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初診

 下手。書き直し。

 朝起きて居間に行くと、かおるが手渡してきた。見覚えのある束。

 原稿用紙だ。

「ひどい、かおるさん。勝手に見たのね!」

「下手くそ。」

 さよいがぼんやりと大丈夫、なんて声をかけてくる。知らない。

 ゴミ入れにわたしは原稿用紙の束を投げ入れた。

「なにしてんだっ」

 かおるは原稿用紙を掴みだした。

「それはもうわたしだけの世界じゃないから。かおるさんに汚されたから。もう要らないのよ。」

 わたしは台所にある菓子パンを一つ掴んで借りている部屋に逃げ込んだ。

 かおるの顔。傷ついたように目を伏せて、原稿用紙を撫でていた。なによ。可愛そうだってか。可愛そうなのはわたしだ。踏みにじられたわたしだ。

「朝食を食べにおいでー。」

 さよいが襖の向こうで呼んでいる。床がみしっと言う。歩き方だ。月緒だ。

「抄子ちゃん。かおるは悪いと思っているよ。謝るよ。出ておいで。」

 出る。ジャージのズボンにしまむらのTシャツ。おさげ髪。朝いちで顔を洗い、化粧水に乳液で整えて、アイラインを引いた顔。

 朝ご飯の卓に着く。オムレツの隣に、タコウィンナーが三匹添えてある。見ると、他の叔父さん方はウィンナー無しだ。

 かおるがマグカップにカフェオレを入れてきてくれた。わたしの側に置きながら言う。

「ごめん。小説、勝手に読んで。俺も昔書いていたから、つい。」

「いいよ。」

 じょじょに仲良くやろう、かおる、と月緒が言っている。少しずつ距離を縮めて、と。

「ウィンナー、たこさんありがとう。」

 安心したようにかおるは笑った。

 食事のあと、わたしは薬を飲んだ。お母さんが余したもので、不安に効く薬だ。

「抄子?」

 かおるが不思議そうに見ている。

「これ飲んでないともうだめなの。」

 かおるが薬を飲む。向精神薬、だろう。

「一緒に病院に行こう。俺診察日だから。澄江さんにも顔を見せよう。」

「うん。」

 月緒に買い出しを頼んでかおるはわたしを連れて精神病院へ行った。

「明日から平日だから、月緒兄さんとさよい兄さんに弁当も作らないと。コンビニで唐揚げ買って、ポテトサラダも買っちゃおう。」

 歩きながらかおるは言う。

「お前にも作ってやろうか。弁当。」

「うー。やったと喜ぶべきか。」

「あっはっはっは」

 王様のようにかおるは笑った。

 待合室で、かおると並んで座る。ときどき入院患者が現れて、雑誌を探っている。

 建物は古いが、きれいに磨かれている。昔は土足からスリッパに履き替えて建物内に入ったようだが、今は土足で入館オーケーだ。

 かおるは何もしないで、じっと床を見て順番を待っている。わたしはミュージックプレーヤーで音楽を聴く。かおるは三十分ほどで呼ばれ診察を受けた。その間わたしは受付で渡された問診票に記入する。そしてわたしが呼ばれた。かおると同じ先生らしい。

「いっしょにいて。」

 かおるの腕を掴んだ。

 かおるは黙って隣に座ってくれた。




 わたしは薬を処方された。病名など診断はされていないが、医師の先生のカルテには何か書き込まれていた。

「大事になって、病気になる前に治してしまおうね。」

 わたしが何だと言うのだろう。

 矢張り某かの病気ではあるのだろう。

 夜はコアジのマリネをわたしが作った。他に、中華クラゲとキュウリの和え物をかおるが。ぬか漬けもかおるが出してくれた。ワカメと山椒のきいた吸い物。そしてキノコの炊き込みご飯。

「抄子ちゃん。診察受けたって聞いたけど、その、大丈夫なの。」

 月緒が聞いた。

「ああ、大丈夫というか。大きな病気になる前に治しちゃおうって先生が。言ってました。」

「そう。」

 月緒は少し気まずそうだった。

「ウチに来たせいじゃないよ。こいつ、ひろし兄さんのとこにいるときから澄江さんの薬勝手に飲んでたんだから。」

 かおるが言うと、わたしは苛々し出した。

「それはそうだけど。なにもそんな。」

「ごめんね抄子ちゃん。」

 なぜさよいが謝るのだ。もっとむかつく。

 借りてる自室に帰ると、ベッドの上に原稿用紙の束が置いてあった。それを見てると涙が出てきてしまう。

 わたしも精神病なんだろうか。

 精神病だとしても、かおるのようにちゃんとした感じでいたい。だけど、かおるも入院したことがあるって。お母さんみたいに、ぐだぐだになってしまうんだろうか。それでも、お母さんはやることはやれていた。死ぬ気で頑張っていたように思う。でもお父さんはお母さんを認めなかった。

 お母さんもそんな幼稚なお父さんを途中から見捨てて、わたしだけのお母さんになったのだった。わたしはお母さんだけの味方だった。

 家庭なようでいてすでにうちはもう、家庭じゃなかったんだ。病気になるってことは、悪者になることなんだ。普通に出来ないってことは、罪なんだ。少なくとも抄子の環境ではそう言うことになる。病気になった母を父はいたわらず助けなかった。普通に出来ないことを詰ったりもした。

 最低。

 抄子は小説の続きを書いた。

 娘まで悪者になったと知ったら、あの父親はどうするんでしょう。母娘ともども捨てるのでしょうか。

 そしたら叔父さんたちとももう仲良くできないんだな。せっかく楽しく過ごしているのに。

 でも。

 父のことが嫌いな訳じゃない。わたしも、お母さんも。



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