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異世界でも引きこもりたいっ!!  作者: 猫崎七色
第1章 異世界転生編
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02話 亘理学



 亘理学(わたりまなぶ)。どこにでもいる普通のサラリーマン。34歳、独身。

 内向的で友達も少ない、いわゆる『理系男子』だ。


 まぁ、実際に理系で、大学は薬学部。卒業後は有難いことに大手の製薬メーカーに研究職として入社した。

 仕事は楽しかったが、上司は理不尽野郎。その上、同じチームの先輩に手柄を横取りされ、メンタルはボロボロ。5年務めたが退職した。


 その後、流行りの最先端農業のベンチャー企業に就職。

 しかし、入社後、ちょーブラック企業であることが判明。仕事自体は楽しかったが、体がもたず2年で退職した。


 2度目の転職で、今の職場である、ちょーホワイトなIT企業に就職した。しかもシステムエンジニアとして。


 もともと人とコミュニケーションを取るのが苦手だったのもあり、もくもくと仕事だけに集中できるシステムエンジニアは天職だと思った。

 プログラミングはやったことがなかったが、未経験でもOKだったのがまた良かった。





 月日が経つのははやく、IT企業で働き始めてから3年が経とうとしていた。ちょーホワイト企業で、17時の定時に仕事が終わる。その代わり給料はそれなりだったが、俺は十分に満足していた。


 そして、時間だけはたっぷりあったので、今流行りのフリーランスを目指して、起業の勉強を始めた。


 自分の好きなときに好きな仕事をするなんて最高だと思った。コミュニケーション能力が低い俺は、ずっと『引きこもりたい』という願望があった。


 毎日の通勤も嫌だった。ぶつかってくるおっさん。音漏れしてる大学生。ただの通勤でさえ苦痛だった。職場はみんなPCに向かってもくもくと働いていた。でも、できれば一人でゆっくりと仕事がしたかった。



 そんなわけで、最近起業の勉強を始めた。仕事の受注の仕方から税金まで色々な勉強を一通りした。

 あとは、やりながら覚えるだけ。


 丁度、明日は土曜日。明日は初めて受ける仕事をじっくり選んで、フリーランスとしての第一歩を踏み出そう!と決意した。

 ちなみに、今のIT企業での知識と経験を活かし、まずはHP作成などの仕事を受けるつもりだ。



 明日のことを考えると、モチベーションが上がり、仕事もスムーズに終わった。当分は、今の仕事も続けるつもりだった。フリーランスの方が軌道に乗ってきたら、徐々にシフトしていく予定だ。




 17時。

 続々と周りの社員が帰る準備をしだした。

 俺も切のいいところまで終わらせ、退社した。


 今日はいわゆる花金だが、俺には全く関係ない。

 会社の社員の中で、一緒に飲みに行くような関係の人は誰ひとりいなかった。会社での飲み会は、新入生歓迎会と忘年会ぐらいしか出席したことがなかった。


 とは言っても、全くお酒を飲まないということではない。飲み会は、大学時代の友達とすることが多かった。仲の良い4人で月に1回飲む程度だが。 


 そして、彼女もいない。正確には、いたことさえない。彼女いない歴=年齢だった。


 コミュニケーション能力の低い俺は、特に女性と話すのが苦手だ。何を話していいのかわからないし、俺の話なんてつまらないのでは?と考えてしまい、上手く話ができないのだ。まぁ、そもそも俺なんかと話してくれる女性がいないのだが。



 そういうわけで、花金など俺には関係なく、いつも通り家へと直行する。




 電車を降り、改札を出て信号待ちをしていると―――



「キャーーっ!!」



 どこからともなく悲鳴が聞こえた。

 なにが起きたのか、悲鳴はどこから聞こえてきたのか、それを確認する前に酷い衝撃が襲った。



 ドンッ!!



 なんだ…? 一体何が起こったんだ……?

 痛い…… すごく痛い……



 体のあちこちから痛みを感じた。痛みで頭がおかしくなりそうだ。手と足に力を入れて起き上がろうとするも、全く力が入らなかった。

 その間もずっと悲鳴が聞こえていた。

 頬に生温かさを感じ、寒気が襲った。



 俺は…… 死ぬのか……?

 俺の…俺の夢の引きこもり生活…………



 身を以て実感した。


 『死』とはあっけないものだ、と。


 辛かったことも、楽しかったことも、一瞬にして『終わり』を迎える。そして、楽しい人生でも、辛い人生でも『死』は平等に与えられているのだと。

 知っていたはずなのに、目の前に『死』を感じてようやく理解した。



 こんなことなら、あの製薬会社のクソ上司の髪の薄くなった頭の上からお茶でもぶっかけてやれば良かった…… 俺の手柄を横取りしていった先輩にも何かしてやれば良かった……


 それに、業務アシスタントの木崎さん…… 俺なんかには高嶺の花だけど、一度ぐらい話しかけてみれば良かった……………


 そして、俺の夢の引きこもり生活…… ようやく一歩踏み出そうとしたところなのに……



 後悔ばかりが押し寄せてきた。俺の人生、こんなに後悔ばかりだったのかと少し驚いた。ずっと気が付かないふりをしてきたが、どうやらかなり溜め込んでいたらしい。

 まぁ、でも、夢は叶えられなかったが、夢に向かって毎日充実していたし、悪くない人生だったと思う。



 なんてことはない普通の人生だったが、最悪な人生ではなかったと思う。




 こうして、俺の人生は幕を閉じた。








 飲酒運転。運転手は現行犯逮捕。

 かなりの量の酒を飲んでいたと思われる。信号無視や歩道に乗り上げるなどして、約100メートルを暴走。その後、ガードレールに衝突し、歩道に乗り上げ車は停止した。

 10人が死亡、15人が重傷、30人が軽い怪我をした。

 この事故は、テレビ局や新聞各社で取り上げられ、数週間にわたり報道された。








 ◆◆◆







 ん??

 




 あれ……??







 もしかして、

 俺、死んでない!?


 てっきり、何かとぶつかって死んだかと思っていたが……

 どうやら運良く死ななかったようだ。




 目を開けると見慣れない天井が見えた。いや……どこかで見たような気もする。良くわからないが、とりあえず病院ではなさそうだった。


 体を起こすと、体の所々が傷んだ。特に頭が痛かった。痛い部分を手で触るとたんこぶができていた。

 たんこぶなんて何年ぶりだよ、と、ちょっと笑ってしまった。

 死んでないということがわかり、ほっとしたのかもしれない。




 ん?

 んんっ!!??


 ふと、たんこぶを触っていた手を見て、その違和感に驚いた。

 そこには、見慣れない小さな手があった。  



 ―――や、違う―――



 見たことがある。

 見たことがないはずなのに、見たことがある不思議な感覚。


 ふと、自分のいる部屋を見た。

 こぢんまりとした小さな部屋。壁には棚やタンスが置いてあり、その上には色々な物が無造作に置かれていた。壁も棚も、部屋自体がかなり古く、年季がはいっていた。


 ガチャッ


 部屋を見ていると、ドアが開いた。小さな女の子が恐る恐るドアを開け、顔を覗かせていた。

 綺麗な水色の髪を両耳の後ろで束ねていた。ツインテールだ。可愛らしい大きな瞳をパチパチさせている。

 年齢は幼稚園児ぐらいだろうか?そんなことを考えていると、


 「ゆーにぃ?元気になった?」


 声をかけてきた。


 えっと……… 誰だ?

 あの子は俺のことを知っているのか? 一体どこで会ったんだ…?



 ――いや、知っている――



 俺は、その子のことを知っていた。


 「ソフィー……?」


 その子の名前を呼ぶと、嬉しそうに俺のいるベッドへ走ってきた。



 俺は自分の小さな手と、嬉しそうな顔をする女の子ソフィーを交互に見つめた。

 そして、理解した。




 俺は生まれ変わった――――転生したのだと。




 やはり、俺『亘理学』はあの時に死んだようだ。

 前世、『亘理学』の記憶とこの世界での『ユーリ・フォルセント』の記憶。どちらも思い出した。

 そして、目の前にいるのは自分の妹のソフィ―だと理解した。この部屋は5人兄弟の子供部屋なのを思い出した。


 色々考えていると、もう一人部屋に入ってきた。それが誰なのかはすぐにわかった。母親だ。

 母親が心配そうな顔をして部屋に入ってきた。


 そういえば、何かを見ていて、棚から落ちたんだった。

 どうやら俺は丸一日目を覚まさなかったようだ。母親があまりにも心配していたので、驚いたが納得した。



 街は何やら騒がしかった。SSランクという、ものすごく強い魔物が出たらしい。このナナント町に被害はなかったが、隣の町は壊滅寸前という噂を聞いた。


 せっかく転生し、前世の記憶を思い出したのに、早々死にたくはない。

 転生早々、【危険なことはせず、安全に生きる】ことを心に誓ったのだった。




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