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八年前……

『あ(お)、アンタ(お前)はぁぁぁぁぁぁ!』

 と、ひとしきり(シンクロしながら)絶叫し終わった後、俺はいきなりその男に殴りかかられた。尋常ではないスピードで拳が飛んでくる。が、俺も予想済みだったので身体を横に捌いて避け、ほぼそれと同時に男の肩と首を掴み、反撃の膝蹴りを入れようと思いっきり膝を振りぬいた。はずだったのだが、その膝は男の鳩尾(みぞおち)の数センチ手前で止まってしまった。見ると男はいつの間にか戻した手でガードしている。ふいに男と目が合った。ほとんど同時にして一瞬、俺と男は「フッ」と笑いあった。それからの俺たちの攻防は激しかった。すばやく飛びのいて男から離れた俺は、すぐさまハイキックを放つ(「ジャブ」だの「ロー」だのして様子を見るのはルールのあるリングの中だけ、実際のルールなしの戦いでは常に先手を取ることが要求される。先手を取った後、強引に自分のペースに持っていけばいいのだ)。だが流石に男も慣れている、しゃがんでいなし、すぐさま反撃に移ってくる。だが俺もただハイキックを撃ったのではない、避けられるのは考慮に入れていた。

「喰らえッ」

 俺は男の頭上を通り越した脚を強引に男の頭の上に戻し、踵落しを放った。流石に予想外だったのだろう、今度は避ける事はかなわず、男は腕で俺の踵落しを受けた。俺は男が受けたのを確認して、脚をどけた。 それから暫く、俺と男は見合っていた。周りでは皇紀と真宮寺を含めホテル内にいる人間のすべてがただ唖然としている(ま、当たり前だろう)。

『フッ』

 どちらからとも無く俺と男は笑い出した。

『ふはは……ふははは……はーっはっはっはっ』

 傍から見たらかなり異様な光景であろう、こんな高級ホテルの中でいきなりストリートファイトをおっぱじめた男二人が、今度は一斉に笑い出したのだから。だがそんな事はお構い無しである、俺も男も笑い続けている。暫く笑いあった後、俺は男に話し掛けた。

「久しぶり、隼人(はやと)さん。相変わらず強えなぁ」

 そう、俺はこの人と知り合いである。この人は石動隼人(いするぎはやと)、俺に古武術を教えた人物である。性格はかなりいい加減だが、強さは折り紙つき。俺の師匠であり、目標だった人だ。それが、4、5年前まで宮崎に住んでたのだが、急に北海道へ引っ越してしまったのである。そういう訳で今まで連絡が取れなかった訳だが、まさか皇紀の師匠だったとはねぇ。偶然が重なり過ぎている気もするが、まぁこの際良いだろう。そうこう考えているうちに隼人さんも返事をしてくれる。

「久しぶりだな桂。にしてもお前随分強くなったな、見違えたぞ」

 その言葉は結構うれしかった。なぜならこの人は俺の永遠の目標なのだ。その人に誉めてもらえたのだから自然と顔も緩んでしまう。そしていろいろと話し込んでいると、横で唖然としていた皇紀が隼人さんに話し掛けた。

「し、師匠、そいつと知り合いなんですか?」

 大分驚いているようである。まぁ無理も無いだろう、今日知り合ったばかりの赤の他人と自分の師匠が知り合いだったのだから。それに対して、隼人さんは、

「おお、そうかお前は知らなかったな。こいつは俺が宮崎にいたころの弟子だ。お前らにも良く話してやったろ。て言うか写真見せてやらなかったっけ?」

 と返す。ん、ちょっと待て、俺のこと話したのかこの人。なんか不安になってきた。なぜならこの人は人の事を有ること無いこと付け加えて話すのが大好きなのだ。どんな事を話されているか知れたもんじゃない。そこで俺は、

「隼人さん、俺の事まともに話したんでしょうね。くだらない脚色なんか付けてたらそんときゃ……」

 と言ってバキボキと骨を鳴らす。こういう時の隼人さんはえらく腰が低くなるため、こちらは強く出れる。

「ははは、大丈夫だって、まともに話したよ。そうだ、お前の事話したときによぉ、皐月が合いたいって言い出したことがあったんだよ、写真見せたときだったかな? そん時「一目惚れか?」って冗談半分で聞いたらよぉ、あいつ顔真っ赤にして俯きやがったんだよ。ありゃ完璧お前に気があるね。お前アプローチかけてみたら?」

 そうか、まともに話したか、良かった良かった。ん? 真宮寺がなんだって。一目惚れだぁ、確かにあいつは可愛いしそれなら嬉しい限りだけど、んな都合のいい話あるわきゃ……待てよ、確か写真も見せたって言ったな。となるともしかしてさっきのは偶然じゃなかったのか。考えても仕方が無いので、俺は真宮寺に直接聞いてみることにした。

「おい、真宮寺」

「あ、はい」

「お前よ、隼人さんから俺の顔と話聞いてたんだってな」

「……」

「て事はよ、さっき俺の顔と名前を既に知っていたと言う事に納得のいく説明がつく。よくよく考えたら準々決勝に出てたからって言って、俺は面をかぶってたんだから顔まで知ってるのはおかしいよな」

「……」

「つまりだ、俺が言いたいのは、さっきお前があそこで止めに入ったのはただのお節介じゃなく俺だったからじゃないのか、ってことだ。どうだ、当らずとも遠からずってとこだろう」

「……はい。その通りです」

 案外あっさり白状したな。もっと誤魔化すかと思ったが。だが、まだ疑問は残る。

「なんでだ? いくら俺の顔を知っているからと言って俺を助ける理由がどこにある。俺たちは赤の他人だぞ」

 隼人さんが言ってた事はこの際無視だ。俺はこいつの口から直接理由を聞きたい。少しして、真宮寺は口を開いた。

「やっぱり覚えていないんですね。そうですよね、もう8年も前ですもんね」

 その口調は寂しそうだった。にしても8年前って何があった。俺にはまったく記憶が無い。俺が唸っていると、真宮寺が、

「あ、いえ、別に無理に思い出してくれなくても構いません。ちょっと悲しい気もするけど」

 と言ってきた。いや、そんなに悲しそうな顔するなよ。なんか俺が悪い事しちまったみたいじゃねぇか。8年前か……、なんかあったかなぁ。駄目だ思い出せない。しょうがない、真宮寺に聞くか。

「なぁ、8年前ってなにがあったんだ? 悪いけど教えてくれ」

 俺がそう言うと、真宮寺は少し迷ったような表情を作ったが、すぐに、

「そうですね。私だけ覚えてて、阿久沢さんは覚えてないっていうのはなんか癪ですしね。わかりました、お話します」

 と言ってくれた。 だが、俺はこのときその内容が、俺が真剣に古武術を習い始めるキッカケとなっていたことなど、知る由もなかった。



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