表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/13

交配露草

 病室にはベッドが四台。三台が平行に並び、それと直角になるように残りの一台が置かれている。

「ねえ抄子。慢性だった患者さんも今は、作業療法が効いてくると、徐々に外に意識が向いてね、訪問看護などの助けで一人暮らしが出来るようになることもあるのですって。グループホームも三年間なら利用が出来る。お母さんね、若い頃から慢性の人のことを考えると悲しかったの。でも、救われる思いよ。こういう話を聞くと。」

 慢性とは、長年入院している精神病患者のことで、もしかしたら一生入院かも知れないと言われている人たちのことだ。

「お母さんは慢性にならないよね。ちゃんと退院して、また一緒に暮らせるよね。」

 澄江は軽く笑った。入院患者らしくなく、華やかなチュニックを着て、髪を編んでいる。

「お父さんがどうかな。」

 抄子はそれを聞いて怒りを感じるが、だが、あることにも気付く。

「そうか。お父さんのお給料で暮らしてるんだ。わたしたち。」

 何もしてくれない父親だと思っていたが、お金を稼いでくれていた。これも愛情だろう。絶対そうだと抄子は強く思った。

「お父さんお見舞い来た?」

「抄子。」

 笑う澄江。来るはずがないでしょ、と、そう言っている。

 お母さんに、わたしも薬を飲んでいることを言った。

「あのね、お母さんの薬、余ってた奴。それ飲んじゃったの。だから。」

「大丈夫よ。思春期には必要なこともある。抄子はお母さんが病気だから、ごめんね、慎重にしたほうが良いのかもね。お母さんが叔父さんたちによくお礼を言ってたって、伝えてね。」

 澄江は、精神病とは思えないほど穏やかである。若い頃は感情にも障害があって、しょっちょう荒れていた。そんな頃に知り合ったひろしは、信じられないくらい理解があった。

 今にして思えば、理解があると言うよりも、恋の盲目だったのかもしれない。それはそれで、いい。

 病院の帰りにかおるに頼まれた買い物をスーパーでする。ニラと、油揚げ。

 小銭が無くてお札を崩した。

 これが好きでない。神経質なのかも知れない。ぴったりお代を払えるとほっとするのだが。

 かおるが庭の草を見ていた。

「何を見ているの。」

 抄子はおそるおそる土の部分を踏んだ。

「おー抄子お帰り。露草だよ。今日は曇っていたしここは日陰だから、開花時間が遅いんだよ。」

 見ると青い花が咲いている。

「これは去年、白い露草と交配させた種を蒔いたんだ。」

「あ、白い!」

 露草だけれど白い花が咲いている。

「どっちの雄しべがどうとか、はっきり記録を取らなくてさ。まじめに研究してなくて。種だって全部が芽吹いた訳じゃないし。はは。」

 花の色が、雄しべの花粉由来なのか雌しべの果実由来なのか、分からないのだろう。

「適当に花同士ちょっちょとくっつけたからなあ。」

「白い露草って、もっと儚く弱そうなのかと思ったら。けっこう頑丈そうね。」

 かおるが言う。

「あー、そうそう。去年見つけて取ってきた奴はそういう、儚げな細い奴だったよ。ウチに生えてる頑丈そうなのと交配したらそうなった。」

 抄子は熱心に露草を見た。袋のようになった緑の葉っぱみたいのの中からにゅっと花は飛び出ている。

「この花びら、欠けてる。」

 大小ある花びらは、大きなものは二つの耳のように丸く上に立っている。

「ほらかおるさん。片方だけ切れ込みがあるよ。」

「ほんとだ。そうなんだよ。ウチでも交配を繰り返すうちに変異が出るようになってな。肥料や殺虫剤なんかで現れる変異は一時的なもんだから放っているけど。中には遺伝的な変異もあるのかもな。」

 あきるほど露草を見たのか、抄子は伸びをしながら立ち上がった。

 露草かわいい。妖精みたい。携帯電話で花を写した。

「ニラ買ってきたよ。かおるさん。」

 買い物袋を差し出すとかおるはにやりと笑って受け取った。

「今日は餃子だ。」

「やったー。」

 さよいがきゃべつを刻んでいた。

「抄子ちゃん。ニラ洗っといて。」

「はい。さよいさん、今日は早かったんですね。」

 さよいは千切りし終わったきゃべつを今度は微塵にしている。

「そう。公務員でもそういうことあるよ。」

「公務員なんですね。」

「図書館の中のね、こども科学館てとこで実験の先生をしてるんだよ。遊びに来てね。」

「ふふっ」

 優しいさよいらしいお仕事だな。きっと子供に甘く見られているよ。でもそういうのって、平和でいい。

 狭くて古い台所は、作業台の高さが低い。かおるも良く腰が痛いと言っている。

 餃子を50個も作ったのでわたしは驚いていた。

「ウチはな、餃子の日は餃子だけを一人頭十個食べるんだ。ご飯と味噌汁、漬け物はオッケーだ。」

 かおるがホットプレートを出してきて餃子をグルリと三重の円の形に置いた。

「抄子ちゃんちはどうだった。餃子の日。」

 月緒が聞いた。

「そうですね。お母さんが一人五個ずつ餃子を作って、わたしが麻婆豆腐を作ったり。あ、もちろんパックの麻婆豆腐で、ねぎと豆腐を足すだけのやつ。」

 お父さんは、不満だったかな。ウチの餃子。十個食べたかったかな。抄子は胸がざわざわした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ