7.お国柄談話
「――という訳でですね、このドラゴンの子は森で拾ったんですよ」
「ぐあー」
馬車の中、俺はドラゴンを拾った経緯を語り終えた。
卵から孵った場面や、オルトロス諸共盗賊たちをこんがり焼き尽くした熱線のあたりをぼかした為、実際起こった事の半分ほどしか伝えていない。それでも嘘は最小限だ。
襲撃をやり過ごした後、当然のことながら村は大騒ぎになったが、隊長が強引に出発を主張し、結局俺たちは王都への旅を再開していた。
そんなこんなで、昨日よりもやや早く出発した馬車の中、ドラゴンについて説明を求められたわけだ。
「龍種がそんなに人懐っこいなんて話は聞いたことがありませんねぇ……」
ガリガリが呟く。今朝の襲撃以来、何となく気安くなっている。やはり同じ窮地を経験すれば互いに情も沸くというものだ。
そんなガリガリが橋渡しとなり、隊長やムキムキとも会話が成立したこともあって、車内の空気は昨日よりずっと穏やかだった。
「我が国でも、龍に乗れるのは極一部の騎士のみだ。それほど貴重で重要なものなのだ。それをこんな若造が……」
隊長は、今朝の失態以来、不機嫌だった。しかも、部下たちにすら、それを取り合ってもらえていない。
拗ねたおっさんの皮肉を遮って、俺は言った。
「この魔獣騎兵で有名なルークセントでも、龍種は珍しいものなのですか?」
「当たり前だ。虎の子の飛竜部隊で十体、輸送にも使われる陸戦竜でも十五体ほどと言われている」
「繁殖も難しいらしいんです。主力というほどのものでもありませんし、実際は名誉職に近いものですから、国民の目に触れることも極稀なんですよ。昔は、野生の目撃例――というか被害なんかも多かったんですけどね。今ではさっぱりです」
「そうなんですか……」
ルークセントと言えば、飛竜部隊がすぐに思いつく外国人の俺には、ちょっと衝撃的な事実だ。アレイド・アークの冒険譚――飛竜部隊がアレイドたちに協力し、ヒト数人と飛竜が混成編隊飛行を行う場面――に目を輝かせたものだったのだが。
「私でも数年前の軍事パレードで初めて龍を見たんだぞ。それをその辺で拾ってきただのと……」
また隊長がぶつくさ言い出した。ガリガリが苦笑しつつ口を開く。
「崩御されたウッドウェイン王陛下最後の年の軍事パレードですね。私も見たかったなぁ。あれ以降ないんですよね」
早足で進む馬車の小窓から外を覗けば、広い平野が見渡せる。基本的に起伏の多い土地であるラチハークではあまりお目にかかれない光景だ。
春前で旅をするには適した時期なので、すれ違う馬車も多い。
「ラチハークでは魔物を軍事力とすることを嫌がっていますから。そういった軍事パレードがあっても、大型魔獣なんて見ることもありません」
ちらりと故郷の事を考えた所為か、思わずそんな言葉が出ていた。
「ああ、ラチハークの出身だったか……。あそこはドワーフが多いと聞いたことがあるが」
そう言えば、俺とルースの名前だけしか教えてなかったか。まともな自己紹介をするような雰囲気じゃなかったからなぁ。観察眼がある者なら、俺の鎧についている紋章で、国どころか地域まで一発でわかるだろうが、隊長にそんな眼はなかったらしい。
「ラチハークの王族にはドワーフの血が流れていますからね。国ではヒト種といえば、人間とドワーフでした。といっても大きな街に下りてくるドワーフはそれほど多くないですよ」
「我がルークセントではドワーフはほとんど見ないな。一部付き合いがあるのがエルフとホビット。獣人は大昔多かったそうだが、今では外見だけでソレとわかる者は少なくなった」
「エルフですか……。見たことないなぁ。綺麗なんでしょうねぇ」
「アレは確かに美しいぞ。ただ全体的に細すぎる。私などはもっとこう凹凸があるほうが――」
隊長が瓢箪の形を両手で描く。はるか昔から、男同士の親睦を深めるのに下世話な話は欠かせないと決まっている。
俺たちが友情を深めようとソッチ系に話題を持っていこうとしたその時、怒号で馬車が震えた。
「――そんな話を、している場合かっ!!」
それまでずっと黙っていたルースだった。和み始めたばかりだった車内の空気が凍りつく。
「暗殺者は確実に我々を狙っていたんだぞ! 相手の分析や対策ぐらいしたらどうだ!! 不安がる村人の訴えを、重要な任務があるからと耳を貸さず出発したのは、猥談をする為かっ!!」
ルースはとても滑舌がいいし、声もよく通る。しかも抑揚まであって、最後の締めに最も声が大きくなるよう計算されているかのようだ。
確かに朝、村を出発する時からルースは不機嫌だった。隊長が愚痴を言うタイプならルースは黙るタイプらしい。ずっと抱えていた怒りが、俺たちの会話で爆発したのだろう。猥談というほどのものではなかったとは思うが、イライラした奴は小さなことでも別の大きな何かのように感じるものだ。
一頻り吠えたルースが息をついたのを逃さず、俺が弁解を試みた。
「確かに下世話な話をしすぎた。でもな、今朝のアレコレを気にしすぎるのもどうかと思うんだ。結果としては無傷で倒せたわけだし……」
「あんなの運が良かっただけだ! この子がいなかったらあの村は半分吹き飛んでいたし、カインド、君はさらにもう一回死んでいたんだぞ!」
「グアーッ」
フードに納まっていたドラゴンまで攻めるように鳴き声を上げた。
その辺の話題を避けていたのは事実だ。
俺としては助けを求めて、憲兵たちに視線を送るしかない。
「出発までに簡単な見分はしたが、目ぼしい成果はなかった。魔法爆雷は爆発した一つだけだったし、全員しっかり事切れていたのだから、残った所で、別の憲兵隊が到着するまで待っていることしか出来なかっただろう」
隊長が口を開き、ガリガリが続ける。
「それに、貴方たちを王都の本部へ連れて行くのが重要な任務なのは、嘘偽りのない真実ですよ。調査の為に足止めをされるより、早く王都に行って、そこで報告をした方が無駄が省かれます」
実質ルースは俺たち全員にとって命の恩人だ。憲兵たちも自然と態度が改まっている。
理屈の伴ったそこそこ真摯な態度の二人に、ルースの勢いは若干弱まった。
「はぁ~~。なら、出発については仕方なかったとしよう……。しかしだな、襲撃を受けたその日に、相手や状況に関して、話題にもしないのは兵士――いや、戦士としてどうなんだ?」
憲兵たちに対しても当たり前のようにタメ口を使うルース。俺などはハラハラしてしまうのだが、憲兵たちはわりと順応しているのか、その辺りを問題視していないようだった。
「そうは言っても、実際に戦ったのは貴方とカインドさんが主ですし……。接触があった私でも、連中が何者で何が目的だったのか、一切心当たりはありません」
ガリガリの言葉に、ルースは軽く顎に手を添え、思案の表情を浮かべる。そんな何気ない仕草が絵になる奴である。
「ならヘルハウンドだ。ほぼ完全に支配下に置かれていたし、数匹での連携も完璧だった。僕はあのような使役の仕方は聞いたこともない。この国では当たり前のことなのか?」
「一般的にはどうか知りませんが、軍では当たり前ですよ。突撃兵と一緒にヘルハウンドを敵陣に突っ込ませたり、隠れている敵兵をあぶり出したりするわけです」
ルースはガリガリの言った情報を整理しているのか反応しない。俺は自分の考えを言ってみた。
「ということは軍属から外されたはみ出し者が、ああいう仕事をしている可能性もあるわけですね」
ガリガリが渋い顔で答える。
「有り得ないとは言い切れない、ぐらいですかねぇ……。魔獣使いとして必要な技術や魔法を軍で覚えたとしても、ヘルハウンド自体を用意する必要はあるわけですし」
「除隊の際に持ち出すのは重罪だしな」
隊長が相槌を打つ。
少しの沈黙の後、ルースが誰に言うとでもなく呟いた。
「……それでも、奴らの動きは連携が取れていた。一人一人はそれほどの使い手ではなかったが、互いに補い合う形を崩さなかった。こちらとしても、出来るだけ多数を引き止めなければならなかったから、攻め手に欠けたんだ」
「お前も足止めされていたってことか?」
「悔しいが、そうなる。敵と僕とで利害が一致してしまった訳だ。今相手取っている者を逃がさない、という利害だ」
「そうなると……、奴らの目的はルース以外、になるのか? 実際のところ、宿に侵入したのは暗殺者一人とヘルハウンド一匹だったから、そっちの方が片手間なのかと思ってたけど」
憲兵たちは俺たちの会話に聞き入っている。
「奇襲をしようとしていたところを僕が迎え撃ったんだ。向こうにしてみれば一人と一匹を侵入させるのが精一杯だった、と見るのが自然じゃないかな。逆に僕が標的だったとしたら、全員で向かってくればいいわけだし」
「ふぅむ……。そもそも、俺たちの誰が標的だろうと、殺すことが目的なら、あの魔法爆雷で一発吹っ飛ばすのが一番手っ取り早い筈だもんなぁ」
「そういえば、その魔法爆雷? それは簡単に手に入る物なのか?」
ルースの疑問に答えたのはガリガリだった。
「魔法爆雷自体は街で普通に売られてますよ。と言っても、あんな威力はありませんけど。一般で手に入る物だとCクラスの<弾ける傘>ぐらいの威力が限界です。それ以上となるとやはり裏社会か……軍関係になりますね」
黒魔法の<弾ける傘>は爆裂系では中位にあたる。至近距離なら体がバラバラになるぐらい、近距離なら手足が飛ばされるぐらい、少し距離があると爆風で転がされるぐらいの威力だ。上手く使えば家一軒ぐらいなら壊せるかもしれないが、村全体を巻き込むような魔法では決してない。
やっぱりルークセントでも、あの威力は異常だったのか。魔道具の加工で言えばラチハークが最も技術が進んでいる。そんなラチハークで育った俺にもあの威力は完全に想定外だったのだ。その辺の暗殺者が持ち歩けるような品ではないと思っていた。
それぞれ考え込んでいるのか車内が静かになる。馬の蹄が立てる音と、軋む車輪の音。
俺は一つため息をついて、口を開いた。
「結局のところ、決め手に欠けるってのがわかっただけですね。現状では相手が誰なのか、まで行きつけません。目的が何なのか、さえはっきりとはわからないんですから」
「我がルークセントでは徒に憲兵に弓引くような輩はいない。となれば、目的はお前たちではないのか?」
他より多く憲兵がいるサートレイトみたいな大きな街でも、襲撃受けてましたけどね。
俺は皮肉を呑み込んで、隊長に言った。
「私はただの兵士見習いで、旅の身の上ですよ。考えられるとすれば、この従者が先日滅ぼした盗賊団あたりですが……」
「恨みか……。しかしあの盗賊団は完膚無きまでに叩き潰されて、その上我が隊で調査にも乗り込んだんだぞ。仮に生き残りがいたとしても、逃げ回るのに必死でお前たちの動向を探るどころでもないだろう」
「それに付け加えると、この従者の強さを目の当たりにしたら、あの程度の戦力でどうこう出来るなんて思いませんよね。残りの我々はともかく」
ルースを見れば得意げに胸を張っていやがる。
ガリガリが片手を上げた。
「あと可能性がありそうなのは……そのドラゴンの子供ですかねぇ」
「グァ?」
俺の肩に前足を乗せたドラゴンが軽く首をかしげた。
龍種が珍しいものだとすれば、それも有り得るか。ほとんどフードの中で動かないとはいえ、食事の時にはテーブルに出ている。たまたまそれを見た者が良からぬことを考えても不思議はない。
或いは、盗賊団に卵があり、それがすでにアジトにないことを知る人物が、繋がりを辿って行って――これはちょっと苦しいか。
それでもルースへの恨みよりはしっくり来るような。
「――何にせよ、暗殺者共は全滅。今日にも王都に着く。もう襲われるような心配はあるまい」
もはや議論に飽きたのか、隊長がまとめらしきものを言い放った。
そう言われると、荒事ばかり続いた所為で気が立っているだけ、とも思えてくる。隊長が言ったように憲兵相手に襲撃をかけるような輩はそうはいないだろう。明確な答えが出ないアレコレを考えて唸っているよりも、まずは――そう、さっさと王都へ向かい、報告を澄ませ、風呂でも浴びる。ルースとはそれでお別れだろう。ドラゴンのことはそれから考えて、ユミル学院への旅を再開しなければならない。
ぼんやりとそんなことを思案していると、フードの中身が突然暴れ出した。
「グアーッ!」
「な、何だっ!?」
思わず身を捩って叫んでしまう俺。
「クッ。どうした、カイ――」
笑いをこらえた様子でこちらを見たルースが、途中で言葉を切った。いつの間にか真剣な表情になって、辺りを見回す。
「――速度を上げろッ!!」
「はい?」
ガリガリは何も飲み込めていないのか、呆けた表情で呟いた。おそらく俺と隊長も同じ顔をしているだろう。
「そうそう有り得ない筈の! 襲撃だッ!!」
ルースが高らかにそう言い放った瞬間、窓の外が赤く染まった。
爆音と衝撃。
俺は堪え切れずにルースに倒れ込んでしまう。華奢な割に柔らかい。アレか、使う為に鍛え上げられた筋肉は乙女の柔肌のように柔らかい、とかいうアレか。
「――っ! さ、さっさと、退く!」
一瞬ぼんやりしていると、ルースに押し退けられ、何とか身体を支えるという情けない格好になった。
「な、ななな!」
「何事ですかっ!」
憲兵たちも必死に自分の体を支えながら叫んでいた。
御者台と車内に挟まれた窓からムキムキが顔を出す。
「無事か!? 何かの魔法による爆発らしい!」
「爆発ぐらいは予想がつきます! 攻撃ですかっ!?」
「はっきり言ってわからん!」
憲兵たちも混乱しているのか要領を得ない。
「とにかく速度を上げろ! 隊長っ、悪いがこの馬車、穴を開けるぞ!」
脇の下から赤い短刀を抜き放ったルースは、それを天井に向かって振るった。一瞬のうちに、人が一人、楽に通り抜けられる綺麗な円形の穴が出来上がる。
「隊の備品がぁ!」
「それどころじゃないっ!」
隊長の嘆きを一蹴し、ルースは自分で開けた穴から屋根へ飛び出した。
「――二発目、来るぞっ!!」
さっきよりもでかい――いや、近い衝撃。扉の窓に使われていたガラスが砕け散る。
「ぃやぁぁぁあああああああああ!!」
隊長の甲高い悲鳴がウザくて、自分で悲鳴を上げる暇がなかった。
割れたガラスの破片が車内に飛び散った。怖い。心の底から怖い。それでも状況を知りたくて、ルースが開けた穴から顔だけを出した。
馬車の後方に立ち上る砂塵がまず見えた。そして、何頭もの馬とそれに乗る武装した男たちが小さく確認出来る。距離はまだ1kmぐらいあるだろうか。
「頭を引っ込めろっ、カインド!!」
屋根にしゃがみ込んでいたルースが強引に俺の頭を押し込む。すぐに爆音が響いた。しかし音は大きかったが衝撃はそれほどでもない。
車内で首を竦めている俺に、ガリガリが詰め寄ってくる。
「何なんですか、これはっ?」
「ルースの言う通り、賊の襲撃に間違いありません」
「何故だっ!? おかしいぞこんなことは!!」
隊長の嘆きを無視し、もう一度穴から顔を出す。
「この爆発はアイツらの魔法攻撃なのか?」
「いや、どうやら上空にもいるようだな。あのアイテム――魔法爆雷と言ったか、あれらしい。小さい上に透明だからかなり近くまで落ちてこないと確認出来ないんだ」
空を見上げると、影が二つ見える。距離がありそうなのに小さいということは、巨大な何かが上空にいるということだろう。
「……魔法で防ぐことは?」
「僕が防御に専念しているうちに、アレが追い付くぞ」
後方から迫ってくる集団のことか。確かに先ほどより距離が縮まっていた。俺たちの乗る馬車も相当な速度になっているが、向こうはおそらく馬一頭に一人、こちらは馬二頭で五人プラス馬車そのものの重さまである。そのうち追い付かれるのは火を見るより明らかだ。
「それなら……、お前は先に空の方を排除した方がいいな。出来るか?」
「楽勝だ、僕一人なら。でも、君たちを守るのは難し――また来たっ! 今度は後ろからだ!」
ルースの腕が霞み、一瞬にして空中に紋章が描かれる。<断ち隔てる皿>だった。後ろから馬車を隠すように、黒い円盤状の魔力障壁が現れる。今度は音も衝撃もなかった。矢や魔弾での攻撃だったらしいが、全て<断ち隔てる皿>が防いだのだろう。
「……っ!」
しかし、一本の矢が障壁の上を超えて、俺の顔のすぐ横に突き立った。全身に鳥肌。うん、これは、最低一人は腕のいい射手がいるってことだな。
内心の動揺を表に出さないよう、俺は口を開いた。
「や、やっぱり空の方を早く何とかするべきだ。馬か馬車にイイのをもらったら逃げることも出来なくなるだろうし。後ろから来るってことは爆発系の攻撃はしづらいだろ」
何とか普段通りの口調で言った提案に、ルースは不安そうな顔を見せた。
「……本当に大丈夫か?」
「魔銃で牽制すれば何とかなる、かもな。心配なら、焦らない程度に急いで、空のをやっつけてくれ」
無理やり口の端を持ち上げて笑う。ルースは一瞬顔をしかめたが、馬車の上で大剣を抜き放った。空いた左手ではすでに複雑な紋章を描いていた。
「一発<舞い散る毬栗>を放ったら、空の敵に向かう。上空からの攻撃は完璧に阻止してみせるけど、あまり無茶はするなよ、カインド!」
「了解、頼んだ!」
「ぐあー!」
俺とドラゴンの激励に、ルースはにっこりと輝くような笑みを返した。
こんな状況でなければ絵師に頼んで絵画にしてもらいたいほどの笑顔だった。
「行くぞ!!」
ルースが<舞い散る毬栗>を後ろの集団へ投げつけ、馬車の屋根を蹴る。
それと同時に、俺は頭を引っ込めた。
9月19日初稿