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澄江

 朝は八時に朝食だ。それまでに起きてさえいればいい。どんな格好だろうが顔を洗っていようがいまいが気にする人はいない。

 朝は乳成分の甘いジュースに八枚切りの食パンが二枚、ジャムが一つ、それとサラダだ。

 自分で用意せずとも病院で食事を出してくれるのがありがたい。

 歯磨きをし、少し休み、検温、ラジオ体操をして、十時に外へ出られる。澄江は病院の敷地内を少し散歩してから作業療法所へと向かった。

 マンダラの塗り絵などしていると十二時、お昼になる。麺ばかりがてんこもりのラーメンを食べていると看護師に肩を叩かれる。

「診察ですよ。食べ終わったらで良いので来て下さい。」

「はい。」

 診察は週一度。それ以外はどんなに辛かろうと苦しかろうと医師に見てもらうことは出来ない。これは合わないと言う薬を処方されても、その処方を直してもらえるのは一週間後。入院している意味なんぞ無いようなものだ。家族は二十四時間体制で医師と看護師に面倒見てもらっているんだろうと勘違いしているが。

「小林澄江さん!」

 元気よく医師が名前を呼んだ。

「はい。」

「あなたもう大分調子は良いでしょう。どうです、退院したくなっては……ん?」

 澄江は下を向いて笑った。

「退院したくは無いです。引き続きご厄介をおかけします。」

 頭を下げる澄江。

「うんー。」

 頭をかいて困る医師。苦笑い。

「いいんだけど、いや、良くないよ。ね。入院環境が、今のあなたにとって良い作用を与えるかというと、逆ね。つまりあなたには入院よりも外の社会に戻る方が向いているっちゃ向いている。このままだと、衰える部分は出てくると思う。」

 看護師が言った。

「小林さん、慢性になるって娘さんに言ってた。」

 医師がぎょっとなる。

「慢性に。どうして。」

「さあ。家庭の問題ですから。」

 医師は頭を抱えた。




 涼しくなって来たからと抄子が澄江の服をもって来てくれた。

 澄江は風呂の時間であった。入院中は昼間の入浴となる。

 抄子は澄江のベッドに座って澄江を待った。

「あっ、娘さん。」

 看護師がナースステーションから医師を連れてきた。

「こんにちは。」

「こんにちは。母がお世話になってます。」

 父に会えないかと言うことだった。

「伝えておきます。」

 とだけ抄子は言った。

 抄子はなんとなく母に会いたくなくて、服のはいった紙袋だけベッドに置くと帰って行った。

 抄子が来てくれたらしいことにも心が動かなかった。服がありがたい。整理してベッドの下の衣装ケースに仕舞う。

 あの子も、抄子、高校を卒業したのだから家から離れて好きに生きて良いのに。また、夫の弟たちのところにいるんだろうか。

 夫も、そんなにわたしのことが気に入らないのなら離婚しても良いのに。反対を押し切っての結婚だったから、親に対して意地になっているのだろう。わたしの両親なんて、わたしのことを切り捨てている。わたしなんていなかったことにされている。弟家族とはやれ旅行だショッピングだと一緒に楽しくしているのに、わたしたちのことは無視している。誘っても都合が悪いと断る。真に受けて何度か誘ったら、澄江は察しが悪いと弟にこぼして。弟も愉快そうに「姉さんの家族とは付き合いたくないってことだよ。ははっ」と、言ってきた。

 精神病になるとは、そう言うことかと情けなく思った。結婚するまでは両親は優しく、看病してくれたのに。あの両親は抄子の顔も知らない。

 そう言えばひろしさんの両親はどうしているだろうか。両親とも精神病だと聞いた。だから、わたしのことも反対したのだと。

 ひろしさん。

 仕事しか出来ない人。仕事だけが自分の義務だと思っていて、それしか果たそうとしない人。そんな人は日本中に溢れている。珍しくも何ともない。病気じゃない普通の奥さんは、我慢して、家庭を守る。

「もう疲れちゃった。」

 精神的に。

 外に出て空気を吸う。

「小林さん。あんた、どこも悪くないんでしょ。こんなとこ、いつまでもいちゃだめだよ。」

 ヘルパーが言った。頭を下げておく。

 名前を覚えようと言うつもりがない。医師は医師、看護師は看護師、ヘルパーはヘルパー。作業療法士は……呼ばない。

「どこか綺麗な景色でも見た方がよっぽどいいよね。なにが好き好んで入院なんか。」

 うるさいわね、口の中でつぶやいてヘルパーから離れる。

 精神病でも統合失調症は心因性であるとし、病気の原因は心の問題であるとされている。

 この見解も間違っているわよ。わたしの体感では統合失調症は器質性。悪いのは脳と脳内分泌だわよ。自分の意志でどうにもならないのがこの病気だったわ。なにが心の問題よ。理由なく不安になるのが、心でどうにかなるですって。

 精神科は病院関係者ですら理解があるとは言い切れないのが難点だ。

 精神科の患者は、自分でどうにもならない身体の症状のことで、責められてきたんだわ。脳がオカシいのに、自分の意志でどうにか、ちゃんとしなさいと見捨てられているのよ。不安でしょうが無いのに、薬だけ渡してあとは寝てなさいと放置なのよ。なにが看護よ。見守りよ。辛いときに手の一つも握っていてくれない。心因性だから、心の問題だから、しっかりしていない患者のせいだって言うの。

「はあっ」

 澄江も若い頃は、精神科の改善のために何か活動がしたかったのだ。慢性に心を痛めていた。

 だけど何もできなかった。

 病気を舐めていた。思うよりも状態は改善しなくて。入院ばかり。

 精神科は他の科に比べて医師も看護師も人数規定が少ないのよね。それがいけないんだわ。

 落ち込むのはもう、落ち込んだわ。

 やりたいことをやろうかしら。したい活動を、しようかしら。今日診察をしちゃったから、来週、先生に退院の意志を示してみよう。それで先生が決めるわ。退院できるかどうか。もどかしいけれど、そう言うルールなのよね。



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