白い花
抄子はかおるに付いてきて駅前に来た。お昼だからと、チェーンのそば屋にかおるは入った。しかたなくついて行く抄子。
「入ったことあるか。ここ、かき揚げがデカいから気をつけな。それとソバと丼のセットは、どちらも普通に一人前ずつ来る。」
「分かった。」
抄子は冷やしかき揚げそばを頼んだ。かおるはカツ丼を頼んでいた。
「抄子」
テーブル席でかおるは言う。
「この辺で遊べるところなんてねえよ。スーパーしかねえもん。」
「いいの。ウチの方もそんな感じだから。」
「それとさ。これはその内、みんなから抄子に言うと思うけど。俺たちの両親が病院から一時帰宅するから。それまでには抄子に家に帰ってほしいってことになると思うけど。」
抄子は下を向いた。いいもん。今日は、かおるに遊んでもらうもん。
「かおるさん。しまむら行きたい。」
「歩くよ。」
「いい。」
抄子はそばを平らげた。かおるもカツ丼を食べた後に薬を飲んで、数分ぼうっとしていた。
飲み薬が効いてくるのは大体30分後。
しまむらに行くまでの道、かおるは植物のことを良く知っていることを抄子は知った。
「田舎に住んでりゃあな。」
「わたしのとこも田舎だって。でもわたし何にも知らない。」
「両親が元気な頃、一緒にあるいてくれてな。教わったんだよ。」
ピンク色の花が密集して揺れている。濃いピンク。星形のような形。
「アカバナだよ。これの白いのがウチの庭にあるだろ。」
「露草の他にも、白いの集めてるんだ。」
「集めてねーよ。」
しまむらで抄子はスカートを見た。ワンピースに替えてじっくり見ていく。気に入らなくてトップスを乱暴に掴んで見る。
かおるは椅子に座って目を閉じていた。
「帰ろう。」
抄子はかおるの側に行った。
「なんか良いのあった?」
「ん、ない。」
一緒に見てほしかった。だけどかおるはすぐに椅子に座っちゃったから。
セブン系列のスーパーに入る。婦人服売場で抄子は戸惑う。若向けのブランドを見つけるがなんだかしっくり行かない。
かおるはまた椅子に座っていた。近くに行くと、かおるは水液の頓服薬を飲んでいた。
「うそっ、ごめん!」
うろたえる抄子にかおるは言う。
「いいんだよたまには。いつもは自分を守るから。たまにはね。」
辛いとき、澄江も頓服薬を飲んだ。そしてベッドで横になりずっと寝ていた。
「かおるさん、横にならなくて平気なの。」
「大丈夫だ、抄子。落ち着いて。」
うろたえてふらふらしている抄子を、かおるは隣に座らせる。
「俺は、ちょっとくらいで調子が乱れることはない。無理も利く。な。」
抄子に言ってやる。
「大丈夫だ。」
「だってかおるさん。お母さんは違うんだよ。すぐ寝るの。頭が痛くて意識がはっきりしなくなって何日も薬を増やして、寝たきりみたいになるの。どうしてお母さんは病気がこんなに酷いんだろう。」
「個人差だろう。」
かおるは言わないと判断した気付きがあった。澄江は抄子を産んでいる。妊娠中、薬の中断があっただろう。それで調子が戻らないのかも知れない。
今の抄子には言えない。言えば抄子は自分を責める。
ファーストフード店で甘いものを食べる。
思い出したように抄子は婦人服売場でカットソーを一枚買った。その間かおるにはファストフード店で待っててもらう。
花屋でかおるはカスミ草を買った。
白い花が好きなんだなあ。抄子はかおるを見て思う。
「ねえかおるさん。鉢植えでさ、葉っぱがふっさふさで白い小さい花がちらちらしているの。かおるさんが面倒見てるやつ。」
「ブライダルベルか。」
「ブライダル、ベルって言うんだ。結婚式みたい。」
「まあ、イメージなんだろうな。」
カスミ草がかおるの歩調に合わせて揺れる。大きな株の一本買いなんて抄子は初めて見た。
白い花。見る度にかおるさんのことを思い出すんだろうな。抄子はちょっと切ない。そっか。そろそろ帰らなくちゃならないんだね。
さよいが帰ってきて、月緒が帰ってくる。
玄関の壷に活けられたカスミ草の他に花が増えている。百合だ。居間のカスミ草にもアルストロメリアが。廊下にもカスミ草の他にカクテルバラが。
抄子は楽しくなってきた。なんだ、これは。
台所のカスミ草にスイートピーを足している月緒を抄子は見つけた。
「あっ」
「抄子ちゃん。」
月緒は抄子の様子に、愛おしいものを見るように笑顔になった。
「かおるがカスミ草を買ったら合図なんだよ。俺とさよいとで花を足すんだ。」
抄子は自室に行ってみると、さよいがカスミ草にブルースターを足しているところだった。
「抄子ちゃん、ただいま。」
「おかえりなさい。これ可愛い。」
「よし。」
さよいが出て行った後も抄子は花を見ていた。ベッドの脇の消灯台に置かれた焼き物の花瓶。
花が入っている。
かおるがカスミ草を買ってきて、さよいがブルースターを足してくれた。
すごくわくわくする。
夕飯は骨付き鶏のお酢煮と豆ご飯、もやしの炒め物だった。ぬか漬けを出して、豆腐の味噌汁もつけた。
熱いシャワーを頭から浴びるとすっきりした。
この日の夜遅く、ひろしがここを訪れた。