。
嬉しい反面、少し寂しい気持ちになった。
「ストニアさん、私、王都に行きたいです」
私は一歩前に出て二人に向かって言った。
二人は同時に私を見る。ストニアは不安そうに、エイン王女は見定めるように目を細めた。
「どうしても行かないといけないの? 王都に行けばここよりも命の危機が増えるのよ?」
「私には私の生きる目的があります。それは、この街では絶対にできないものです」
私はストニアとしばらく睨み合っていたが、私の意思が揺るがないと悟ると渋々了承してくれた。
ただし、これから三年間はストニアの元で魔法剣士の訓練を受けることが条件だった。せめて、成人するまでは皆と過ごして欲しいということだった。
エイン王女もそれで納得した。
「ストニアさんが教えるならまず間違いない。が、厳しいから気をつけろ」と言い残して去って行った。
翌節になると、早速訓練が始まった。
彼女の訓練は厳しかったが、それなりに楽しい日々を過ごした。
そして、三年後、訓練を終えた私はストニアさん達に別れを告げ、王都へと発つことになった。
これにて孤児院編は完結となります
次章は少し大人になったリジーが登場します
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