鬼姫伝説
大学の文芸部で二年生の時に書いたお気に入りの小説です!!
Pixivとエブリスタにも投稿してあります。
よく来たなぁ、翔太。一人でおじいちゃんの家に来てびっくりしたよ。随分、大きくなったなぁ、もう六才になるのか。おじいちゃんは、翔太が遊びに来てくれて嬉しいよ。さあ、お上がり、庭園が見えるお座敷でお菓子を食べようか。
「うん!!」と元気よく返事をした孫を座敷に連れて行き、そこでお菓子を食べ、翔太の学校の話しなどを聞いておしゃべりをして愉しんだ。
そこで儂は、そろそろ翔太にこの旧家に伝わる伝説を話そうと思い、翔太に話しかけた。
お前も大きくなった事だし、そろそろおじいちゃんが住んでいるこの家の伝説を教えてやろう。
昔々、今から八百年ほど前の頃の話し。
この家の主に中川という貧しい武士がおった。主には、妻とともに毎日、神頼みをせねばならぬ程なかなか子供が授からず困っておったそうな。
そんなある日、妻の夢の中で神が現れ、仰られた。
「そなたらを哀れに思い参りました。わたしの子をそなたらの子として授けます。大事に育てるのですよ」
妻は、夢から覚めると、すぐに夫に知らせた。主は妻の話しを聞き、おおいに喜んだ。
そして、夫婦の間に可愛らしい女の子が生まれたが、奇妙なことにその子の頭には角が生えていた。それを見た夫婦は驚いたが、神様が授けてくれた子だから大事に育てようと固く誓ったそうだ。
その生まれた女の子は、綾と名付けられた。
綾姫さまは、大事に育てられ不思議な力で中川家を支えた。
その不思議な力というのは、主が戦で大怪我をした時に綾姫さまが手をかざすと傷が癒えたり、敵の大将の居場所を言い当てたり、宝が埋まっていることを当てるだのと云った力があった。お陰で中川家は村一番の財力を持った権力者になった。しかし、問題が生まれた。中川家には跡取りの男の子がいないことだ。女子が家督を継ぐことも出来るが、出来れば男子に自分の跡を継いで貰いたいと考えていた。
綾姫さまと結婚させ婿を迎えようかとも考えたが、綾姫さまの風貌を受け入れてくれる者がいるのかどうか不安になり取り止めたそうな。というのも、この家に仕える者が綾姫さまのことを影では鬼の子やら化け物と囁き、村人達に虐められておったからだ。考えに考えた末が甥っ子を養子に迎えることだった。その事を妻に伝え、甥っ子の正吾を迎える為、早速、兄の家に行き伝えると、兄は快く承諾してくれた。
「最近、戦で手柄を立てているそうじゃないか。俺の処には息子が五人いるからな。まあ、お前の処に正吾と同じ年頃の娘がいるようだし、出世祝いに正吾をやろう」
そこで兄は黙って聞いていた正吾に聞いた。
「何か異存はないか?」
正吾は兄から主に正面を向けて深々と頭を下げて言った。
「養子の件、有り難くお受け致します。」
こうして主は、正吾を養子に迎え名を正太郎に改めさせた。
主は、正太郎を綾姫さまに逢わせるのが不安であったが、意を決し逢わせた。 見知らぬ男子が居たので、綾姫さまは驚いて部屋に引き籠ってしまったそうだ。困り果てていると、正太郎は引き籠って怯えている綾姫さまに優しく語りかけたそうな。ようやく、綾姫さまは部屋から出てきて微笑んだそうだ。
それから二人は仲良くいつも一緒にいるようになり、幸せな日々を過ごしていたそうな。しかし、幸せはそう長くは続かなかった。
正太郎が十五才、綾姫さまが十四才になった頃、村の近くで戦が長続きし、村が盗賊に目を付けられ荒らされたりした。それだけでなく、旱が続き作物が育たず、地震が頻繁に起こるようになった。
村人達は、不幸な出来事が続いているのは綾姫さまの所為なのではないかと思うようになり、中川家に綾姫さまを生贄しろと訴えた。当然、主や妻、正太郎がそれを許さなかったが村人達は鎮まらず、今にも押しかけて来る勢いだった。
綾姫さまが家に押しかけようとする村人達に言い放った。
「では、こうしましょう。私が持っているこの箱の中に複数の紙が入っています。どれか一枚だけ着物の柄が書かれた紙があります。書かれていた柄の着物を着ていた方が生贄になると言うのはどうでしょう。勿論、変更は致しません。生贄となる方には明朝、吊り橋から川に身投げをして貰います。異存はありませんね?」
綾姫さまの提案に村人達は承知し、正太郎達は驚き、辞めるように説得したが聞き入れて貰えず、渋々承知した。
村人達は次々と箱の中を探り引いたがなかなか書かれた紙が出てこない。そこで村人達は中川家の人々にも引かせることにした。それでも出てこなかったそうだ。
とうとう最後の一人、綾姫さまが引くことになった。綾姫さまが引くと中から『緋い色の着物』と書かれていた紙が出てきた。村人達の中には緋い色の着物を着たものは居らず、中川家の中では綾姫さまだけが赤い着物を着ており、綾姫さまが生贄となることが決ってしまった。
その夜、主と妻は嘆き悲しんでいたが綾姫さまは二人を説得し、宥めさせた。 二人は娘が決心をしているのだから娘の為に笑顔で見送ろうと誓った。しかし、ただ一人、正太郎だけは納得しなかった。
正太郎は主と妻が寝静まったのを見計らって、綾姫さまを村外れまで連れて行こうとした。しかし、綾姫さまは行こうとしなかった。
「綾姫さま、ここから逃げましょう。父上、母上には悪いがここより離れた遠い地で俺と一緒になりましょう。あなたを一生、幸せにしますから。この地に居ても良い思いはしないでしょう」
それでも、綾姫さまは首を縦には振らなかった。
「駄目よ。正太郎さん、貴方は中川家の大事な跡取りなのだから。それに、村人達から虐められて良いことは無かったけれども、お父様、お母様に大切に育ててくれて何より貴方と出会えて幸せだったわ。私が死んでも中川家を、貴方の子孫を、貴方がいるこの村を護るから心配しないで」
そう言って正太郎から離れて行った。正太郎は何も言えず綾姫さまが離れて行った方向を黙って見ている事しか出来なかった。
翌朝、綾姫さまが吊り橋から飛び降りたことで、久しぶりに雨が降り作物が育ち、地震もなくなり、戦も嘘のように収まり村に平和が訪れたそうな。正太郎達は、綾姫さまが飛び降りた川の近くに塚を建て、村人達の誤解を解かせた。誤解が解かれた村人達は、中川家と供に綾姫さまに感謝し、奉ったということだ。
じつはな、おじいちゃんは子供の頃に綾姫さまに逢ったことがあるんだよ。
そう、あれは第二次世界大戦が終わって数年、日本が平和になり始めた頃のことだった。
当時、この村は奇跡的に戦争の被害に遭っておらず平和に暮らしておった。
ある時、都会からダムの建設者がこの村に訪れて来た。
「皆さん、平和になった日本で、このような寂れた何にも無い村を捨てて都会に移り住んで下さい。わたくし共は、この村をダムにするべく来ました!!」
これを聞いた村人達は、猛反対した。
「この村はあの戦争から奇跡的に被害を免れたんだ! それに、ワシらは、この村にずっと住んでいるんだぞ!! この美しい村を沈めるとは何事だ!!」
ダムの建設者達も負けじと反発したが、ここで村の権力者であるおじいちゃんのお父さんが出てきて断固反対して追い出した。しかし、ダム建設者達は、懲りずに何度も村に来た。おじいちゃんも子供心にダム建設者の人達を許せないと思い、友達を連れて泥や石を投げつけて追い出した。
それが、攻防戦が始まる切っ掛けになり長く続いた。
ある時、親戚の隣り村の村長が突然、死んでな。大急ぎで村人全員が葬式に行くことになったんだ。その時、おじいちゃんは高熱が出てな、一人で留守番をする羽目になったんだよ。家のみんなが居なくなり大人しく寝ていると、どこからか物音が聞こえた。儂は重い体を起こし、物音がする部屋に向かった。そこは、おじいちゃんのお父さんの部屋だった。
儂は恐る恐る開けてみると、ダム建設者達が必死になって何かを探していた。良く見ると、何かを探している者だけでなく、手に水筒とライターを持っている者がいた。
直感で何か危ないことをするんだなと感じ、勇気を出してライターを持っているダム建設者に体当たりをした。
しかし、捕まってしまい、殴られそうになった。
その時、家全体が大きく揺れ、地の底から這うような声が聞こえた。
「その子に手を上げるな! 出て行け!この家から出て行け!!」
声と共に突然、恐ろしい形相の鬼が現れた。ダム建設者達は真っ青になり、悲鳴を上げた。その時、儂はあまりの恐ろしさに意識が遠くなり気絶してしまった。
暫くして、ひぐらしの鳴く声が聞こえて目が覚めた。どのくらい気絶していたのか分からないが、そんなに時間が経っていない事が分かった。まだ、ダム建設者達の逃げ帰っていく悲鳴が聞こえていたからだ。起き上がり、庭園を見るとそこには、十四~五才くらいの緋い着物を着た美しい少女が佇んでいた。
その少女はダム建設者達が逃げていったであろう方向を眺めていた。ふと、見ると少女の手には、あの恐ろしい顔の鬼の面があった。そして少女の頭には角が生えていた。
少女は儂に気づいたのか、振り向いて微笑み消えた。
このことを葬式から帰って来たお父さん達に言うと、驚いて儂に言ったんだ。
「裕一郎、その方は、綾姫さまだ。綾姫さまがお前を護って下さったんだ!!」
ここでおじいちゃんはあの少女が綾姫さまなのだと初めて知ったんだよ。
後日、分かったことなのだが、あのダム建設者達は、土地の権利書を奪い、さらに村全体を燃やそうとしていたらしい。あの水筒の中身はガソリンが入っていたのだという事が分かった。
それを知ったダム建設の偉い人が、そのダム建設者達をクビにし、お詫びにこの村のダム建設を取り止めてくれたのだ。
儂はこの時、綾姫さまがこの村を護ってくれたんだと思った。儂はいつか、また、綾姫さまに逢ったらお礼を言いたいと思っているんだが、なかなか逢えなくてな。
儂が無理でも、翔太お前なら綾姫さまに逢えるかも知れないからな。その時は、おじいちゃんがお礼をしたいと言っておいてくれるかい。綾姫さまに逢ったら仲良くするんだぞ。
儂がそう言うと翔太は元気よく返事をして言った。
「うん!! 僕、綾姫さまに逢ったら仲良くするし、おじいちゃんがお礼をしたいってちゃんと言うよ!」
そうか、そうか。仲良くしてくれるか。儂が言うと、翔太が饅頭を持って儂に尋ねた。
「あのね、おじいちゃん。このお饅頭をね。お姉ちゃんにもあげていい?」
ん? お姉ちゃん? 早速、仲良くなった子がいるのかい。
翔太は大きく頷いてから言った。
「うん! 僕がおじいちゃんの家に一人で行く時、道に迷っちゃたんだ。そしたら、通りかかった緋い着物を着たお姉ちゃんが助けてくれたんだ」
翔太の言葉に驚いていると、庭園に緋い着物を着た少女が微笑みながら佇んでいたような気がした。