第1話
「大都ちゃーん。学校にいこー」
2014年12月1日。
外から聞こえる間の抜けた声で、その日、大都は目覚めた。
まどろみながら目覚まし時計を見ると、時刻は朝の7時。まだ家を出るには早い時間だ。
布団から出ようと体を動かすと、冷たい冷気が布団の中へ侵入してくる。とてもじゃないが出られそうもない。
「大都ちゃーん。私ね、玄関にいるよー」
下から彼の幼馴染である、辻川ゆりかの声が聞こえてくる。 だが、大都はうとうとと心地の良い二度寝の誘惑に引き釣り込まれようとしていた。
「大都ちゃーん。私ね、階段を登っているよ……」
大都しか居ないはずの家に、ギシギシと木の軋む音が 木霊する。
「大都ちゃーん、私ね、廊下を歩いているよ ……」
何者かがヒタヒタと廊下を歩き、その音は大都の部屋の前で止まった。
「大都ちゃあああん、私ね、あなたの部屋の前にいるの……」
ギイイイッと扉がゆっくりと開き、そして、足音は大都が眠るベッドの前で止まった。
「大都ちゃあああん、私ね、あなたの前にいるの……」
「怖いわっ!」
布団を跳ね飛ばし、大都が飛び起きる。
「なんでホラーテイストなんだよ! お前はリカちゃんか! もっと普通に来ればいいだろ!」
「えへへぇ。この方が大都ちゃんが目覚めるかなって思って」
「最悪の目覚めだよ! 変な汗かいたわっ!」
ペロッと悪びれもなく舌を出すゆりか。これが二人の毎朝のやりとり、日常風景であった。
ざっざっと、まだ踏み荒らされていない雪を踏みしめ、大都とゆりかが雪道を歩く。
昨晩降った雪は、ここ北海道の旭川市でも今年一番の大雪であった。 周りでは一生懸命雪かきをしている人や、モップを使って車のボンネットから雪を降ろしている人の姿が見える。子供の頃から見慣れた風景だ。
「根雪になるかなぁ」
「どうだろうな、今年は暖かいからな。また溶けるんじゃないの?」
例年に比べ、今年は暖かいと言われていたが、それでもやはり北海道の早朝は寒い。ゆりかは、しもやけで赤くなった自分の耳を両手で押さえた。
「おいゆりか。去年のクリスマスにプレゼントした帽子はどうしたんだ」
「ごめんね、妹に貸してるんだぁ」
大都は自分のかぶっていたニット帽を外すと、乱暴にゆりかの頭にかぶせた。
「これでもかぶってろ」
「わあ……、あ、ありがとう」
そう言って、ゆりかは近くの電柱に激突し、積もった雪山に顔面からめり込んだ。ニット帽を深くかぶせられ、視界が悪かったようだ。
「おいおい、大丈夫か? 相変わらずトロ臭い奴だな。気をつけろよ」
「えへへぇ」
ズボッと雪山から顔を出すゆりか。その鼻からずるんと鼻水が飛び出した。
「うわあああん、ばなみずがだれでぎだ~」
「ったく」
面倒臭そうに、大都はポケットからティッシュを取り出すとゆりかの鼻に当てた。
ゆりかはチーンとする。
「えへへぇ。ありがと、大都ちゃん」
「ったく、お前はお子様かってーの」
パンパンと体についた雪を振り落としたゆりかは、赤くなった手にハァハァと息を吹きかけた。
「おいゆりか。この間買ってやった手袋はどうした」
「ごめんね、弟に貸してるんだぁ」
「またかよ! ったく、あれはお前のために買ってやったんだからな」
そう言って、大都はゆりかの手を取ると、ぎゅっと握り締め自分のポケットに突っ込んだ。
「わあ、あったかいね」
「お、おう」
顔を真っ赤にさせながら大都がそっぽを向く。
鼻水を垂らしながら、ゆりかはにっこりと微笑んだ。