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移し絵  作者: 鬼島真吾
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第二話:転生(その2)

一人残された家の中は、不気味なほど静かだった。


さっきの突き上げるような、不愉快な感覚も少し収まってきた。


着ていたパジャマを脱ぎ、畳の上に丸められていたジーパンと洋服ダンスの引き出しから適当に選んだ服を着て、部屋を出た。


台所の食卓の上には、虫除けのネットがかぶされた中に、伏せた茶碗と並んで、あじの開きと卵焼きがポツンと置かれていた。


電源の切られた炊飯器の中の、少し冷たくなったご飯をよそり、かき込むようにように食事をした。


おふくろの味と言うほど大袈裟じゃなかったが、懐かしい味がした。普通の食事が普通にとれる喜びに浸っていた。


居間に移動してテレビを付けると、ワイドショーらしきものをやっていた。白黒だった。


ボーっと画面を見つめながら、頭の中では疑問が次から次へと湧き上がってきていた。


―ーーーー何故だか分からないが、私は昔に戻ってしまったのか?

―ーーーーこの状況はいつまで続くのか? 

―ーーーー意識と記憶が45歳のままの私が本当に中学3年生として生きていけるのか?

―ーーーーしかし、なぜ、綾野のおばさんが隣にいないのか?


―ーーーーいったい、ここはどこなのか?

―ーーーーなぜ、私はここにいるのか?


―ーーーー自殺した私はどうなったのか?

―ーーーーもともとこの体にいた本来の『私』はどうしたのか?


しかし疑問が解決されるはずもなく、答えの見つからない自問自答を繰り返す内に、疲れ果てた私は、ソファーにもたれて眠りについていた。


目が覚めるとテレビでは、2月に迫ったという札幌オリンピックの特集が流れていた。ちょうどメダルの期待がかかる日本ジャンプ陣のエースとして笠谷選手が紹介されていた。


壁時計はすでに12時をまわっていた。


「笠谷が金メダルを獲って、日本が表彰台を独占したんだったな……」


ぼんやりそんなことを思い出している時、天啓のように驚くべき事実が閃いた。


「そうだ……おれはこれから世の中で起こることを知っているんだ! 再来年のオイルショックも、バブルも、どの企業が成長してどの企業が没落するのかも、それから競馬の優勝馬も(これはあやふやか)……。この知識を使えば大儲けができるじゃないか! 思い通りの人生が歩めるじゃないか!」


興奮に打ち震えていた。(まるで今度は『地獄から天国へ』だな)と思い始めていた。ついさっきまで胸の片隅を占め続けていた、重苦しい事件の記憶が急速に薄れていくのを感じていた。


テレビを消し自室に戻った私は、少しでも鮮明な内にと、これからの出来事についての記憶の整理を始めた。


しかし、その作業は意外に難航した。


事件や出来事とその発生時期を思いつくままに書き出していった。仕事柄、経済的な歴史については比較的容易に整理できた。


しかし競馬を始めとするギャンブルや、世相に関わることの記憶は、はっきりしなかった。


身近なテーマでいえば、目前に迫った高校受験の問題など(当然ながら)まったく思い出せなかった。


「これから先、30年間の歴代総理大臣の名前を知っていることが、何の役に立つんだろう」


思わずつぶやいていた。


少なくとも中学3年生の私にとって、何らかのメリットが得られそうな記憶は思い当らなかった。この貴重な記憶情報の価値が出てくるのは、ずっと先の話のように思えた。


ずいぶんと長い時間、その作業に没頭していたとみえて、ふと気付くと窓の外が少し暗くなっていた。窓を開けて空を見上げると、冬の短い太陽はすでに陰り始めていた。


しばらくすると、おふくろが戻り、受験勉強をしていると勘違いでもしたのか体調を心配し、

またしばらくすると、交通事故でおふくろより3年早くこの世を去った、懐かしい父親が、元気一杯に帰宅してきた。


そして、記憶の彼方に飛び去ったはずの、思わず涙がこぼれそうになるほど懐かしく楽しい夕食が始まった。


両親の前では、さしたる苦労もなく中学生に……彼らの子供に……戻ることができた。


時々かいま見せる大人びた反応に驚きながらも、まるでそうであることが当然のように、二人ともごく自然に私を受け入れていた。


こうして私にとって本当に幸せな一日が暮れていった。















































































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