吉田幸一という人間
「今日の講義はここまでだ。以上。」
シワひとつないスーツに渋いオレンジ色のネクタイをした教授はそう言い放ち教室を出た。
さっきまで静まり返っていた教室に賑やかさが取り戻される。
会話の内容は、好きな人の話や今日のランチの話などではない。
馬鹿みたいに長い細菌の名称や馬鹿みたいに画数の多い病名の話だ。
-そう、俺の通っている大学は超難関といわれる大学であり、ここは医学部だ。
3年目。
特にこれと言って夢のなかった俺は、頭が良いという理由で親や高校の教師に言われるがままここに入学した。
高身長(185cm)・高学歴(難関大学医学部)と来ればあとは高収入だけだ。
人生特に苦労することなく俺は、俺のために、幸せを掴むのだ。
「吉田~さっきの講義のノート見せてくれよ~」
「…寝ているお前が悪い」
「そう固いこと言わないで、ね?」
このしつこい男が唯一俺と"会話”をする。
畠 誠吾。
畠は半ば強引にノートを持ち去ると急いで写し始めた。
親が小さな病院を経営するこいつは、無理矢理ここへ進学させられ、今に至る。
まあ、ここまでよく落第しなかったものだと感心する。
「…写し終わったら、持って来い。」
「へーい」
「はぁーーーーー……」
深いため息をつき、教室を後にした。