第一話 少女の終わり
気がついたら部屋が鮮血で染まっていた。
呆然と立ち尽くす中見下ろすと、真っ赤に染まった父が床に散らばっていた。
「何が、起こったの……?」
ほんの少し前に起きた光景が頭の中で断片的に思い出されていく。
父に胸を刺されている母。倒れ臥す母をただ涙を流しながら見つめる父。何かを呟きながら、ゆらゆらとこちらへ向かってくる父。ゆっくりと剣を振り上げる父。その父が、見えない力で胸や腹を裂かれ、血飛沫をあげながら崩れ落ちる瞬間。轟音をあげながら破壊されていく家の天井。
何度も、何度も繰り返し思い出すうち、冷静になって事態を整理できるようになってきた。
父が母を刺し殺した。その父が、自分をも殺そうと近づいてきたが、魔力の刃に切り裂かれて死んだ。父の死は、わたしの魔力暴走によるものだと理解できた。
魔力暴走は、人の感情が不安定になったときに体内の魔力が溢れ出し、周囲を破壊する現象のことだ。魔力が多ければ多いほど破壊する威力と範囲が拡大する。
この現象は特に幼い子に起きやすい傾向にあるが、大抵は魔力が少なすぎてかすり傷を作る程度と言われている。
ただ、わたしは母に似て魔力が高く、街の子たちだけでなく、周囲の大人よりもずっと高かったのだ。その分暴走した時は、自分の命の危険も高くなると母から聞いていた。
それに、いざという時のために魔力をうまく操作する方法も教わっていたはずだった。
しかし、今日は制御なんて全然できなかった。振り上げられた剣を前に、私の思考は止まっていた。殺される、と感じた直後、自分の魔力の暴走を止められなかった。
激しく駆け巡る魔力が自分の体から大量に溢れ出すのを感じた。
体外に出てコントロールを失った魔力は強烈なかまいたちのように自分を中心に広がりながら周囲を破壊していった。
当然、私の目前にいた父は暴走を直に受け、剣もろとも体が引き裂かれていった。暴走した魔力はそのまま天井を容易く破壊して空に登っていった。
ぽっかり穴の空いた天井を見上げると、赤みがかった夕日が差し込んでいた。その光は周囲に散った血痕を黒く染め上げている。
「わたしがお父さんを殺したんだ……」
頭では理解していたが、自分で呟いた言葉が自分の耳に入り、再度理解するのに時間がかかった。鉛のように重たい頭が、私の思考を奪っていくようだった。
「どうして、お父さん……」
お母さんを殺したの?それに、わたしまで……。
さっきまでいつも通りだった。
いつものように母の手伝いをした後、街の子達と遊び、昨日覚えたばかりの新しい魔法も披露した。日も暮れてきた頃、明日も遊ぶ約束をして家に帰った。家に帰ったら今日あったことを母に聞かせ、父にも新しい魔法を披露しようと思っていた。
さっきまで父だったものから壁の方へ目を向けた。
母は光のない目で壁にもたれかかっていた。私と同じ黒色の髪に赤い瞳。この国では栗色に水色の目が主流だったから、よく周りにからかわれてたっけ……。
重い足取りで母の元まで近づき、そっと手を添えて目を閉じてあげた。不思議と涙は流れてこなかった。ただ、時が止まったかのように静寂が辺りを支配している。
これからどうしようかと思案し始めた時、ふと、足元に落ちているものに気がついた。
それは掌よりは少し大きく、丸い円盤状の赤い宝石のようで、強い輝きを放っていた。
さっきの魔力暴走に直撃したのか、全体に大きくヒビが入っている。
こんな物、今まで見たことがない。商人だった父の商品だろうか。
拾い上げて見ると、円盤には見たこともない複雑な魔法陣が描かれいる。何かの魔法具だろうか?
よく見ようとしたところで、宝石のヒビが全体に広がって砕けた。
「っーー!」
突然の衝撃で砕けた魔法具や、周囲を気にする余裕はなくなった。
魔法具が砕けた直後、途轍もない魔力が体に入り込んできたからだ。
自分の魔力でない物は基本的に取り込むことはできない。私の体に入れなかった大量の魔力が行き場を失って暴走を始めた。
この量の魔力が暴走したらこの家だけでなく、周囲の家に広がるかもしれない。そう思った時には、既に魔力コントロールに集中していた。
母から教わった通り、外に漏れだそうとする魔力を外側から内側へ循環させ、少しずつ吸収していく。溢れた魔力は、体内魔力の循環に乗るように少しずつ誘導していく。
長い間そうしていたように感じるほどの重労働だった。そして、全ての魔力を抑え込んだ頃には、疲労で立っているのも辛いくらいだった。
「はぁっ、はぁっ……終わった……」
肩で息をしながら、上を見るとまだ赤い夕日が差し込んでいた。時間にしてはほんのわずかな間だったらしい。
「誰か、呼びに行かないと……」
ふらつきながらながら玄関まで向かった。疲れのせいで視界がぼやけ、顔を上げることもできなかったが、壁伝いに何とか前に進めた。
「おいっ! 大丈夫か!」
前方から声をかけられ顔を上げるも視界が歪んで誰なのかもわからなかった。
すでに足には力が入らず、今にも倒れそうだった。
「リジー、その血は……一体何があったんだ⁉︎」
男性の驚いたような声が聞こえるが、それに応える余裕は私には残されていなかった。
「た、たすけて……」
振り絞って声を出したところで意識が遠くなっていった。
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