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志望業種は――魔法少女で!  作者: 竹内緋色
第一唱 終わりの始まり 
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第五羽 妹、襲来。

第五羽 妹、襲来。


 その日は休みで、いつもの癖で寝ていたくなったのですが、キワムさんに食事を作られてはマズい、と思い(二重の意味で)頑張って早起きをしました。

 冬の朝はまだ真っ暗で、足元がかじかみます。急いでヒーターをつけながら、食事の用意を始めます。私はあまり大それたものを作れません。調理実習で味噌汁を作ったくらいです。あとはご飯の炊き方でしょうか。ご飯がないので、急いで研ぎます。研いでいた途中でお母さんが「このお米は研がなくていいやつなの」と言っていたのを思い出しました。でも、きっと大丈夫だろう、と学校で習ったようにご飯を炊きます。とはいえ、水を分量を守って入れて、炊飯器のボタンを押すだけなのですが。

 水で冷たくなった手に息を吹きかけながら、お味噌汁を作ろうとします。

 ふと、キワムさんがダシを作っているのを知っていたので、冷蔵庫から作り置きのだしを取り出します。少しだけ味見をして、すぐに流しに捨てました。ダシという割には風味がなく、ほとんど水だったのです。あの人はかなりの味覚音痴なのだと認めざるを得ません。

 市販のダシのもとでだしを取り、刻んだ豆腐、乾燥わかめを放り込みます。後は、ネギを刻んでおいておきます。その内に、味噌を溶かしました。これには注意が必要です。濃すぎると、キワムさんの作った味噌汁のような感じになるかもしれません(どうやってもあの味は出せそうにありませんが)。しっかりと味見してこれでいいだろうというところで火を止めて、お椀に味噌汁をついでいきます。その後、刻んだねぎを乗せて完成。

「料理は作れるんだな」

「わぁ!」

 いつの間にかキワムさんがいて、私は驚きます。味噌汁を溢しそうで危なかったです。

「ただ、一食でその量の味噌汁は飲めないと思うが」

 確かにそうです。小さなお鍋いっぱいに作ってしまったので、二人きりでは三食分になりそうです。少し、反省。

「昼にでも食えばいいだろう」

 そう言ってキワムさんは席につきます。

「目玉焼きなど作れれば良かったんですけど」

「そもそもに卵はあったか?」

 そう言われて、確かに卵が見当たらなかったことを思い出します。そう言えば、両親がこの家からいなくなって、きちんと買い出しに行った覚えがないのでした。

「目玉焼きなんて卵を焼くだけだがな」

「どの口が言うんですか」

 キワムさんが料理を作ると劇物になります。どういう化学反応なのかよく分からないです。

 キワムさんは何気なくテレビをつけました。テレビにはどこかの町の警察署長さんがわるいことをして捕まったと言っていました。あまり子どもに見せる内容ではありません。

「色々な動作が何気ない感じですね」

 この家に何年も住んでいるような手つきでキワムさんは過ごしていますが、キワムさんは家に来てからまだ三日目なのです。

「そうだな」

 キワムさんは興味がなさそうにお味噌汁を口運びます。

「美味しいですか?」

「さあな」

 そこは嘘でも美味しいと言って欲しかったです。嫉妬でもしているのでしょうか。少なくとも、キワムさんより美味しくできている自信はあります。

 あまり話すこともなく食事をしている時でした。

 ピンポーン。

 朝早くからチャイムが鳴りました。玄関のインターホンのものです。キワムさんはいつもと同じ時間に起きてきて、つまりは、キワムさんがご飯を作り始めるころなので、まだ午前七時を回ったころです。郵便ではないし、誰だろうと不審に思いながら、玄関へと向かおうと腰を上げた時です。

 ガチャッ。

 玄関が開く音がしました。

「どうして?」

 玄関の扉はきちんと鍵をかけていたはずです。となると、何らかの方法で鍵を開けたか、もしくは両親が――いえ、私の両親なら、インターホンを鳴らす必要もありませんし――

「おにいちゃん?いるんでしょう?」

 女の声とともに廊下を駆ける音が聞こえます。バタバタバタという音が鳴りやんだ瞬間、その人物は姿を現しました。大人っぽい子ども用のコートに赤いマフラーを巻いた長い黒髪が綺麗な女の子でした。年は私と同じくらいだと思います。ただ、この辺りでは見かけない顔でした。

「おにいちゃん!会いたかった!」

 私のことなんかに目もくれず、謎の少女はキワムさんに向かって飛びついていきました。キワムさんはさっと椅子を引いて、少女を避けます。

「どうして避けるの?」

「味噌汁を飲んでいると危ないだろう」

「ミワが火傷しないように気を付けてくれたんだね!」

 少女はゆっくりとキワムさんに縋り付いていきます。

「おにいちゃん、大好き」

「ところで、お前は誰だ?」

 一瞬、世界が凍り付きました。少女は物凄く可哀想な顔をしているし、私は、知らない人なのにどうしてそんなに警戒心なく受け入れているのか全く理解できないのです。

「何言ってるの?私だよ?ミワだよ?おにいちゃんの妹」

「ああ、なんだ。お前がミワか」

 兄妹だから初対面なはずはないのに、初対面のような感想です。キワムさんなりのジョークなのでしょうか。

「それで、ミワ。何をしに来たんだ?」

 すると、ミワちゃんは私の持っていた味噌汁のお椀をさっととってしまいます。私は何が何やら理解できません。

「ずずっ。なんなの?あなた。こんな不味い料理をおにいちゃんに食べさせているの?」

 物凄く感じが悪く言われました。何故か憎しみに似た感情を叩きつけられている気がします。

「ご飯も少し硬いし。おにいちゃんは土鍋で炊いたご飯しか食べないの」

「それは初耳だな」

 今時土鍋で炊くというのも珍しいので、きっとそういう炊飯器なのでしょう。確かに、うちの炊飯器は少し古いですが。

「私はおにいちゃんが女と一緒に寝ているって聞いて心配になって来たの。そしたら、案の定って感じ。おにいちゃんは優しいから、この女に泣いて一緒になってと頼まれたんでしょう?ほんと、なんて女」

「あの、私の話も――」

「聞くだけ時間の無駄よ。おにいちゃん。早く家へ帰りましょう?」

 物凄く人の話を聞かなくて、思い込みの激しい子のようです。

 ミワちゃんはキワムさんの手を引いて、どこかに連れて行こうとしますが、キワムさんは動きません。私としては、キワムさんがいなくなってくれた方がいいのですが。

「ミワ。俺は魔法少女になるんだ。だから、フキと一緒に過ごさなければならない」

「おにいちゃん。言ってることが分からないんだけど。どうしてこの女とおにいちゃんが魔法少女になるということが一緒になるの?ミワ、少しも分からない」

 早口でミワちゃんは言いました。

「それは、色々とあって……」

 私がそういうと、ミワちゃんは恐ろしい目つきで私を睨みます。

「あんたがおにいちゃんを誑かしたのね。おにいちゃんの夢を利用して!」

 だんだんとミワちゃんの怒りのボルテージが上がっていくのを感じます。けれども、話を聞かない人にどう対処すればいいのか私には皆目見当がつきません。

「マジカルコンパクト!ゲーム・スタート!」

「え?」

 ミワちゃんはさっとコンパクトを取り出して変身しました。体が紫色の光に包まれて、コンパクトからの紫のリボンがミワちゃんを包みます。光が弾けるのとともに、リボンは魔法少女の衣装となりました。紫色を基調とした、フリルのたくさんついた衣装です。

「すごく、恥ずかしい」

 私は思わず顔を覆ってしまいます。変身シーンがほとんどシルエットが裸であるということも恥ずかしいですが、こんな幼女向けアニメの変身シーンを自分が演じていると思うと、死にたくなってきてしまいます。とんでもなく恥ずかしいです。

「なんだか失礼ないことを言われている気がするけど」

「気のせいです」

 一瞬、ミワちゃんの目が見開かれます。そして、落ち着いた頃にミワちゃんは言いました。

「なるほど。あんたも魔法少女の適正があるということね。それみよがしにおにいちゃんを――」

「物凄く誤解です!」

 ミワちゃんは魔法少女のバトン、マジカルバトンを振り回してこう言います。

「おにいちゃんよ!一緒に帰ろ!」

「フキ!魔法で対抗しろ」

「え?」

 私は訳が分からず、変身します。ピンクの光が――などと言ってはいられません。割愛です。

 私はとにかくバトンでミワちゃんのバトンから放たれる魔法の紫の光を弾きます。私のバトンから出てきたピンクの光とぶつかって、七色の光となって弾けます。

「このこのこの!」

「ミワちゃん。話を聞いて!」

 ミワちゃんは紫の光を雨のように放ってきます。しっかりとはじき返すのがやっとです。

 でも、そのうちミワちゃんも疲れてきてしまったようでした。

「ぜぇ、はぁ。疲れた。でも、おにいちゃんのためなら……」

「ミワ。俺は食事中なんだ。おにいちゃんが食事をしている時に騒いではいけないだろう?」

「てへ。そうだった」

 ミワちゃんは可愛くそう言いますが、一瞬ぎろっと私を睨み、小さな唇を私の耳に近づけます。

「絶対におにいちゃんを取り戻すから」

 ブラコンというのは本当に恐ろしいものだと思いました。


 私とキワムさんとそしてミワちゃんは私の出したお茶を飲んでいました。とにかく落ち着いて話さなければなりません。

「この茶葉、どこのものかしら。まさか、おにいちゃんにそこらへんの安売りのお茶を出しているんじゃないでしょうね」

「きっとそうだと思いますけど……」

 小姑か、と心の中で叫びたくなる衝動を抑えます。

「えっと、私は蕗谷メブキ。フキって呼ばれてます」

「なんなの?自分アピール?合コンでも最初に話す女って、自意識高くて困るのよね」

「いえ、まずは自己紹介だと思ったんですけど……」

 合コンなんて出たことないくせに、という文句は胸に秘めておきます。むしろ、なんだか優しい気分になってきます。だんだんとミワちゃんが可愛らしく思えてきました。

「なによ、その顔」

「ミワ。お前も自己紹介だろ」

「はい!おにいちゃん!」

 ミワちゃんはさっと明るい笑顔になって自己紹介をします。

「鷺宮ミワと申します。同じ魔法少女としてよろしくお願いいたします」

 今度は茶道でもしているみたいにかしこまって私に言います。なんだかすごくちぐはぐな子だと思いましたが、顔を上げた瞬間、物凄く不満そうな顔をしているので、私に対する謎の敵愾心は拭われていないようです。

「私も色々な事情で魔法少女になっちゃったんだ」

 本当に色々な事情があったな、とこれまでのことを思い出していた時。

「なっちゃった、ですって?」

 物凄く、低くて、体の底から寒気のする声がしました。私は怯えながら、ミワちゃんを見ます。ミワちゃんはとても恐ろしい顔をしていました。それは怒っているという顔ではありません。何かを物凄く恨んでいる顔で、その恨んでいる対象は紛れもなく私であるようです。

「そんな中途半端な考えで、魔法少女だなんて言わないで!」

 飛び掛かろうとしたミワちゃんをキワムさんは簡単に止めます。腕をがっちりと固められたミワちゃんは獣のような唸り声を上げて私を睨みます。

「世の中にはね、何人もの魔法少女になりたい子がいるの。あなたはそんな子たちに対して、なりゆきで魔法少女をやってます、なんて言うの?そんなの、可哀想だわ。一番かわいそうなのは、おにいちゃんなの!」

 私はミワちゃんの怒りの琴線に触れたことが恐ろしくて、その場を少しも動けませんでした。どうすればいいのかわかりません。

「ミワ。落ち着きなさい」

 すると、ミワちゃんは落ち着いて椅子に座り直します。熱いお茶をずずっと啜ります。私はまだ動けないままでした。

「で、どうしておにいちゃんはこんな女と同棲してるわけ?おにいちゃんのことだからありえないけど、この女がおにいちゃんを襲うことは十分にあり得るし」

 とんでもない言いがかりというか、なんというか。ミワちゃんにとっての私は、どうも凶悪犯のようなものらしいです。

「俺が魔法少女になるためにはフキを一人前の魔法少女にしなければならないらしい」

「それって、矛盾してるよ。おにいちゃん。魔法少女は一人前ではなれない」

「そういうことになるが、少なくともフキには俺が必要みたいだ。俺が魔法少女になれるのか否かは、妖精の判断にかかっているが」

「おにいちゃん、妖精になんか頼ってるの?でも、そうか。おにいちゃんは妖精に頼らないと魔法少女になれないもんね」

 なんだかよく分からない話でした。兄妹にしか分からない話というのは少し羨ましいです。

「そういうことなら、仕方ないわね。ミワ、この家に住むから」

「ちょっと待ってよ」

 私は口を挟みました。この人たち、図々しすぎます。

「なによ。文句あるの?」

 むしろ、文句の他に出るものはないといった具合なのですが。

「本家には連絡を入れているのか」

「ええ。おにいちゃんを連れ戻すまで帰らないって言っているわ」

 ということは、初めからこの家に転がり込むつもりだったのでしょうか。

「おにいちゃんの貞操が守られるように私がこの女を見張らないと」

 そう言って、ミワちゃんはぎろっと睨みます。私は困ってしまいました。ここで断ると、ミワちゃんは変な風に解釈するでしょうし。もう、どうしていいやら。

「すまない、フキ。妹のわがままに付き合ってやってくれ」

「おにいちゃん。なんだかその女に馴れ馴れしくない?」

 キワムさんが珍しく頼み込むので、私は仕方なく、ミワちゃんが一緒に住むことを了承しました。


「大分日用品が少なくなっているので、お買い物にいかなければなりません」

 自分の家のようにはしゃいでいるミワちゃんと、とても落ち着いた様子でテレビを見ているキワムさんに私は言います。ちょうど日用品がなくなるサイクルと被ってしまったようです。

「洗濯洗剤ももうないな」

「そう言えば、洗濯はキワムさんがしてくださっていたんですね」

 ありがたい、と一瞬思いましたが、決してそうではありません。

「女の子の下着を触っているんですか!」

「それなら、自分でしろよ」

 確かにそうなのですが、少し背が足りないとか、そもそもに女の子の下着うんぬんかんぬんでなにをつまらないこと、といった風な態度とか、いや、逆にその、嬉しいぜみたいなことを言われても困るというか……

「あなた、おにいちゃんになんてことさせてるの?」

「勝手にお世話させていただいています」

「あなたの、その幸せをのうのうと受け取っているような態度が実に気に入らないのだけど」

 本当にこの二人がいると、話が脱線するというか、でも、脱線させたのは私であったような気もするのです。

「ともかく、お買い物に行きたいのですが」

 私はキワムさんを見る。実は、私は家のお金の場所なども知らなくて、食事代などはいつもキワムさんに頼っているのです。

「妖精からある程度貰っているから問題はない。ミワ。本家からいくらか貰えるのか?」

「おにいちゃん。あいつらが子どもにお金なんて持たせるわけないでしょう?」

「ミワちゃんって何歳なの?」

 私はふと気になって尋ねます。もしお姉さんならどう接しようか、と悩みます。

「11歳。小学六年生よ。あと一か月であんたと同い年なんだから、お姉さん面しないでくれる?」

「ごめんなさい」

 私はその様なつもりはなかったものの、そう受け取られるような態度をしてしまったのかと思いました。なので、謝ります。

「一々謝らなくていいわよ。同じ学年なんだから」

 ミワちゃんはキワムさんのようにつまらなさそうに言います。そこは兄妹で似ているのだなあと思いました。


「なんであんたがついてくるのよ」

「一応、食事担当だから」

 私たちは大型デパートに足を運びます。休日なので人の数は多く、いろいろと入り組んでいるので迷子になりそうです。私はこのデパートをある程度知っているので、先を歩いて案内します。キワムさんはいつものスーツ姿で、ミワちゃんはキワムさんに引っ付いて歩いています。はた目から見ると、親子のように見えます。

 十歳違いか。

 人は十年生まれた年が違うだけでこれほどまでに成長が違うのかと驚きます。

「ねえ、おにいちゃん。あの服、可愛い。買ってよ」

「無駄なことに使う金はないんだが」

「今日来たばかりで服が全然ないの。いいでしょう?あ、そうだ。おにいちゃんの服も選んであげる」

 早く買い物を済ませたいという私の思惑とは裏腹に、ミワちゃんは寄り道ばかりします。

 私も可愛い服が欲しいというのに。最近身長が伸びてきて、服の袖が合わなくなってきています。後もうちょっとで中学生だから、制服になるし、と思いつつも、中学生になるのだから、柄物の服とかはあれだな、とも思います。

 私はミワちゃんとキワムさんが店に入って行くのを見ました。子ども用のファッションのお店ですが、なかなかお姉さんというか、テレビで見る大人な小学生が来ているような服が満載です。ミワちゃんもいつも子どもっぽいような服装をしているわけではないようで、私は自分の恰好が恥ずかしくなりました。私と同い年くらいの子が私の脇を歩いていきます。四人か五人ほどのグループで、みんな中学生や高校生のような服装をしています。ファッション誌からそのまま出てきたような恰好です。

 しばらくテナントの外で待っていると、紙袋を抱えたキワムさんとミワちゃんが出て来ました。

「ねえ、おにいちゃん。お腹空いた。屋上のフードコートでご飯食べよ?」

「まだいろいろと買わないといけないものがあるんだけど……」

「ミワとおにいちゃんとの楽しみ以上に優先すべきことってなに?」

「……」

 私はミワちゃんに腹が立ち始めていました。確かに、服をミワちゃんだけ買ってもらってずるいなあと思うところもあるのですが、なにより、みんなが生活する上で大切なことを優先させずに自分のことばかり優先させるミワちゃんに私は腹を立てているのです。

 それでも、仕方がなくついていくことにしました。


 昨日降った雪はどこにもなくて、空はとても輝いていました。防寒具を着ていると少し汗ばむほどの陽気で、これが冬でいいのか、と疑問に思ったりもします。

 屋上には様々な店の売店があるフードコートと子どもたちが遊ぶ遊具エリアがあり、主に家族連れでにぎわっています。

「おにいちゃん、あれ、おいしそう。行こう?」

「でも」

 キワムさんは席に置いた荷物が心配なようです。

「大丈夫です。私が見ておきますから」

 私がそう言ったので、キワムさんは安心してミワちゃんと食事を買いに出かけました。

「ふぅ」

 私の口から小さなため息がこぼれました。どこか疲れているような感じで、また溜息を吐きます。

「私はどこにあるんだろう」

 そんな自分でも意味の分からないことをつぶやきます。なんだかそういうことを呟いていると雰囲気が出るような気がしたからです。

 特に考えもなく人々を見ていました。すると、遊具エリアとフードコートの間を一人で小さな子が行ったり来たりしています。もしかしたら、と私は思いました。もしかしたら、迷子なのかもしれません。でも、その男の子は困っている風でもなく、あたりをうろうろしているだけのように見えます。私には分からないだけで、近くには大人の人がいるのかもしれません。

「あんた、タコ焼きでいいでしょ?」

 香しい臭いをさせて、ミワちゃんとキワムさんが帰ってきました。ソースの甘酸っぱさ欠きたつ香りに、青のりののほほんとした匂い。その両者を際立たせつつ互いのバランスを調整する隠れ職人の鰹節が醸し出す雰囲気がたまりません。思わずお腹が鳴ってしまいます。

「アイツ……」

 私はタコ焼きから目を離してミワちゃんを見ました。ミワちゃんは先ほどの男の子を見ています。ミワちゃんの言葉には少し棘がありました。

 ミワちゃんは思い立ったように男の子に近づいて行きます。

「おい、ミワ」

 私はミワちゃんが何をするのか分からなくて、もし男の子に乱暴するようなら止めないといけないと思って、ミワちゃんの後を追います。

「あんた、何で我慢してるの」

 ミワちゃんは男の子に吐き捨てました。

「どうして迷子になっているのに平気な顔をしているのよ」

 男の子はじっと不思議そうにミワちゃんの顔を見つめた後、我慢の堰が崩れたように声を上げて泣き始めました。

「はぁ」

 ミワちゃんは溜息を吐いて肩をすくめます。私は男の子が急に泣き出して、どうすればいいのか分からなくて、おどおどしていました。

「マジカルコンパクト!ゲーム・スタート!」

「え?」

 ミワちゃんは魔法少女に変身していました。バトンを天高く掲げます。

「親のところに帰りなさい!」

 ミワちゃんの願いに呼応するようにバトンから鮮やかな紫の光が出ます。その光は男の子を包むと、男の子はふわりと宙に浮かんでしまいます。男の子は泣いたまま、宙に浮いてどこかへと去っていってしまいました。

「これで一件落着ね」

 ミワちゃんは私を見ます。

「いい?さっきのはあんたにも言えることなの。あんたもなんで我慢するの?我慢していいことあるの?欲しいものがあったら魔法を使ってでも手に入れなさい」

 欲しいものをねだるということ。それを私は心の中で悪い事だと思っていました。お父さんやお母さんは困った顔をするし、わがままを言うと、みんな困るはずです。それでも自分の願いを叶えることに意味があるのでしょうか。

「ミワちゃんの欲しいものってなに?」

 通り過ぎていったミワちゃんはくるりと振り向いて答えました。

「おにいちゃん。私は世界を敵に回してでもおにいちゃんを取り戻してみせる」

 そんな時でした。

 ぞっとするほどの寒気。これはこの前感じたものと同じもの。

 ワームと呼ばれる存在の気配――

「あそこだ」

 キワムさんが指さす先にワームがいました。少し離れたところに大きな虫が一体。屋上からその姿が一望できます。

 私は魔法少女に変身しました。

「箒を使って空を飛べ」

 でも、私にはできません。空を飛ぶなんてとても。それにこんなに高いところから飛ぶなんて。

「置いて行くわよ」

 ミワちゃんは箒を取り出し、跨ります。

「あんたが世界を敵に回してでも欲しいものはなに?」

 そんなの、分からない。私にはそんな度胸なんてない。でも、目の前で苦しんでいる人がいるのは嫌だから――

「待って!ミワちゃん!」

 私は飛び立とうとしていたミワちゃんを呼び止めます。

「なに?急がないといけないんだけど」

「私を乗せて」

 もしかしたら足手まといになるだけかもしれない。でも、見ているだけなのは嫌。

「世界を敵に回すとか、そんなことは分からない。でも、ひとつだけはっきりしていることがあるの。私はみんなを守りたい。それは誰かに強要されたことじゃない。私がやりたいこと。私の願い!」

 ミワちゃんが少し笑ったような気がしました。

「落ちるんじゃないわよ」

 ミワちゃんは箒で宙に浮くと私めがけて突っ込んできて、小さな腕で私を抱えながら空を飛びました。

「み、ミワちゃん。怖い」

「下を見るからいけないの」

 でも、ミワちゃんに小脇に抱えられている私はどうしても下が見えてしまいます。

「落とさないでね」

「うーん、どうしようかな」

「落とさないでね!絶対!」

 ミワちゃんの腕がプルプルと震えているのがすごく気になります!

 地面の景色を見るのはとても怖いけれど、目を奪われるほどに新鮮な景色でした。箒の速さは物凄く早いみたいで、きっと戦闘機やウルトラマンより早いです。(マッハ越えてるじゃん:作者の言葉)

 ミワちゃんはワームの周りをぐるぐる旋回していきます。ワームはミワちゃんが気になって、人々を襲うどころではなさそうです。

「どうするの?」

 私の不安そうな声にミワちゃんは意地悪な声で返します。

「こうしましょう」

 パッとミワちゃんは私を頑張って掴んでいた手を離します。

「そんなあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ!!」

「断末魔の叫びを上げてないで、ワームを倒しなさい」

 やはり、この兄あれば妹ありです。

 私はバトンを取り出します。そして、心からこうお願いしました。

「なんとかしてぇえぇえぇえぇえぇえぇ!」

 ピカリ。

 バトンが光ります。そして、私とワームは光に包まれました。


「本当になんて兄妹ですか」

 私は私を抱えているミワちゃんに文句を言います。

「ミワは自分の願いを叶えただけよ。なにか文句があるのかしら」

「文句しかありません」

 私は大きくため息をつく。

 もうすぐデパートの屋上にたどり着く。

「でも、きっとそれは悪い事ではないと思う」

 私はそう思いました。確かに誰かに迷惑をかけてまで自分の願いを叶えることはよいことだとは思えませんが、願いを、夢をかなえることは悪い事ではありません。

「あ、そ」

 私たちは屋上にたどり着きました。

「変身を解かないのか」

 ミワちゃんが変身を解いているのに、変身を解かない私を不思議がってキワムさんは言いました。

「もう少し待ってください」

 私はバトンを取り出し、魔法をかけます。

 バトンから飛び出した光は私たちの座っていた椅子の方へと向かって行き、タコ焼きの乗っているテーブルにふりかかります。私はしっかりと魔法がかかったことを確認すると変身を解きました。

「私も願いを叶えるために魔法を使います!」

 私はほくほくといい香りを立てているタコ焼きのもとに向かいました。


 お買い物を済ませて私たちは家に帰ってきました。私は屋上であった出来事から、少し心が軽くなった気がしていました。今など、鼻歌を歌いながら歩いています。

「フキ。おにいちゃんに荷物を持たせるんじゃないわよ」

「でも、私では重くて持てません」

 だから、キワムさんに持たせてあります。

 以前の私なら、無理をしてでも自分で荷物を持っていたに違いありません。そして、大きな失敗をしていたかも。でも、今はちょっとわがままを言ってみます。ミワちゃんもわがままを言っているのだから、私だって少しは許されるはずです。

「ミワちゃん。私のこと、フキって呼んでくれましたか?」

「べ、別にいいじゃないの。同い年なんだし」

 ミワちゃんは顔を赤くして言います。意外と可愛いですね。

「それと、フキはファッションセンスとかなさそうだったから、ミワが選んでおいたわ。ミワと体格があまり変わらないでしょ?」

「でも、ミワちゃんと同じだと胸がきつそうです」

「あんたも鉄板でしょうが!」

 そんな私たちのやり取りをキワムさんは静かに見ているだけでした。



挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


 魔法少女に就職したい


 就活をしていていろいろと悩むことがあった。どの職種も自分に合っているとは思えないのだ。でも、何らかの仕事をしなければならない。

 そんな時、私は伝説の戦士になりたいと思った。幼い少女たちが悪と戦う姿は美しい。そんな伝説の戦士になりたかった。しかし、私は男であるし、そもそもに年齢が20を過ぎた。でも、一度見た夢はあきらめきれない。

 きっと、小説というのはあきらめきれなかった夢の残滓ではないかと思うのである。だからこそ、人の数だけ小説はある。そんな小説たちを読めるこのサイトは神ですか。

 ああ。内定決まらない。

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