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教育的なTVの世界から

作者: はにぃ

 テストの時にしか向き合わない机で、僕はラブレターたるものを書いている。

 口ではきっと想いを伝えられない僕は、こうやって文章にして渡すことで精一杯だと思う。

 そもそも、このラブレターを渡すことさえ出来るか不安なわけだけど……。


 僕が憧れる先輩は、同じ天文部に所属している。

 そもそも星空に興味の全くなかった僕が、なぜ同部に所属しているからというと、勧誘していた先輩に一目惚れしてしまったからだ。天晴れ、青春。

 だから部活動は「星の観察」というより、「星を眺める先輩の観察」になっていた。

 

 僕の情報網によれば、先輩に「彼氏はいない」とのことで、第一関門は突破している。

 第二関門である、「好きな人はいない」という情報を得たのが、つい最近。ただ、僕を好きということでもないようで、少々、いや多大に複雑な心境だ。

 とにかく2つの関門をなんとか越えられた僕としては、これから受験シーズンで会えなくなる先輩といつでも会えるように、最終手段をとらざるを得ない状況になっている。


 ただ問題がひとつ。

 ……ラブレターの書き方が分かりません。


 「はじめて先輩と……会った時から……好きでした。……ずっと好きでした、の方がいいかな。……付き合って下さい」

 声を出しながら、今書いた文章 ――とはいえ、たった2行だけど―― を読み返す。

 好きでしたから、付き合ってくださいってすごくストレートすぎないかな……。その場で読まれたら、すぐ読み終えてしまうし、それでは口で言うのとそんなに差がないよね。そんなことされたら、きっと僕はその場の空気に耐えられない。

 ならさっき書いた10枚のラブレターの方が良かったかな? でも長すぎる気がするよな。読み飽きて結論まで読んでくれなかったらイヤだし……。

 なら間をとって5行? でも5行だと短いような長いような、中途半端すぎないかな?

 ……。

 あー、やっぱりダメだ! 告白なんて無理だよ、出来るわけないよ。

 僕は頭を抱え、うなだれた。


 すると、ラジカセもつけていないのに、音楽が、いやハミングが微かに聴こえはじめた。そのメロディーはどこか懐かしい。よく聞くとその声は、でっきるかな、でっきるっかなと繰り返している。


 この歌って確か……。


 さらに歌声は大きくなり、その歌は確信となった。

 「でっきるっかな、でっきるっかな、さてさてふふ〜ん♪」

 なんだ? と思ったが先か、突然部屋のタンスから長身の男の人が、

 「でっきー!」

 次にカーテン裏から長身の女の人が、

 「るっかー!」

 最後にベットから背の低い男の人が

 「なー!」

 と現れた。

 最後のひとりを見て、思わず「ちっちゃ」と言ってしまった。

 「ほら言われた」長身の女の人が言う。

 「伸ばせって言ったろ?」長身の男の人が言う。

 「伸びなかったんだよ、牛乳だってたくさん飲んだし、それでもダメだったんだから仕方ないだろ!?」背の小さい男の子が言う。

 茶色い帽子と茶色いつなぎ、そうこの人たちは明らかに、某テレビ局の人気キャラクターだった『のっぽさん』を意識していた。

 「やれやれ、これだから末っ子は。ほんとわがまま」と長身の男性のっぽさんは言う。

 その言葉に怒ったのか、背の小さいのっぽさんは「なんだよ」と言い返す。

 「やんのか」と長身ののっぽさん。

 ……何がなんだかわからない。これからは、長身男性のっぽさんをのっぽ1、長身女性のっぽさんをのっぽ2、背の小さいのっぽさんをのっぽ3と呼ぶことにしよう。

 しかしそんな整理した頭を、更に複雑にする存在が、部屋の扉を開けて入ってきた。


 「こらこら兄弟げんかをしない」

 部屋に入ってきたのは、口ひげをはやした、サングラス、アロハシャツのおじさんだった。

 そんなおじさんに対して、のっぽ軍団の発した言葉は『衝撃』そのものだった。

 「ゴン太父さん!」

 「えー!?」

 僕の驚いた声に、ゴン太父さんと呼ばれたおじさんは、「ホゴホゴ」とモソモソ動いた。

 「いや全然可愛げもないし、無理あるって」

 僕はそのおじさんを全否定した。こんなおじさんが、子供のアイドルであってはいけない。

 おじさんは不機嫌そうに僕を睨んでいた。睨んだって僕は認めないよ。

 と、その時、どこからともなく女性の声が聞こえた。

 「今日はどんなものを作るのかな?」

 その声に周りを見回したけど、その音の出所を確認できなかった。なんだ!?

 「なになに、ものを作らないで人を助ける?」

 「何この声!?」

 「ナレーション」と、おじさんとのっぽ軍団はさらりという。何、そのあたかもあたり前のような言いぶり。

 「今回は人助けさ! ……このあたりでHELPの声が聞こえたはずなんだが」とおじさんはあたりを見回している。

 「父ちゃん、この人だよ! この人、恋愛で悩んでるみたいだよ!」と、僕を指差すのっぽ3。

 「恋愛の悩みなんてあんたにわかるの?」

 「わかるやい!」

 「そうだぜ、姉さん。こいつ、小町ちゃんに惚れてるんだぜ!」

 「それは言わないって約束だろ、兄さん!」

 「お前もそんな年頃になったか。うれしいぞ、父さん」

 僕の部屋で、家族を基とした小芝居が始まりだした。いつから僕の部屋は、劇場になったんだ?

 「あんたたち、誰?」

 「……見てなかったの?」

 「何を?」

 「できるかな」と、おじさんとのっぽ軍団はさらりという。だから何、そのあたかもあたり前のような言いぶり。

 「……いや、見てたけど」

 のっぽ軍団は、ポケットからはさみを取り出し、「シャキシャキン」と口を揃える。

 「無理あるって」

 「どこが? 答えによっちゃ、シザーハンズだぜ!?」

 シザーハンズだぜ? って、意味がよく分からなかったけど、のっぽ1の目は明らかに血走っていた。僕に睨みをきかせている。

 「俺たちの何が違うか、言えよ」

 僕が答えるのに戸惑っていると、のっぽ1はさらに睨みをきかせた。

 「……のっぽさんって1人だったし、……言葉しゃべらなかったし、……ゴン太君だってリアルな人間じゃなかったし。どちらかというと……モグラ」

 答えられる範囲で答えた。でものっぽ1は僕を睨んだまま。ひょっとしてシザーハンズ!?(よくわからないけど)

 「結構いいところをついてくるな」と、はさみを下ろすのっぽ1。

 「そうね、ここまでストレートに否定されたのは初めてね」とのっぽ2

 「やっぱ違うのかな?」とのっぽ3。

 「ま、そんなことどうでもいいか」と、おじさんとのっぽ軍団はさらりという。

 「よくないよ! だからあんた達、誰!? 何者なの!?」


 おじさんとのっぽ軍団は、顔をあわせ、そして同時に話し始めた。

 「私達は悩みを解決しに来た『できるかな家族』。私は恋愛の悩みを解決するのが一番好き。だって恋愛って誰もが悩むけど、一番難しくてリアルな悩み……」

 「俺たちはこんなカッコをしてはいるが、正真正銘の『できるかな』なんだぜ! しかも家族って設定だ。設定!? それじゃウソみたいじゃんか。そう列記とした家族、ファミリーさ……」

 「僕達は……なんだろ、よくわかんない。なんか仲間はずれになるのがいやだから、なんとなく混ざってはいるけど、なんなの僕ら? ねー、父ちゃん、父ちゃん……」

 「父さんは1人だけゴン太君なんだ。フンガ、フンガのゴン太君じゃ何言ってるかわからないと思って、しゃべれるように日本語学校に通ってたんだ。そこで今の母さんと出会ったんだ。母さんは今、美容室に行ってる……」

 

 ……全然わかんない。


 と、おじさんを見ると、いつのまにか僕の試作ラブレターを手に持っていた。まさか見る気じゃ!?

 「これが彼のラブレターらしい。君のラブレター、できるかどうか試してあげようじゃないか!」

 試す!?

 「でっきるっかなでっきるっかな、さてさてふふん♪」とお決まりのメロディーを歌いだす、おじさんとのっぽ軍団。そして僕の部屋劇場で、小芝居が上演された。

 「この手紙……」

 どうも、のっぽ1は先輩を真似しているらしい。先輩はもっとかわいい!

 「……はじめて先輩と会った時から……ずっと好きでした。付き合って……下さい」となぜか田中邦衛風ののっぽ3。

 「私、雪国ダメなの!」

 「でっきーまっせーんー♪」とお決まりのメロディーを替えて歌う、おじさんとのっぽ軍団。

 「大体ね、今時ラブレターってのがダメなのよ! 『ラブレター破れたー』とか、そんなくだらないダジャレで現実逃避する気なんでしょ!」

 「あるある、ラブレターの定番」

 ないよ、そんな定番……。

 「しかしな、富男。ラブレターってのは、やっぱりどこか逃げているぞ」

 「なに語ってるの、おじさん」

 「ゴン太おじさんと言いなさい。まっすぐ正面から向かい合って告白した方が、誠心誠意伝わっていいんだぞ。なので、これは破り捨てる!」と、勝手にビリビリに破られたラブレター。

 「何するんだよ!」

 「ラブレター破れたー!」

 「やっぱり定番どおりか!」

 おじさんとのっぽ軍団に、踏みにじられた僕のラブレター。

 「正面から、どんと告白しろ!」と、のっぽ1。

 その言葉に、僕の心構えは小さくなった。

 「……正面で告白なんて出来ないよ、僕には」

 「やってみなきゃわからないじゃないか」

 再び始まる、僕の部屋劇場プロデュースの小芝居。

 「でっきるっかなでっきるっかな、さてさてふふん♪」とお決まりのメロディー。

 「な〜に、話って?」と、今度はのっぽ3が先輩を真似している。先輩はもっと背が高い!

 「ほら」

 と、僕を小突く。僕に告白の練習をしろと言っているようだ。

 ……例え相手がのっぽ3だとしても、先輩のことを想像すると言葉が出なかった。

 「……できないよ」

 「やってみなきゃわからないだろ?」と、おじさん。

 おじさんの目は、僕をしっかりと、温かく見てくれていた。……実はこの人たち、いい人なのかな? 僕に勇気を与えに来てくれた人なのかな?

 「な〜に、話って」

 「……その……あの……その」

 シドロモドロする自分を振り切り、顔を上げた。そうだ、正面からだ!

 でも僕の勇気を振り絞った一歩は、お決まりのメロディーで、またも踏みにじられた。

 「でっきーまっせーんー♪」と、はしゃいでいるおじさんとのっぽ軍団。


 ……やっぱりいい人じゃない。


 「仕方ない、これを使って練習だ!」と、リカちゃん人形を取り出したおじさん。その目が、これに言えと言っている。

 「危ないヤツじゃん!」

 「なに真剣になってるんだよ、練習だよ、練習」

 「練習?」

 「だって人に言えないんだろ? なら、これからだろう」

 「な〜に、話って?」と、のっぽ2が先輩を真似している。……これはありかもしれない。

 「な〜に、話って? ね〜、富男君?」

 「……僕……ずっと先輩のことが好きでした。始めて会ったときからずっと、ずっと。僕と付き合ってください!」

 「ごめん、それは出来ないの」

 「え?」

 「だって私、人形だもん♪」

 「人形に告白なんてあぶねぇ」のっぽ1が冷たい目で僕を見ている。

 「僕、こんな大人になりたくない」

 「練習って言ったじゃないか!」

 するとおじさんは、僕の肩に手を置いて、ため息をついた。

 「人間に告白できないから人形なんて、そういう現実逃避はなしだ。ほんとぜんぜんダメだな、お前。人間に告白してみろ!」

 「あんたがこれにって言ったんだろう!?」

 こっちの話を聞かないで、メロディーを口ずさむおじさんとのっぽ軍団。

 「聞けって!」

 「な〜に、話って?」

 「だから聞けよ!」

 「な〜に、話って?」

 イライラしてきた僕は、先輩役のおじさんに怒鳴った。

 「ずっと先輩のことが好きでした! 僕と付き合ってください! これでいいだろ! だからあんたらなんなんだよ!」

 「富雄君」

 「あん?」

 「誰に話してるの?」

 「でっきーまっせーんー♪」


 ……。


 「誰に話してるんだよ、先輩に告白するんだろ? 私に話しかけてどうする。あとイライラしてたらダメな」

 「ダメもダメダメ」

 「まるでダメ男」

 「あ! まるでダメ男は俺が言おうとしてたのに!」

 「知らないよ、『言ったもん勝ち』だろ!」

 「ダメだ! まるでダメ男は俺に言わせろ!」

 「やめなさいよ! けんかするならもう一度やって、正々堂々と『言ったもん勝ち』にすればいいでしょ!」

 「僕が先に言ったのに!」

 「さっさと始めるわよ。ダメ男ファーストシーンから!」

 「でっきるっかなでっきるっかな、さてさてふふん♪」

 「な〜に、話って。ほらほら、どうしたダメシーンやらないと始まらないぞ。ほら、どうした、ダメ男」

 「どうしたの、ダメ男?」

 「どうした、ダメ男?」

 「ダメ男?」

 「……うるさいな。ダメダメうるさいんだよ! そりゃ僕はダメだよ! かっこよくないし、口下手だし、不器用だし、逆上がりだって出来ないよ! 全然ダメだよ! 好きな人に告白すら出来ないダメな男だよ! 僕がダメなのはわかってるよ!イライラするな、ほんとイライラするな、あんたらは!」


 おじさんとのっぽ軍団に、我慢できなくなった感情をぶつけた。

 部屋では、僕の息切れだけが聞こえている。

 おじさんは、ふっと息を抜いて僕に言った。


 「……イライラしているのは、君自身になんじゃないのかい?」

 「!」


 おじさんとのっぽ軍団は、色とりどりの折り紙を手にし、やさしく微笑んだ。


 「やってみなければわからない

 そうさ、何もせずにできるわけないだろ

 何もしないで出来るものはない

 あえて出来るとすれば心残りと後悔だけさ

 この折り紙はただの正方形だけど

 折り始めれば鶴にもなるし

 折り方次第で兜にもなる

 でもなにもしなければただの正方形

 正方形の前にただの紙

 ただの紙、紙という原点

 折らなければただの紙も

 折れば折り紙に変わる

 君の彼女への想いが紙ならば

 あなたのすることが折りになる

 出来る形は想いのカタチだから

 鶴が出来ても破けても

 作り出したそれは折り紙だ


 君の紙を手にもて

 君の想いのまま折るだけだ

 君がどんな形を作るのか

 私達は見つめていよう

 そう、見つめていよう


 君が傷ついたときは僕らが作り出す

 君の想い、君の強さ、新しい君を作ろう

 僕らは君を見捨てはしない

 だから君も僕らを見捨てないでくれ

 僕らはいつも君の味方だ

 そして君は僕らのヒーローだ


 さあ! でっきーるっかーなー♪」



  *



 放課後の校舎裏。

 校庭で活動している運動部の声だけが、遠く聞こえる。


 富男と少し背の高い女性のシルエットを、夕暮れの陽がやさしく映し出す。

 それはとても暖かく、綺麗な光景だった。


 そのやさしい夕暮れの中、富男は真っ直ぐに想いを告げていた。


 時間はゆっくり流れている。

 運動部の声も途絶えることはない。


 どれだけの時間が流れたのか。

 一瞬だったのか、数分なのか。


 やさしい夕暮れの陽は、一歩だけ前に出た背の高い女性のシルエットを映し出していた。




     ―― 了 ――

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