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はふはふする積み木

作者: 白瀬万里

 自分でも苛立っていることは分かっていた。手を離した瞬間は、「よし、いける」と思うのに、一秒保てれば良い方で、ぽろりと落ちる。どんな高さから落としても、全く音が立たないのがこの商品の売りの一つだが、今はそれも苛立ちの原因になっている。弟の祥平は、早くも高く積むことを諦め、塀の作成に取り掛かっている。

 こんなことなら、母が出かける前に頼んでおくんだった。落としたふにゃふにゃの積み木を握り潰しながら、ため息をつくと、思った以上に大袈裟な吐息の音が出た。弟が心配そうに見つめてくる。

 母が家を出たのは、午前七時。隣の市に住む叔母の家で行われる法事の手伝いに行ったのだ。だから今日は俺と弟、そして父と三人で留守番をしている。残念ながら、その父に問題がある。


 父は典型的なサラリーマンで、平日は俺と弟が布団に入ってから帰宅することが多い。そのため普段は会話どころか、顔を合わすことも少ない。休日は休日で自室にこもっていることが多い。母は、仕事をしているのよ、と言っているけど、動画でも見て遊んでいるのだ。家族でショッピングモールに出かけることもあるけど、そういうのは大体が母の提案で、今日のように母がいない時は、大抵男三人、黙って家で過ごす。別に休日に家に引きこもっていることに対して不満があるわけではない。

 

 父の技術に不満がある。俺と弟は、朝から城づくりに取り組んでいた。それも二人の部屋の半分を占める大作だ。今、俺たち小中学生の間ではホカブロックという、まあ、いわゆる積木が流行っている。この積木が普通の積木と違うのは、熱を使用するところだ。最新の材質が使われているホカブロックは、熱を加えることで自在に形を変えることができる。熱と言っても、お風呂のお湯くらいの温度で十分で、しかも一度温めるとカイロのようにブロック自体が熱を持ち続け、持っている手はもちろん、部屋全体が暖かくなる。本当は幼児から低学年を対象として考案された玩具だけど、ある高校生がホカブロックを使ってドーム型の小さな家を作り、インターネットに動画をアップしてから、爆発的に流行した。

 子供なら誰もが夢見る秘密基地を簡単に作れるのだ。しかもそれが温かいのだから、冬の遊びにぴったりだ。なかには電球を吊るしたり、カーテンをつけたりして、玩具とは思えない快適な空間を作り出す者まででてきた。漫画雑誌にも設計図が載ったりして、斬新な図案を試しては、できあがったものを見せ合ったりするのが、今の学校のトレンドとなっている。俺と弟は先週練りに練った洋風の城造りに挑戦していた。ドラクエに出てくるような、三角屋根の塔が何個も突き出た格好いいデザインだ。

ただ、残念ながら俺の家では子供だけで火を使うことが禁止されていて、温度設定を自在にできるポットの類もない。普段は母にお湯を用意してもらうのだが、母は出かけてしまった。仕方なく、父に湯を頼んだのである。


 一言でいうと、父は、大雑把な性格だ。ビールを飲み終わった後のコップに、平気で麦茶を注ぐし、お風呂でシャンプーを流すときは洗面器で湯をすくってザーッと流す。シャワーを使って耳の後ろまで洗いなさいという母とは対照的だ。だから父にとって水というのは、冷水か沸騰した熱水かの二択しかない。

 朝、母が作っておいてくれた朝食を三人で食べた後、父に湯を沸かすようにお願いした。父はホカブロックについてそこまで詳しくはないけど、ああ、と言い、すぐに作ってくれた。と言っても、やかんに水を入れて、火にかけるだけなのだが、子供の俺たちは、この火を扱う資格がない。

 案の定、父は水を沸騰させてしまった。俺と弟はあまり深く考えずにバケツに入ったブロックに湯をかけるように頼んだ。「暑いから気をつけろよ~」と湯が流し込まれたバケツを覗くと、いつもと違う白い湯気がもくもくと吹き上がった。その時なぜ気付かなかったのかと正午を過ぎた今になっても後悔している。


 ホカブロックの保温能力は、使い捨てカイロや水筒の保温力を遥かに超える。この素材が開発された当初は、暖房事情を大きく変える大発明だとずいぶん話題になったそうだ。熱水をかけられたホカブロックは、一度怒ると一日中機嫌が直らないことで有名な学年主任の先生並みにホットなままだった。初め俺たちは、いつもよりブロックが柔らかくなって、形を変え易くなったことを喜んでいた。父も喜ぶ俺たちを見て、得意気だった。でもブロックは何時になっても、柔らかいままで、一時間、二時間と経っても積木としての機能を完全に失ったままだった。

「くそう、柔らか過ぎて全然、積めない。」

貴重な土曜の制作時間が刻々と過ぎて行くことに焦りを感じていた。今日はメインとなる塔を完成させたかった。この塔を軸に城壁を作り上げる予定だったので、まずは高く積まないと、いつまで経っても作業が進まない。

「今日は諦めて、塀の方を作ろうよ。」

弟は寛容すぎる。そもそも、設計図は前から完成していたのに、土曜まで塔の建設に着手しなかったのは、理由がある。ブロックが冷めるまでの時間が違うと、色が若干変わってしまうので、できれば同じ日に一気に作ってしまいたかったのだ。ブロックの選定や施工の計画など、今日のために準備をしてきたことを考えると、いらいらしてきた。じんわりと温かいホカブロックを恨めしく思う。

「わぁ、見て。外、雪が降っているよ。寒そうだね。」

弟がカーテンをめくって、つぶやいた。見ると、ちらちらと雪が舞っていた。この地域は、毎年一度は車も走れなくなるくらいの雪が積もる。ちらちらと埃のように舞うレベルでははしゃぐ気持ちにはならない。寒いだけだ。


 外は今日も寒いのだろう。寒い?そうか、と思い窓際の弟の方を見た。

「おい。祥平、窓を開けてくれ。」

「え、なんで?寒いよ。」

「それが良いんだ。ブロックを冷やすのに丁度良い。」

俺は、散らばったホカブロックを窓際の方に寄せた。

ビュオッ。

一気に子供部屋に冷気が入り込んできた。切れのある冷気が部屋全体の温度を瞬く間に下げる。

「うぁあぁ、さっぶーい」

ワザとらしく肩をさする弟を横目に、窓際にブロックを並べた。思った通りだ。


 ホカブロックは冷気の当たったところから、少しずつ硬化し始めた。豆腐の表面が乾燥していくように、中はまだぶよぶよと柔らかいが、すぐにブロックという名にふさわしい硬さに戻るだろう。

「兄ちゃん、寒いよ。窓閉めようよ~。」

早くも、鼻を赤らみ始めた弟が、弱音を吐く。俺は、残りのホカブロックを洗面器に入れ、窓際に運んだ。

「ブロックが冷えるまで、我慢しろよ。」

いいか、窓を閉めるなよ。と言い残し、トイレに行こうと部屋を出かけた時に、父親が一階の居間から上がってくるのが見えた。

「お、どうだ。進んでるか?」

まずい、子供部屋を見に来る気だ。

俺は慌てて、部屋に戻り、弟にすばやく指示を出した。

「おい、父さんがくる。窓を閉めろ。」

弟がバタバタと走り、窓を閉める。


「うわ、どうしたこの部屋。ずいぶん寒いじゃないか。」

部屋に入ってきた父は、きゅんと冷え切った子供部屋に驚く。二の腕をさすりながら、ホカブロックが散乱した部屋にずかずかと入ってきた。何やら手にポットを持っている。

「丁度良かった。そろそろブロックが冷える頃だろうと思って。ほら、湯を持ってきてやったぞ」

え。


止める間もなかった。

白い湯気がもくもくと上がった。

「うわ、あったかーい」

呑気な弟が、ブロックを両の頬にあてて、だらしない笑みを向けてきた。

「それにしても、不思議なブロックだな。鍋の中の白菜みたいにとろとろになる」

父は熱湯が直接かかったブロックを、つまみ、はふはふと息を吹きかけている。

「ほれ。」

と渡されたブロックは、すっかり冷え切ったしまった手の冷たさを溶かしながら、だらりと形を崩した。

芯まで温まった不思議なブロックを見つめていると、目の裏がじんわりと熱くなった。



松尾堂というラジオ番組で紹介されたショートショート講座の案から書きました。小説を完成させたのは、初めてです。

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