朱と甲高い音と
今ままでみんなが私のことを見て見ぬふりをしていたのにも関わらず、今日だけは私に釘付けになっている。私の傍を通っていた人は振り向いて。私の傍を通る予定の人は視線を私の前に向けたままで。
産まれて初めてだった。他人がこれほどまでに自分宛てに関心を持ってくれるのは。自分へ視線を向けてくれるだけで、私にとっては充分だった。
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小・中学と所謂優等生Aとしてクラスの中に存在はしていたものの、”私”という認識ではなく、ただの”優等生A”として扱われていた。都合の良い時だけに頼ってきて、自分の用が済めばまた離れていく。そんな学校生活を送っていた。
イジメもなく、陰口を叩かれる事もなく、私は部屋の片隅でひっそりと息をひそめるかのように存在している雑草のようなものだった。
スクールカーストのトップに立っている人はさぞかし綺羅びやかに自分の目には写っていたものの、独りでトイレに行く時にはその人へ対する陰口が聞こえたりする。誰かの口に戸を立てる事は難しいし、妬むのは人間なのだから、仕方がないと思っている。だからスクールカーストのトップに立ちたいとは思わない。ただ勉強ができる、部屋の片隅に存在している”優等生A”として存在していれば満足していた。
都合の良い扱いをされていても気にしない。最低限の愛想を振りまく事は出来たから。それで私に対する態度が変わらなければそれで良いと思っている。
”優等生A”というレッテルのようなものがつけられたのはいつのことだったのだろう。
気がついたらそんな立ち位置で。まぁ自分から積極的に皆の輪に入ったりしようとせず、ただただ自分の世界を大事にしていたからだと思う。それに自分には勉強以外の取り柄はなかった。
別に勉強が好きだから勉強をしている訳ではない。勉強に没頭することで、何もかも忘れる事が出来る気がしたからだ。そこには問題集と、それに正確な解を見つけるために頭を働かせるだけで、煩わしいものからかけ離れられたように感じたから。
そんな私でも、唯一の息抜きがゲームだった。特にオンラインネットゲーム。
クラスでひっそりと目立たないようにしている私でも、ほっと息がつけるのがそこだった。それでも勉強の邪魔にならない程度に、自分の中でここからここまで、と決めて遊んでいた。
中学3年生にもなると、否が応でも受験という特大試練が待ち構えている。大人からしたらまだ小さい試練かもしれないけれど、学生の私にとってはとてつもなく強大な壁のように感じた。
順当にいくのならば、大学迄行かなければならないのだけれど、きっと他人からの評価はただ、”勉強がちょっとだけ優れている地味で暗い子”の認識でしかなかったと思う。それに自分自身プレッシャーに弱いのは分かりきっていた。
だから進むのであれば、大学附属の高校を選ぼうと思った。公立は自分の気に入るところがなかったので、親に無理をいって私立にしてもらった。そこに受かるために塾へ通い、その受験校の過去問を繰り返しこなした。その間にも通っている学校の勉強を疎かにしないように立ち振る舞った。
遊びなんてその頃にはもう何もなくて、ただただ勉強に駆り立てられているようで。息抜きをする暇もなく――いや、喫茶店で勉強をしているころがまだ心にゆとりができていたかもしれない。
狭い一室よりかは、多少騒がしくても程よく広い店内は私にとって心地が良かった。それに独りで行動するのに、何の苦もなかったし、見渡す限り同じように勉強している、おそらく同学年や自分よりはるかに年上の人も見受けられたから、大丈夫だろうと思っていた。
なんとか高校に無事に合格した後、学校の授業についていくのに必死だった。そして今まで通っていた中学のランクの低さを実感した。
所詮は井戸の中の蛙に過ぎなかったのだ。そりゃ市が開催する模試で最下位から数えたほうが早い学校だけはあった。
放課後は先生を捕まえて、授業でわからなかったことは聞いていた。それでも理解できない場合は、部屋に閉じこもって黙々と復習を繰り返した。予習をしなかったのは、土台が作られていないのにも関わらず、新しい知識を入れても無駄だと思ったから。
高校に入って、少し経ってから気づいた。
自分の学力では、この学校はレベルが高すぎる、と。自分なんかが居ていい場所だと思えなくなっていった。学校の先生に分からないことを聞くのも怖くなった。
もし失望されたらどうしよう。
もしため息をつかれたらどうしよう。
もしもう質問に答えてくれなくなったら――――。
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そんなことを考えていたら、気づいたらこんな場所にいた。
今日はやけに朱い色が目に入る。そして甲高い音も。
前も後ろも他人が居て、よくわからないことを叫んでいる。
私は頑張ったでしょう?って自分で褒めたい。これ以上頑張りたくない。
ゆっくりと身体を横にした。
たしかここに頭を置いて、横になるのが心地よいと文献でみたから。
眠いな…。
今まで私に関係のない人の声が騒がしいいな…。
私はここがいいんだ。
私が選んだ場所に、顔もしらない他人があれやこれや口を挟んでほしくないんだ。
ふと目の前に蝶が舞った。
蝶の生態はよく知らないけれど、それでもいつかは蝶のように自由に生きてみたい。
自分で自由にいきる術を捨てたのにな、と口から嘲笑めいた空気が漏れた。
あぁ、こうやって生きてみるのもありかな、と思ってしまった自分もいる。
相変わらず他人はうるさいけれど、それは私には関係のないことだから。
これこそ自分で選んだ道だから、初めて選んだ道だから、放って置いて。
20XX年X月XX日、XXXXX踏切にて、高校生と思われる死体が発見されました。
揉み合った痕跡が見つからない事、また事件を目撃していた人からの目撃情報から、自殺と判断されました。