わか
「寒いねー」
「そんな薄着をしているからだ」
「食堂はあったかいかな~」
肌に刺さるような風が吹き、地面がうっすらと白くなりつつある今日。
季節は変わり始めていた。
俺は畠と食堂へ向かっている。
…正しく言えば、勝手に着いてきているのだが。
「あ、着いた着いた。…うーあったけええ~」
俺はいまだに食堂の女におにぎりのお礼が言えていない。
なぜなら-…。
「わかちゃーん!今日俺すきなべー!」
「わかちゃーん!俺愛がほしー!!」
「わかちゃー(ry」
と、こんなありさまだからだ。
今まで気づかなかったのが不思議だ。
食堂では毎日こんなことが起きていた。
まあ、これは下位のおちゃらけた奴らの仕業なのだが。
分かったことは、この大学には馬鹿が多い事。
女の名前が"わか”であること。
そして、近づくこともできない…ということだ。
こう1ヵ月もこんな状況ではお礼も糞もない。
Aセットの味噌汁をすすりながら、様子をうかがう。
「なー、吉田。お前ってあの子みたいなのがタイプなの?」
「な………!」
今日のおすすめメニューのかつ丼を頬張りながら畠が真顔で質問をしてくる。
「ゲホッ、なぜ急にそんな事を…」
胸を叩き、呼吸を整える。
「ここ1ヵ月あの子のとこばっか見てるから」
「そんな浮ついたことではない。借りがあって礼をするタイミングを計ってるだけだ」
「またまた~」
ニヤついた顔で畠が迫ってくる。
「俺はそんな感情を持ったことすらない。だから断じてない。」
「え、じゃあドーテ…」
「公衆の面前で何てこと言うんだ!」
畠の口を両手で塞ぎ、その先の言葉を阻止した。