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精神祖父母

 ひろしは思った。一度くらい、両親を孫と過ごさせたいと。

 休日、ひろしは澄江の見舞いに行った。澄江は穏やかだった。それがまるで全てを諦めた人のようでひろしは複雑な気分であった。

「ありがとう、ひろしさん。わたしは今、とっても楽な気持ちなの。ずっと病院にいたいわ。」

「抄子は、抄子はどうするんだ。」

 目を背けて、澄江はにこにことしている。

 そして両親のいる施設にも行った。障害者施設と老人施設が隣接している。

「尋司。」

「ひろしさんかい。」

「父さん、母さん。病気は、調子良いのかい。」

 ホールで父母を呼びだしてもらい、面会室で会った。お互い中腰で手と手をくっつけあった。

 父は笑い顔で言った。

「こんだけ年食っちゃー、悪くなりようもないのさ。だけど普通の老人ホームには入れないからさ。病院しか無い訳よ。」

 母が遠慮がちに言う。

「電話でさ、月緒の話だとお前の娘が今ウチにいるんだって。わたしらが帰るときもいてくれてるて。本当に?」

「母さん抄子だよ。小さい頃に一回、澄江も連れて帰ったじゃないか。」

 父が言う。ひろしはなんとなく面会室はたばこ臭いと感じた。

「澄江さんはどうなんだ。調子は。」

「いま、入院してます。」

 これきり三人とも黙った。母はひろしの手を取っておがんで、すっかり弱気である。

 父と母は、夫婦だが病室は男女別なのでバラバラである。

「お前みたいな子が苦労して。嫁に苦労して」

「やめてくれよ父さん。」

 母がわざとらしいため息を吐いた。

「だからあの嫁は反対したんだよ。」

 ひろしは帰りながら、抄子のことを考えた。父母を抄子に会わせたい。だけど長時間はだめだ。何を両親が言い出すか分からない。いまだに澄江のことをああ言うのでは。

 月緒たちはこんな老人の相手をしてきたのかと思うと本当に申し訳がなかった。

 夜、月緒にその旨を伝える。

 さよいとかおる、抄子も交えて話を伝える。

「おじいちゃんとおばあちゃん。どんな人だろう。」

 抄子は楽しみなようだ。

「本とはもっと抄子ちゃんにはゆっくりいて欲しかったけど。また、遊びにおいで。」

 月緒が言うので、ひろしは言う。

「月緒こそ、いいひといないのか。いつまでも家族の面倒を引き受けてくれても。これからは俺も役に立つからさ。」

「ばか、兄さん。」

 さよいは言った。

「俺も月緒兄さんも恋人はいるよ。」

 月緒がさよいの頭をぽんぽんした。

「なんで、どうして俺に彼女がいるって知っているんだ!」

 見たからである。デートしているのを。

「あーあ俺だけだよ。売れ残りは。」

 かおるは言いながらみんなの湯飲みに急須でお茶を足した。

「ありがとう、かおるさん。」

 抄子にうなずくかおる。

「抄子。お前、何かやりたいこととか無いのか。大学とか、就職、バイトとか。」

「そうだなー。特に無いかな。今は通院しているから、無理は避けたいし。小説は趣味だし。」

 かおるは澄江が気がかりだった。ひろしが澄江の話は避けている。だとすると本当に心配なのは抄子である。

 抄子がダメにされるんじゃないか。そんな気がする。

 翌日、抄子はひろしと一緒に自宅に帰った。月緒は両親を迎えに車を出している。あした、抄子はお昼を食べに小林の家に来ることになっている。

 抄子に会うと老夫婦はとても喜んだ。側からかおるも抄子も離さない。かおるは昼餉を作りに立った。

 しばらくすると、抄子の声が聞こえた。

「お母さんのこと、悪く言わないでっ」

「ごめん。ごめんよ抄子。ごめん。」

 なんてやりとりしているのが聞こえてくる。

 かおるは思う。そりゃ確かに澄江さんは悪くない。だけど、世間で言う嫁とは、母親とはと当てはめられると、病気であることが悪いとされてしまう。世間とはそういうものだ。抄子も少し学んだ方が良い。

 でも、とかおるは思う。

 精神障害者であるが故の屈託など、抄子には無縁であって欲しい。心の傷、歪み、腐った部分を、知らないままでいて欲しい。知っても負けないで欲しい。




 両親と過ごすうち、かおるは苦しんだ。

 かおるも、家庭を持ちたいなどと考えないではなかった。だけれど、だとしたら自分の子供に老後の自分を面倒見させるのか。病気であること、生涯の障害であることを分かった上でか。

 なんと都合のいい。

 結婚後に病気になってしまったのなら、まだ分からなくもない。

 抄子を見てかおるは傷つくのである。病気である澄江はひろしと結婚し、薬の調整をして抄子を産むのに挑んだ。

 病気に苦しむ澄江の姿に、抄子は怯えながら育った。父の態度に傷つきながら成長した。

 俺は産まない。男だから。と、かおるは思う。だけれど、今の社会で、福祉で、世間で、出来るだろうか。俺にはできない。たったひとり、孤独死を受け入れるしかなかった。

 何年か置きに悩む。いつも答えは一緒。

 精神病の両親を持ち、子供の中で精神病になったのは俺だけ。

 病んでるとか、簡単に言って欲しくない。世間が憎い。兄弟も憎い。なんで俺だけが。

 考えても仕方がなかった。世の中、起こることしか起きない。俺は、病気になる人生だった。それだけだ。

 両親が精神病院に戻る頃、抄子は通院を勝手に止めてしまったらしかった。

 かおるはひろしの家に訪れた。抄子が現れた。抄子は明らかに調子が悪そうだった。そのまま、病院へ連れて行った。

 電車の中で、抄子と話した。

「お母さんは、慢性になるんだって。そのほうが、うちにいるより幸せだって。気が楽なんだって。」

「そうか。澄江さん、疲れてるんだな。抄子。お前、マザコンだろ。お母さんより大事だと思えるもの、なんかあるか。」

 抄子は向かいの座席の窓を見ていた。

「小説。」

「小説に夢中になれよ。人の目なんて気にしないで、バカみたいに。そしたらお母さんなんていなくても大丈夫だから。」

 精神病の親を持つって、大変だよ。俺も抄子も。

 抄子は声を立てずにハンカチで目を拭っていた。目から涙が出ているらしかった。



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