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第百二話 師と弟子

 ストニアを元気付けようとした私は、虚しくも彼女に慰められてしまった。ストニアの前では私はどこまで行っても子どものままだった。


 しかし、ずっと慰めてもらう訳にもいかない。少し落ち着いた私は、その日は一日ストニアと語り合った。


 軍の任務や王都での暮らし。神殿で戦って力を授かったことやジーク達との出会い。シェリーと過ごした日など。


 暗い話を続けるのが勿体ないと思うほど私は思い出を話した。



 ストニアは私の話を聞く度に目を輝かせた。


 神殿の構造には彼女も興味を示し、どんな理屈で建っているのか二人で考察もした。答えが出ることはなかったが、それでも二人で話す貴重な時間は楽しい。



 他にもシェリーとの魔核融合にはストニアを驚かせた。

 初めは私の体調を心配したストニアだったが、問題がないと分かると魔核を融合させた方法に興味を示した。


 ストニアが今研究している魔法の手掛かりになると思いついたらしい。

 私もストニアの研究の一助になるならと、その時のことを思い出せるだけ説明した。


 そして、話はストニアの研究へと移っていった。

 私とシェリーの体験が魔核の構造理解を進めたようで、彼女の研究が少し前進した。


 この魔法が完成すればより多くの人が助けられる。そう嬉しそうに語るストニアは輝いていた。

 そしていくつか実験に付き合ってる内に日が暮れて一日が終わりを迎えた。


「せっかくの休暇を実験に付き合わせる形になってしまってごめんなさいね」


 夕暮れを見て驚いたストニアは申し訳なさそうに謝ったが、私は気にしていなかった。

 久しぶりに大好きなストニアと過ごせたのだ。私にはとても有意義な時間だった。



 翌日は昨日に負けず劣らずの晴れ模様となった。当然子供たちは広場で遊び始める。


 シェリーはと言うと、昨日全力で遊んだのが仇となり筋肉痛で動けなくなっていた。そのため、今日は室内でゆっくりしてもらっている。


 彼女の世話役にはジーク達をつけたので問題ないだろう。


 私は子供達の遊び相手になろうと思っていたが、意外にもストニアに呼ばれて魔法学院へ行くことになった。


 先生達に挨拶を交わし連れてこられたのは、魔法学院内の訓練施設だった。

 普段は魔法の訓練などで生徒達が使っているが、今日は特別に借りてきたらしい。


 そして、私をここに連れて来たのは、久しぶりに訓練するためだったようだ。


 相変わらず弟子思いの師匠だ。

 そう思いながら迫りくる剣を距離を取った。


「訓練中に考え事かしら? 少し動きが鈍ったわよ」



 私の動きは全て知っていると言わんばかりに指摘が入った。この人は私の心が読めるのだろうか。


 相変わらず鋭い指摘に私は舌を巻いた。

 ほんの僅かな緩みも見逃さない。ストニアの訓練は普段とは段違いに厳しいのだ。


 受けてばかりでは押し負ける。

 それが分かっていた私は、攻勢に出ることにした。


 魔力強化を極限まで高め、俊足を活かして彼女の脇へ向かった。

 そのまま剣で攻撃しようとすると、勢いよく身を反転させたストニアに受け止められてしまった。


 そして、そのまま私を押し飛ばそうと剣に力を込めてくる。それを私は渾身の力で押し返す。


 金属の強く擦れる音を撒き散らしながらストニアは後方へしなやかに着地した。



「切り替えが早くなったわね。考え事をしないと威力が目に見えて違うわね」


 そう言うとストニアは数歩で私に接近し、剣を横に軽く薙いだ。


「もう四年も経ってますからね。私も少しは強くなりましたよ」


 私は彼女の剣先を鍔元で受け流しながら答えた。


 ストニアは相変わらず重い一撃を乗せてくる。

 同じ型を使い、同程度の魔力強化をしているはずだ。それでも彼女の剣撃はどれ一つとっても隙はない。


 本当にこの人は退役して十年以上経っているのだろうか。そう疑いたくなるほど攻撃に鋭さがあった。


「ふふっ、王都に行ってからも慢心することなく訓練していたようね。貴女のことだから問題ないと思っていたけど、安心したわ」


 ストニアは一気に私の横にまで踏み込み打ち込んでくる。それを半歩前に出て、攻撃に勢いがつく前に止めた。同時に両足を地面に縫い付けるように踏ん張る。


 金属が悲鳴を上げる音が周囲に響く。勢いを殺したはずの一撃が両腕に重くのしかかった。


 今の一撃はアルドベルの攻撃よりずっと速くて重い。数日ぶりに感じる手の痺れが彼との戦いを思い出させる。


「ストニアさんは相変わらず強いですね。手が痺れましたよ」


 私はストニアの剣を弾き蹴りで牽制した。

 ストニアはすぐに後ろに下がりそれをやり過ごす。それを見越した私は展開した魔法弾を上から降らせた。


 しかし、ストニアは頭の上に目でも付いているのか、落ちてくる魔法弾を目視することなく避けた。

 そのまま私から距離をとった彼女は小さく微笑んだ。


「隠居はしてるけど私は現役よ。まだまだリジーに負けるわけにはいかないわ」


 自信に溢れたその笑顔に私の足が強制的に止まる。魔法で固定された訳ではない。彼女から発せられた圧に怯み、一瞬動けなくなったのだ。


 その隙を見逃さず、急接近したストニアは私に突きを繰り出した。目では見えているが体が思うように動かない。


 このままではストニアの剣が私の胸を貫くだろう。


 でも負けたくない。

 そう思った瞬間、私の体は息を吹き返したように動き始めた。それと同時に世界は時が止まったようにゆっくりとした動きになる。


 死力を尽くす時、私の世界はゆっくりと流れる。極限に集中した状態だ。


 切っ先は既に私の胸の手前まで迫っていたが、私は身を引いて避ける。それに合わせるように身を捩って剣を突き出す。それは真っ直ぐストニアの胸へと向かったーー


「惜しかったわね。でも今の攻撃を初見で動いたのは流石よ」


 ストニアは私の首元に剣筋を当てながら言った。私の出した突きは全く届いていなかった。


 完全に避けた筈だったが、ストニアの剣は私の想像以上に前へと伸びたように見えた。

 恐らく最後の一歩の踏み込みだけ強くしたのだろう。歩幅が長くなれば突き出した剣も前に出る。


 魔力操作の威嚇で私の初動を遅らせる。そして最後は歩幅を変えて、回避行動を取った私の隙をつく。



「……完敗です」


 私は剣を戻して負けを認めた。強くなったつもりでいたがまだまだ甘かった。私が護りたい人はまだ遠い。


「リジーは強くなってるわ。後数年したら私は勝てなくなるわね」


 私が肩を落としていると、慰めの言葉が耳に届いた。


 顔を上げると慈愛の篭った目をしたストニアが見えた。先程までの威圧感はもうない。いつもの優しいストニアだった。

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