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8.逃げ戦、空戦

 青ざめた顔をしている隊長とガリガリ、そして御者台にいるムキムキへ伝える為に、俺は大声で言った。

「敵は上空と後方にいます! 爆発は空からの物でしたが、こっちはルースが抑えるので、これ以上はないと思っていいでしょう。ウェイバーさんはなるべく速く馬車を走らせることに集中して下さい!」

「言われなくてもそれぐらいしか出来ねェよッ!!」


 ムキムキが言い終わるか終わらないかで爆音が響いた。

 衝撃はほとんどないのでルースの置き土産だろう。気にはしていられない。


 ガリガリの肩に両手を置いて、力を込めた。

「問題は後ろから迫ってくる集団です。弓矢はもちろん、魔法だか魔弾だかまで撃って来る。我々に倒せるとは思えませんから、ルースが空の敵を倒して戻ってくるまで時間を稼ぎましょう! 白魔法使いなら、防御魔法は得意ですよね?」

「あ……は、はい……」

 ほとんど放心状態のガリガリは生返事が精一杯のようだ。

 震える手で、縋り付く様に剣を握り締めている隊長が口から泡を飛ばした。

「ど……どどど、どこかに逃げ込めんのかっ!?」

「外見て言って下さいよ! どこに馬車隠すようなところがあるんですかッ」


 馬車が走っているのは草原で、木立があっても道から外れ過ぎている。


「な、なら戦うべきだ! 馬車を止め、剣を抜き、我らが武勇を世に問うのだ!!」

「俺らじゃ秒殺だ、ボケェッ!!」

「グガー!」

 的外れな隊長の提案に思わず俺とドラゴンの口調は荒くなった。諦めに基づく玉砕など冗談ではない。驚いて黙った隊長に畳み掛けてしまう。

「それとも何か、隊長サン一人でアイツら全員と戦ってくれるのか? 倒してくれるのか? 勝てないまでも足止め出来んのかッ!?」

 隊長が目をまん丸にしたまま首を横に振り続ける。

 さらに追い討ちをかけるべく顔を近付けようとした俺を、ガリガリが止めた。

「落ち着いてくださいカインドさん。防御魔法で馬車を守りながら逃げる訳ですね?」

 俺と隊長のダメっぷりを見て、自分がしっかりしないといけないとでも思ったのか、ガリガリの目には知性の光が戻っていた。こういう戦意の上げ方もあるのかもしれない。

 俺はガリガリに向き直り、その細い目を真っ直ぐに見据えて言った。

「……失礼しました……。――そう、逃げ切るのが目的ではなく、時間を稼ぐわけです。ルースが戻ってくるまでなら何とか出来ませんか?」

「……ルースさん次第ですか……。でも、これ以上の案はないでしょうね。やるだけやってみましょう」

 ガリガリが緊張した表情ながら、しっかりと頷いた。


 言われるまでもなく、俺の案はルース次第、いや、ルース頼りだ。自分も含めた上で、アイツ以外に敵を倒せるだけの戦士がいないのだから、当然ではある。

 だが、そんな戦力や駒として以上に、俺はいつの間にか、ルースを絶対的に信用し始めていた。



*****

 ルースは視界の端で、<舞い散る毬栗(バモベクナッド)>の爆発と、その為に急停止せざるを得なかった盗賊たちを確認した。

 馬車を蹴って飛び出した勢いがあるうちに左手で<空駆ける矢(トギルフ・タサフ)>を描き、上空100mほどで羽ばたいている鳥に向かって行く。

 鳥はおそらく、サンダーバード。雷色の羽を持つ巨大な鷲だ。体長は3mほど、翼を広げると15mを超えることもある。

 そして、その背にはヒトが乗っていた。鞍らしき物まで備え付けていることから、先日のオルトロス同様、魔獣使いによる襲撃なのだろう。


 ――ヒトが一人乗っていたところで大した違いはない。一交錯で一体ずつ、出来るだけ早く、殺す。


 手前に位置するサンダーバードの首に狙いを絞り、最大限魔力を込めた<空駆ける矢(トギルフ・タサフ)>の勢いをそのままぶつけるつもりで大剣を引き絞る。

「ハァッ!」

 気合声と共に振るわれた黒い大剣は、敵に届く前に弾かれた。鉄と鉄をぶつけたような音が響く。

「――ッ!?」

「ただの魔物と一緒にされるたぁ、舐められたもんだぜ!」

 サンダーバードの背に乗った男が笑いながら叫んだ。右手を前に突き出している。その掌から50cmほどのところに、半透明の塊が淡く光っていた。一辺1mほどでダイヤ状の板のような形をしている。

 白魔法<菱形鉄壁(ダイヤ・アイロン)>だ。使用魔力の割りに堅く、扱いやすい防御魔術。その魔力の盾は、一度発動させれば、掌の向きや腕の動きで好きなように移動させることが出来る。

 突撃の勢いを完全に殺されたルースは、一瞬身動きが取れなくなった。黒魔法の飛行術は馬力が少ない。

 サンダーバードが羽ばたいた。距離を取るように、後方へ移動する。

「!!」

 考えるより先にルースの体が動いた。大剣を弾かれて流れた体勢を利用して、そこから体を捻る。上下反転しつつ、目線は上空へ。

 すぐそこに、もう一匹のサンダーバードが飛び込んでくるのが見える。こちらの乗り手は滑稽なほど長い槍を持っていた。

「くっ!」

 ルースはさらに体を捻り、手足を畳んだ。

 ブーツの端を穂先がかする。風切り音と共にサンダーバードがすぐそこを通り過ぎていく。


 今ならやれるか。


 ルースは呪紋を描き、槍を持った敵の背中に狙いを絞る。精神集中の為、術名を叫んだ。

「<打ち抜く煉瓦(ウォールド・テルーブ)>ッ!」

 黒い雷が轟音と共に奔った。

 ルースの声で気付いたらしく、こちらを見て驚愕の表情を浮かべるサンダーバードの乗り手。この距離とタイミングで避けることは出来ない――筈だった。

 魔力弾の射線上に飛び込んでくる影。そしてガラスが割れるような破砕音。

「――ッ!?」

 ルースの<打ち抜く煉瓦(ウォールド・テルーブ)>は再度、<菱形鉄壁(ダイヤ・アイロン)>に防がれていた。『槍持ち』を『盾』が守った形だ。

 しかし、向こうも損失がなかった訳ではない。

「一撃で砕けるとかありえねーよッ!? 何だコイツ!」

 二十代前半と思しき乗り手が大声で嘆く。

 例え<菱形鉄壁(ダイヤ・アイロン)>が優秀な防御魔術で、使い手が常に魔力を補充できる状況であろうとも、防ぎきれる限界は存在する。ルースの<打ち抜く煉瓦(ウォールド・テルーブ)>とそこに込められた魔力量が、敵の<菱形鉄壁(ダイヤ・アイロン)>を砕いたのだ。

 ルースは端正な顔を顰めた。


 ――やりづらい。


 敵は得意分野を活かし互いを助け合うことで、攻め込まれる隙を減らす戦法だ。元々多対一に慣れていないルースにはどこから崩していいものかわからない。しかも、観察や対策に時間をかけられない状況である。


 脅威だとは思わないが、やりづらい。未明の襲撃でも痛感したことだった。

*****



 馬車の速度は相当なものになっている。普段の俺なら、頼むからもっとゆっくり、と泣いて頼むような速さだ。しかし、明らかな敵意害意を持って集団が追いかけてくる状況では、そうもいかない。


「もっとスピード出ないんですかっ!」

 御者台に向かって叫ぶと、ムキムキがより大きな声で怒鳴り返してきた。

「ムチャ言うなッ!! これまで事故ってねぇのが奇跡なんだよッ!!」

 ルークセントの道がいくら整備されていると言っても、延々と平らな道が続いている訳ではない。その上、馬で走り抜けるには何の問題もないような段差や、避ければ済む小石が、二頭立ての馬車には致命的になり得るのだ。

 ムキムキの言ったことの方が正論である。


「グァッ」

 突然、ドラゴンの子供が鳴いた。

 そして、ダン、と叩きつけるような音が響く。

「!」

 車中に嫌な沈黙が下りる。

 天井に空いた穴から、俺は恐る恐る頭を出した。

 馬車後部の板に、矢が突き刺さり、びぃんと震えているのが見えた。

 さらに視線を後ろに移動させると、小さく見える十五人ほどの騎馬集団。ルースの<舞い散る毬栗(バモベクナッド)>で一旦離れた襲撃者との距離は、もうほぼ取り返されていた。

 攻撃が再開される。

「ガリガ――……ゴゥラさん、お願いします!」

「今変なコト言いかけませんでした? まぁ、いいですけど」

 馬車内で座ったままのガリガリが、両手を様々な形に組み替える。後方に向かって両腕を伸ばし、術名を口にした。

「行きます、<大円硝子(サークル・グラス)>ッ!」

 馬車の後ろギリギリに円形の防御結界が形成された。直径は3m弱といったところか。ルースが使った<断ち隔てる皿(エタラペス・ドレイス)>とは違い、ほぼ透明で、こちらからも向こうからも相手が見える。


「この術はそれほど防御力は高くありません! ただの矢なら十数本同時に当たっても大丈夫ですが、魔法だとヘタをすれば一発で砕けます! マズそうな時の警告や、砕けた時のフォローをお願いしますよ!」

 話を聞いているだけで不安が増してくるが、魔法を使うのはガリガリだ。彼の判断を信じるしかない。

 白魔法は、衝撃を受けると劣化していき、限界を超えると砕ける。劣化は魔力を補充することで完全な状態に戻るのだが、強力な術ほど当然補充にも魔力をたくさん必要とするらしい。数発防いでガリガリの魔力が尽きました、では笑い話にもならない。

 防げる範囲と盾としての堅さ、術のランクと使用魔力量のバランス、いつまでどれぐらい続くかわからない戦闘、そして後方の確認のしやすさ等を踏まえた上で、<大円硝子(サークル・グラス)>を選んだのだ。


「グアー!」

 もはや攻撃警報装置となっているドラゴンの子供が鳴き声を上げ、<大円硝子(サークル・グラス)>に三本の矢が突き刺さった。

「来ました! これぐらいなら大丈夫ですよね!?」

「ええ、魔法に注意して下さい!」

 車内のガリガリが緊張した表情で答えた。ちなみに隊長は頭を抱えて座り込んでいる。

 敵との距離は300m程度だろうか。

 土煙を上げて追いかけて来る集団から一頭の馬が飛び出した。見るからに魔法使い然としたローブ姿の男が乗っている。突き出した片手のすぐ前に、大人の頭ほどの炎の塊が見える。

「魔法です! 多分、<火炎の球>!」

 数条の矢と共に発射された<火炎の球>は、矢よりは数秒遅れて<大円硝子(サークル・グラス)>にぶつかった。

 透明な防御魔法が一面炎で塗り上げられる。<大円硝子(サークル・グラス)>に突き刺さったままだった矢が一気に燃えた。遠くから見ているヒトがいれば、馬車の後ろに円形の炎を背負っているように見えただろう。

「ヒィィィ~!」

「余裕はありませんが、これぐらいなら耐えられます!」

 隊長の悲鳴を無視して、それ以上の声量でガリガリが叫んだ。


 精霊魔法としては一般的なランクである<火炎の球>は、見た目に派手でも、攻撃力はそれほどでもない筈だ。それが一発でもう余裕がない、となると。

「……っ」

 俺は生唾を飲み込んだ。これは厳しいかもしれない。


 勢いが激しい分、炎が消えるのも早かった。

 今度は魔銃を構えた男たちも前に出て来るのを確認。

「魔銃! <貫く枯れ葉(ハサー・テルーブ)>三発!」

 降り注ぐ矢と共に、黒い光が三本<大円硝子(サークル・グラス)>に当たる。

「ぐぅぅ!」

 ガリガリの呻り声。声の感じからするとこの辺りがギリギリ限界か。

「グァッ!」

 俺の肩に乗ったドラゴンの子供が尻尾で俺を叩いた。これまでにはない行動に、俺は慌てて集団に意識を集中する。

 一瞬、先頭を走る魔法使いが光ったのかと思った。

 まるで炎が集まるように、空に伸ばした両手の先へ集まっていく。やがて馬の全長よりも長い炎の槍が出来上がった。

 ゾクっと全身に鳥肌が立つ。

「で、デカイの来ます! <紅蓮の炎槍>ッ!!」

 魔法使いが投げつけた炎の槍は、いきなりスピードを上げ、一直線に<大円硝子(サークル・グラス)>に飛び込んで来た。<火炎の球>の倍以上の炎が吹き上がる。

 俺はあまりの眩しさに一瞬目をつぶってしまった。

 パキィィィン、と皿を落としたような音がして、慌てて目を開く。

 透明な防御魔法は粉々に砕け、炎と共に消えていく。


「ヒィィィヤアアアアァァァ~!!」

 隊長の曰く言いがたい悲鳴。気持ちは良くわかるが凄くウザい。


 矢が馬車の後部に当たり始める。まだ数は多くないものの、やがて馬や御者台まで届くことになるだろう。

「牽制お願いします!!」

「はい!」

 ガリガリの怒号に答え、魔銃を構える。狙いは正面の魔法使い。出鱈目に連射する。元々このサイズの魔銃では遠距離射撃には向かないので牽制目的だ。

 だが、俺には珍しい幸運が訪れ、六発の<貫く枯れ葉(ハサー・テルーブ)>のうち一発が、一頭の馬に当たった。かなりの速度で走っている集団では良くあることで、倒れた馬がもう一頭を巻き込み、転げ回る。欲を言えば魔法使いか、それでなくても魔銃を持った奴だと良かったが……どうも違うらしい。

 ルースが空で戦っている今、反撃されるとは思っていなかったのか、脱落者が出たことで慎重になったのか、敵集団は少しスピードを落とした。


「お待たせしました! 行けます、<大円硝子(サークル・グラス)>!」

 やけに頼もしく聞こえるガリガリの声と同時に、透明な円盤が復活する。

「はぁ~――」

 俺は穴から出した胸から上を、馬車の屋根に投げ出した。安堵のため息が出てくる。

「――あ」

 ため息を終える前に、気付いてしまった。


 魔法使いを倒さない限り、<大円硝子(サークル・グラス)>は一撃で破壊されてしまう、という事実に。



*****

 ルースは<空駆ける矢(トギルフ・タサフ)>を描き、落下の勢いと併せて速度を上げる。

 敵もこちらを伺いながら、孤を描くように一定の距離を保つ。『盾』は手印を忙しく組み砕けた<菱形鉄壁(ダイヤ・アイロン)>をもう一度発動、『槍持ち』は鞍の上で体勢を整え、再度の攻防に備えていた。


 時間が惜しい。ルースは敵の上空を取ろうと体を上に向けた。

 二匹のサンダーバードも高度を稼ごうとするが、加速した<空駆ける矢(トギルフ・タサフ)>には敵わない。

 魔力を限界まで込めて、今度は『槍持ち』に向かう。

 しかし、あと一瞬というところで<菱形鉄壁(ダイヤ・アイロン)>に阻まれた。

「……っ!」

 攻撃は失敗に終わったが位置的に『槍持ち』が来ることはない。どう攻めたものかと、ルースはすでに次の攻撃に気持ちが移っていた。至近距離で敵と鍔迫り合いをしている時には致命的な油断である。

 『盾持ち』は不敵に笑うと、右手をこちらに向けたまま、左手で曲がった筒状のモノを抜いた。


 カインドが持っているモノより一回り大きな――魔銃だった。


「なッ!?」

「驚くようなことか!? 基本だろうがよ!」

 驚愕で一瞬動きが止まったルースに向かって、敵は突き放すように笑い、引き金を引いた。

 奇しくも、撃ち出されたのは<打ち抜く煉瓦(ウォールド・テルーブ)>だった。ルースの放ったものより魔力は弱いのか、黒い雷の幅は短いが、この状況では避けられない。

「くぅっ!」

 ルースは呻り、弾かれた大剣を強引に体の前に引き寄せた。流れに逆らった力任せの動作に筋肉が悲鳴を上げた。それでも何とか、射線上に構えることに成功する。

 直後に着弾。

 板に水をぶちまけたような音がして、<打ち抜く煉瓦(ウォールド・テルーブ)>は軌道を変えた。体を掠るようにして明後日の方向へ飛んで行く。

「ぉお……っ!」

 しかし、衝撃を殺すまでは出来ず、ルースは吹き飛ばされた。

「何ィいっ!?」

 会心の射撃を無効化された『盾』が叫んだ。

「魔剣か? 聖剣か!? 冗談じゃッねぇぞ!」

 驚愕と怒りを混ぜたような表情で<打ち抜く煉瓦(ウォールド・テルーブ)>を連射してくる。

 五発撃たれた魔弾を、ルースは弾き、流し、全て捌ききった。先ほどより距離があるのだ、不意を突かれることがなければこのぐらいは対処出来る。

 ということは。


 迅速に倒す為には――こちらが向こうの不意を突かなければならないのか。


 ルースは覚悟を決めた。

*****



「――サ、<大円硝子(サークル・グラス)>……ッ!!」

 ガリガリの悲鳴じみた叫びが響いた。


 これで彼が発動させた<大円硝子(サークル・グラス)>は四回目になる。

 敵はこちらの狙いと対策に気付いた様で、馬車への攻撃というよりは<大円硝子(サークル・グラス)>を砕くことに専念している。敵魔法使いは、嫌になるほどの勤勉さで、休むことなく<紅蓮の炎槍>を放って来るのだ。

 こうなるとガリガリと敵魔法使いとの総魔力量(スタミナ)勝負という形になる。

 そして、ガリガリはあまり総魔力量(スタミナ)は多くないらしい。

 当然弓矢や魔銃での攻撃も続いているので、こちらの分はさらに悪い。大部分が<大円硝子(サークル・グラス)>で防がれているというのに、馬車の後部にはすでに数十本の矢が突き刺さっている。それほどの射撃から馬車を守っているのだ、使われる魔力も相当なものだろう。

 俺は、魔銃を持った右腕で馬車の屋根に寄り掛かり、震える左手で剣帯に下げられたポーチから魔弾を取り出した。そろそろ魔弾も尽きそうだ。

 防御魔法がない間の牽制もこれで三回。こちらからの射撃で倒せたのは初回の幸運による二人だけで、未だ集団の人数は十人以上いる。


 絶望の嗚咽を漏らしそうになるのを堪えて後ろを見ると、敵との距離は100m近くにまで迫っていた。もう十分顔の判別が出来る距離だ。

 俺は枯れ始めた喉に鞭打って叫んだ。

「――<貫く枯れ葉(ハサー・テルーブ)>三発!」

 ここまで近付いてわかったのだが、向こうの魔銃は長距離用の大きなもので、タイミングを合わせかなり正確に撃ってくる。救いがあるとすれば、どうも連射は出来ないらしい、ということぐらいだ。

 <貫く枯れ葉(ハサー・テルーブ)>が<大円硝子(サークル・グラス)>に当たり、弾けた。

「そろそろ魔力が尽きます……! ルースさんはまだですか……っ!」

 ガリガリの悲痛な叫びに、こちらもあまり変わらない声色で怒鳴り返す。

「まだです! あと何回<大円硝子(サークル・グラス)>使えますッ!?」

「一回と半分!!」

 そんなことを確認している間にも、魔法使いが次の<紅蓮の炎槍>を用意している。

「来ました、<紅蓮の炎槍>です!」

「コレ砕かれたら、次ので最後ですよォォ!?」

 一度立て直したと思われたガリガリの精神が、また恐慌の色を帯び始めた。

 それでも敵は待ってくれない。

 炎が空気を切り裂く不思議な音を伴って、<紅蓮の炎槍>が<大円硝子(サークル・グラス)>を完膚なきまでに砕く。

 ガリガリが次の<大円硝子(サークル・グラス)>を用意するまで、牽制しなければ。

 これまでと同じように魔銃を構えた俺は、敵の動きが変わったことに気が付いた。


「二手に分かれる……!?」


 敵は五、六頭ずつの集団に分かれ、それぞれ道の端の方へ移動し始めた。

 かなり距離が迫ったことで何かしようというのか、業を煮やして強硬手段に出る為か、こちらの魔力が尽きかけているのを察したか。

 何にせよ、どちらも近付けるわけにはいかない。


 今日何発目になるか分からない<貫く枯れ葉(ハサー・テルーブ)>を、今度は当てずっぽうではなく、狙って撃った。標的は向かって右側を走る集団の先頭。

 一発、二発は外れ。

 しかし、距離が縮まったからか、三発目が馬に当たった。またしても倒れた馬が他の馬を巻き込み、三匹が転げ回って道に取り残される。

「――っしゃ!」

 俺は思わず拳を握り締めて喜んでしまった。


 次の瞬間――。

「グァーッ!!」

 どこか焦ったようなドラゴンの鳴き声が聞こえたと思ったら、左肩に衝撃。矢ではない。敵の魔銃による<貫く枯れ葉(ハサー・テルーブ)>だ。撃ったのはどっち側の誰だ。貫通したというよりは抉られたと言った方が近く、その分出血が多い。そこまで確認したところで痛みを感じた。

 屋根に顔を押し付けるようにして呻いてしまう。

「――ッ!! ぐううううう……!」

「グァ! グアー!」

 何とか悲鳴を上げるのを我慢するが、ドラゴンの子供が騒いだ。

 憲兵達がまたパニックになるかもしれない。静かにしてくれ。


「サ……ッ、<大円硝子(サークル・グラス)>ッ……!」

 息も絶え絶えの声でガリガリが言った。これが最後というのは、大げさではないのだろう。

 痛みに耐えながら、視線を上げ、敵を確認すると、左側の集団が強く光っていた。

 ……何で後がない今になって間隔が短いんだよっ!?

 炎の槍を掲げた魔法使いが他の者を追い抜き、先頭になる。

 <紅蓮の炎槍>が発射された。

「……っ」

 俺は、ただただ息を呑み、迫ってくる炎を眺める。

 ガリガリに警告することも忘れてしまっていた。


 絶望で痛みすら忘れてるんだ、しょうがないじゃないか。

9月22日初稿


2015年8月17日 指摘を受けて誤字修正

矢が馬車の後部や → 馬車の後部に

<打ち抜く煉瓦>は起動を変えた → 軌道を変えた

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 2021年8月2日、講談社様より書籍化しました。よろしくお願いします。
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