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移し絵  作者: 鬼島真吾
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第十一話:夢想(その2)

大学を卒業するかしないかの内に、本格的な作詞・作曲活動に入った。


近くにあった音楽大学のピアノ科の人の良さそうな女の子を半ばナンパして、譜面づくりとデモテープの作成係にしてしまった。


レコード会社に就職していたOBに無理やり頼み込んで、ある有力新人歌手の担当プロデューサーに曲を売り込んだ。本来ならその子が2年後に発表するはずの曲だった。


初めは怪訝な顔つきで「一度だけ聴いてやる」としぶしぶ耳を傾けていたが、聴き終った瞬間採用が決まった。当然のように大ヒットした。


ちなみに、大学時代に貯めていた資金は先々の値上がりが分かっていた、某流通系の会社の株に投資しておいた。


それからというもの私は作詞・作曲に没頭した。曲を提供した新人歌手にはその後も新曲を提供し続けた。もともとファンだった事もあり、ちょっと記憶をたどれば湯水のように次の曲が浮かんできた。その内、詩の方の記憶があやしくなってきたので作曲に専念するようになった。


次第に業界で名前が売れてくると、別の会社からも曲の作成依頼が来始めた。来るもの拒まずで書きまくった。出す曲、出す曲ヒットし続けた。


卒業してわずか4年で、すっかり私はヒットメーカーとして名前が売れていた。個人事務所も構え、印税を中心とする収入も転生前をはるかにしのいでいた。


そんなある日、私と同じようにヒット曲を連発していた新進気鋭の作曲家から電話を受けた。

是非会いたいという申し出だった。当時、誰もが名前を知っている大御所と呼ばれる作曲家も同席するとの事だった。


それまで同業者との交流は、私の作曲手法に疑念を抱かれるのを恐れて極力避けてきた。しかしその電話の声には抗いがたい雰囲気があった。


会見場所に指定されたのは、都内某所の料亭だった。仲居の案内で母屋から独立した離れの部屋に通された私は、そこに大御所と呼ばれる人物を含め4人の人物がいるのを見た。


指示された席に着いた私を4人はただ黙って見つめていた。それは私を見つめる事にすべての意識を集中するかのような真剣さだった。固く閉じられた襖越しに庭の方から聞こえるかすかな水音が無言の空間を支配していた。


その内、4人の顔に久しく見る事のなかったもう一つの顔が二重写しのように浮かんできた。


「……あなたたちも!」

私は思わず声を上げた。


「そうなんだ。われわれ4人も君と同様『あっち』から来たんだ。分かってくれたかね」

大御所が、集中しすぎた故か額に少し汗を浮かべながらそう言った。


「今日は君と共存共栄の方法について話し合おうと思ってお越しいただいたんだ」


「えっ……」


「いや……最近の君の活躍には目覚ましいものがあるね。ただね……ちょっと曲の発表順がめちゃめちゃなのがマズいんだ。これを見てくれるか……」


そう言って、大御所はジャケットの内ポケットから、折りたたまれた数枚のコピーを取り出した。それは主な歌手別・年代別の発表曲の一覧だった。飛び飛びに曲目のいくつかが二重線で消されていたが、それは私が世に出した曲だった。


「われわれ4人はお互いの記憶を寄せ集めて、この年表を作った。そしてそれぞれ担当歌手を決め、極力これに沿って曲を出していこうと決めているんだ。末永くこの仕事を続けるためにね……そして、その中に君にも是非加わって欲しいと思っているんだ」


それは……いわば談合の誘いだった。と同時に私は『あっち』の世界で有名な歌謡曲の作曲家が『こっち』の世界ではほとんど名前を聞かない理由が分かった。この業界は転生者によって牛耳られていたのだ。私と同じように考える人間が他にもいたという事だった。


「君は断れないはずだよ」

大御所の話は続いた。


「君が断るなら、われわれは君が次に出しそうな曲を先回りして出す事もできるし、最悪の場合、君に盗作疑惑をかける事だってできるんだよ……そうなったらお互い不幸じゃないか。だから共存共栄が一番とは思わないかね」


彼らの勧誘は執拗に続いた。脅したり、すかしたり4人が代わる代わる説得に加わった。


そして……結局私は彼らの申し出を受けた。彼らの熱意に負けたというよりは、元々あと数年でこの仕事は少しスローダウンして、もうすぐやってくるバブルを謳歌するつもりだったからだ。それに一気に増えた転生者仲間から得られる新しい情報への期待も強かった。


私の同意によって彼らの心配事は解消された。それから場は一挙に和やかな雰囲気になった。


宴が始められる前に、改めて自己紹介がなされた。私に残された時間はあと17年ほどだったが、4人のそれはずっと短かった。大御所に至っては来年がその時だった。彼らは同業者の先輩の身の上に起こった変化を目の当たりにした経験からその時何が起こるかを知っていた。


「みんな引退していったよ……あっちの記憶が失われてからは書けないんだからな……」

大御所が、来年のわが身を思ったのか寂しそうにつぶやいた。


彼らの情報の大半はかつて佐倉から聞いた話を超えるものではなかったが、ただ一つ、転生前の記憶を失ってからも、こちらに来てからの記憶はそのままで、同業者であり友人でもある彼らとの関係も、転生前に関わる事を除けば、それまで通り自然に続いているという事が分かった。


「それって……転生前の記憶こそ失われるけど『今の自分』っていうか、『今の意識』は残るって事なんですかね?」


「さあ……それを確認する方法はないしね……何とも言えないな」


確信を持つまでには至らなかったが、少なくともまったく別人格に入れ替わるわけではなさそうだという事に少しほっとした。


談合の結論として、私が担当すべき5人の歌手が決められ、さらに今後は定期的に親睦の場を持とうという事や、その取りまとめを私に電話をかけてきた若い(若く見える)作曲家が担当する事などが確認された。


その後、残された時間を惜しむかのように華やかな宴の一夜が繰り広げられた。


1980年代も半ばを過ぎ、政府の金融緩和政策が「金あまり」と呼ばれる状態をもたらし始めた頃、私はそれまで稼いできた金で都心部の土地と株の購入を始めていた。バブルの足音がすぐそこまで近づいてきていた。


人生の計画通り、そろそろ結婚も考えていた。まだ30前ではあったが、いっぱしの作曲家としての地位を確かなものにしていた私は結婚相手など選り取り見取りだと高をくくっていた。


そして転生前と同様にこちらの世界でもバブルの狂乱が本格的に始まった。


土地も株も適当に回転させるだけで倍々ゲームのように資産が膨れ上がっていった。


最先端のブランドファッションで身をまとい、夜な夜な銀座や六本木を大勢の取り巻きを引き連れて遊び歩く生活だった。一夜限りのつまみ食いの相手にも事欠かなかった。いつしか結婚する気も失せていた。


転生仲間の作曲家連中も大御所ともう一人が引退していった。私の後、この業界への新たな転生者もなく担当歌手も増える中で仕事はむしろ多忙になっていった。


89年(昭和64年)が始まってすぐ昭和天皇が崩御され、平成の世がスタートした。相変わらず、ただれたようなバブルの宴が終焉がないかのように続いていた。


その中で、私は記憶に鮮明に残る翌年からの株価大暴落・地価下落に備え、今年中にそのすべてを換金する手続きに入った。現金化が終わった時、私の手元には10億近い金が残った。


そして程なく大転換期が始まった。無数の悲鳴と悲劇と共に。


























































































































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