大魔王の生まれ方
「クソッ……」
腹部を押さえ、呻く。
鈍く痛む腹部と、こみ上げてくる吐き気。いつものことだが、この痛みには慣れそうにない。俺は痛みで快感を得るマゾヒストじゃないんだ。
異端者ってのはどこでも弾かれるものだ。それが世界の外からの来訪者なら、尚更かもしれない。差別や排斥ってのは、どの世界にもあるもんだ。
俺がこんな目にあっている経緯は簡単だ。死んだと思ったら生きていた。子供の姿になって、この世界に放り込まれていた。それが理由だ。
輪廻転生なんて言葉があるが、多分それじゃないかと俺は考えている。何の理由か知らないが、俺は転生なんてものを経験したのだろうと。
クソ食らえだ。
転生した翌日には、魔法があるということを知った。だが、それで喜ぶことなんて俺には出来なかった。魔法を使えるかもしれないと無邪気に喜ぶことなど出来なかった。
何せ、魔法のせいで俺の存在がバレたんだ。
ただのストリート・チルドレンなら、俺がこんな目にあうこともなかっただろう。だが、俺はいつの間にかこの世界にやってきていた異端者だ。誰かの腹から生まれてきたわけじゃない。
いや、それでも結果は同じだっただろう。いずれ同じ目にあっただろうというのは変わらない。
詳しい理由や原理は分からないが、世界によって魂の質というのは違うらしい。Aという世界の魂が赤いとすると、Bという世界の魂は青いというように。そして、転生や世界間移動などによって世界を移動した場合は、その魂の質が変わることはないと。
本当だったらもっと難解で複雑なんだろうが、俺はそこまで説明されなかった。俺を見つけた魔法使いは、そんな簡単なことしか教えてくれなかった。
つまり、人の魂を見れば、そいつがその世界の人間かどうか分かるということだ。
他の世界ではどうだか知らないが、この世界では異世界人は破滅をもたらすと考えられている。この世界の宗教でもそう言われてるんだから、筋金入りだ。
破滅をもたらす異世界人。それを見つけたら、人はどうするだろうか。
恐れ、そして排除する。
いきなり来たばかりで、右も左も分からない俺だ。罪も犯していないから、殺されることはなかった。だが、異世界人はこの国の民ではないということで、助けられることもなかった。
奴隷ですらない。石、土、空気、そういったものと同じ、物扱いだ。
孤独だ。知らない世界で独りぼっちになった俺は、助けを得ることなど出来るわけがなかった。周りは全員敵なのだ。見つかったらどうなるか、想像するのは簡単だろう。
そんな日々を繰り返す内に、俺はいつの間にか人目につかないように生きるようになっていた。店のゴミを漁り、裏路地で身を潜め、人が少なくなるまで寝て過ごす。
そんな状態でも、たまに人に見つかれば、容赦なく蹴られたものだ。今の俺は小さな子供。反撃なんて出来るわけがない。
いや、蹴られるだけなら優しい方だ。中には死ぬ一歩手前まで拷問をしてくる奴もいた。性欲解消のための人形として好き放題使う奴もいた。もはや俺の体に無事なところはなく、全身いつもボロボロだ。正常に動く箇所も少ない。右目はもう見えていない。指は何本か腐り落ちたし、右足からは変な臭いがする。
死んでいないのが不思議なくらいだ。
ところで、何故俺がこんなにも多数の人間に見つかるのか。疑問に思ったこともあったが、すぐに答えはわかった。
どうやら、俺が異端者だと分かるのは、魔法使いだけではないようなのだ。匂いというか、気配というか、とにかくそういったものが俺はこの世界の人間と違うらしい。この世界の人々は、そういったものを敏感に感じ取るらしい。
味方なんて誰もいない。世界規模での四面楚歌。俺がこの世界と、俺を転生させた何者かに憎悪を持つようになるには、そう長い時間はかからなかった。
憎悪を持ったとしても、早い段階で誰かが保護してくれれば、俺はそこまでこの世界を憎むことはなかっただろう。精々この世界が大嫌いだと思う程度で、妥協して生きていこうとしたはずだ。
しかし、現実はそう甘くなく、俺に手を差し伸べる者は誰もいなかった。
子供も大人も、男も女も、全てが俺を排除してきた。早く死ねと言わんばかりに、俺を追い詰めてきた。
そうされる度に思う。ああ、憎い。全てが憎い。人間も、この世界も、全ての神も等しく憎い。
そうやって過ごして数年も経てば、俺の中にはもはや憎悪しかなかった。あらゆるものに呪詛をまき散らし、全てを敵と見做した存在がそこにいた。
人間が憎い。世界が憎い。神が憎い。あらゆる全てを憎み、恨み、呪っていた。
その感情は、俺が持っていた魔力にも影響を与えた。元来魔力や魔法というのは、感情に影響されるものらしい。強い怒りは魔法の威力を何倍にも増幅させるように。
俺の感情に俺の魔力は影響を受け、徐々にその性質を変え始めた。炎はあらゆるものを燃やし尽くし、水はどんなものも溶かし尽くした。風は全てを腐らせ、土は毒を生み出し侵食した。
この段階になって、俺はこの世界の教えが正しいことを認識した。なるほど、確かに異世界人は破壊をもたらす。確かにそれは合っている。正解だ。ただし、何故そうなるかという原因にまでは追求していないが。
俺だって原因は分からない。だが、何かしらの理由はあったのだろう。その何かによってこの世界に来た異世界人は排斥され、そして溜まり溜まった憎悪が魔力を変質させ、世界に破壊をもたらしたのだ。
それが経験として伝えられていたのだろう。いつしかそれは形を変えて宗教となり、異世界人は破壊をもたらすという、まるで異世界人が敵だと教えるような記述になってしまった。
時の流れに人は逆らえず、また言葉も時代によって変わっていく。そう考えれば仕方ないと言えなくもないが、だからといってこの憎悪を抑える理由にはならない。
復讐は何も生まないなんて聖人ぶったセリフを言う間抜けもいるだろう。どこかで負の連鎖を断ち切る必要があるなんて無駄な道徳をほざくアホもいるだろう。
じゃあ、俺の気持ちはどうすればいい? 今までの仕打ちを全て許して、恨みを笑顔で覆い隠して、ヘコヘコしながら生きていけというのか?
ふざけるな。どんな理由があるにせよ、俺が受けてきた屈辱は俺の心に刻み込まれているのだ。先にしたのは俺じゃない、あいつらなんだ。
そして、俺はもう我慢ならなかった。今まで受けてきた屈辱を、何倍にもして返さないと、気が済まなかった。
それで魔王と呼ばれても、俺はそれを受け入れよう。奴らと同じ人間であると考えるだけで、俺は自分で自分を殺してしまいそうだ。
そうだ、それでいいじゃないか。俺はもう魔王でいい。人間じゃなくていい。魂が違うのだから、俺はこの世界で人間と呼ばれないのだろう。
さあ、始めよう。異世界人の逆襲だ。異世界人が破壊をもたらすというのなら、思う存分破壊してやろうじゃないか。
とある街の路地裏で、少年の狂った笑い声が響く。それを福音として、全てを飲み込む暗黒の魔力が津波のように広がっていくのだった。




