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6.未明の火柱

 開いたドアから飛び出してきた影に、思わず発砲したことだけは自覚出来た。


「ギャン!」

 影は、尻もちをついていたガリガリの体をかすめるように、石の廊下に倒れ伏した。

 黒い大型犬のような外見。開いたままの赤い瞳。おそらくはヘルハウンドと呼ばれる魔犬だろう。やはり開いたままの口の奥には燻るような炎が見えた。しかし、それもすぐに消えていく。

 横倒しになったその眉間には、俺が撃った<貫く枯れ葉(ハサー・テルーブ)>によって穿たれた穴があった。

「――っ、っぁ……」

 声も出ないガリガリは座り込んだまま、動かない。

「……ハッ、ア、ふぅ~」

 俺もまた荒い息をつくしかない。今のは完全にたまたまだった。たまたま構えていた所にヘルハウンドが現れ、たまたま驚いた筋肉が勝手に動いただけだ。ついでに、たまたま転んだガリガリが射線上から外れていた、という幸運もあるだろう。


 それでも、いつまでも幸運と成果に浸ってはいられない。


 乾いた口を無理やり動かし、震える手でガリガリの腕をとる。

「しっかりしてくださいよ、ゴゥラさん」

「……な、名前教えました……っけ」

「今さっき、ここで名乗ったでしょう?」

「そういえばそうですね。ハ、ハハ。腰が抜けてしまいました……」

 自嘲的に笑うガリガリを立たせ、ほとんどお互い寄りかかるようにして部屋に入る。

 部屋には月明かりが少し差し込んでいて、廊下よりも少しだけ明るかった。俺たちに宛がわれた部屋よりもやや広く、しっかりとした机や本棚などが並んでいて、生活感がある。

 そしてベッドは上掛けが膨らんだまま。

「すみませ――」

 主に声をかけようとして、気付く。

 ガリガリが呼びかけても返事がなかったこと、部屋からヘルハウンドが飛び出してきたことからして、主の生存は絶望的だ。

 しかし、上掛けが動いた。

「ぐ……むぅ……」

 微かな月明かりの中良く目を凝らせば、恰幅のいい中年が猿轡を噛まされた状態で眠っている。

 慌ててベッドに駆け寄った俺は、大声を出さないようにしていたのも忘れていた。

「おい! だいじょ――」


 呼びかける言葉を最後まで言う前に、視界の隅に動くモノ、そして銀色の光を見た、気がした。

 次の瞬間には金属を打ち合わせるような音と仰け反る様な衝撃。

「フガゥッ!!」


 部屋の隅に潜んでいた何者かが、俺の右の首筋に向かってナイフを振り下ろした。だが、その刃を、フードから顔を出したドラゴンが、その小さな口と牙でしっかりと受け止めたのだ。

「――う」

 ドラゴンの子がいなければ、その小さな口が届かない場所を狙われていたら、そもそもコイツが俺を守る気がなかったら。ほんの些細な違いで確実に俺は死んでいた。その恐怖と、意外にもまだ萎えない戦う気持ち。異なる感情が荒れ狂っていて、頭の中はもはや真っ白だ。

「うううぅぅぅああっ!」

 暴れ出しそうになる感情を押し殺しながら、襲撃者へ向かってほとんど当てずっぽうに魔銃を撃つ。一発、二発、三発、四発。

「ちぃ!」

 襲撃者の舌打ちが聞こえた。転がるような動きで全てあっさり避けられる。この至近距離だと射撃能力ではなく、格闘能力の方がより重要なのだろう。俺は狩りはしたことがあっても本格的な戦闘訓練を受けたことはない。

 だが、襲撃者は避ける為にナイフを手放していた。彼の得物はドラゴンがその口にがっちりと咥えたままだ。この状況で諦めるわけにはいかない。

 少しでも距離を取ろうと床を蹴る。

 その時、完全に忘れていたガリガリの声が響いた。

「――<拘束鎖錠(バインド・チェーン)>!!」

 俺の後方から、白い鎖が飛び出した。鎖はまるで生きているように襲撃者に巻き付き、その体を引き倒す。

 うつ伏せになった男の顔が驚愕と屈辱に歪んでいるのが見えた。彼にとっても、ガリガリからの攻撃は予想外だったのだろう。暗殺者は当たり障りのない服装に平凡な髪型だった。街中で見かけても気にも留めないような普通さだ。しかしその目はあくまでも殺気を持ってこちらを見ていた。

 ガリガリは両手に白く輝く鎖を握り締め、座り込みながらも必死に引き寄せている。

 白魔法<拘束鎖錠バインド・チェーン>。大ぶりの鎖を魔力によって編み上げ、対象を縛り上げる。それほど高位の術ではなく、込める魔力によって拘束力が上下する為に、術者の技量が如実に表れる。

「ぬぅぅぅう!」

 上半身を魔力の鎖に束縛された暗殺者がもがく。

「ぐぅううう!」

 ガリガリも汗だくで唸っていた。抵抗があればそれだけ消費される魔力が大きいのだろう。


 敵はまだ諦めていない。味方は焦っている。

 それなら、俺に出来ることは――。


 ドウン、と。

 俺は残っていた最後の一発で、暗殺者の眉間に<貫く枯れ葉(ハサー・テルーブ)>を撃ち込んだ。

「――」

 ガリガリが呆けた顔でこちらを見る。いまだ<拘束鎖錠バインド・チェーン>を消していないことからも混乱していることがわかる。こういう時には命令してやった方が精神が立ち直りやすいだろう。俺は、震えだした指で何とか弾倉に魔弾を込め直しつつ、言った。

「まだいるかもしれません。特に廊下側を注意して、見ておいてくれますか」

 衝撃と恐怖はまだ口にまで届いていないらしい。

 何とか冷静に聞こえる声が出せたことにほっとする。

「――……あ、は、はいっ」

 慌てて立ち上がり、ガリガリはドアへ向かう。

 俺はベッドへ駆け寄った。

「大丈夫ですか!?」

「……むぅぅ……」

 宿の主は目を覚ましていた。体を小刻みに揺らす。良く見れば口の猿轡だけでなく、両腕を後ろ手に、足も揃えてしっかりと縛られている。ほどこうにも固すぎてほどけない。

「グ」

 ドラゴンが肩口から顔を乗り出して、咥えたままのナイフを差し出してくる。ついさっき自分を殺しかけた刃物を受け取って、俺は言った。

「ああ、そりゃ刃物が一番だ、頭イイな。さっきのも含めて、ありがとう」

「グァ!」

 暗殺者のナイフはやはり切れ味が良かった。猿轡も手足を拘束していた縄もあっさりと切れる。

「……あ、ありがとうございました……」

「事態はある程度理解しているんですね。ただ、お礼を言うのはまだ早いですよ。今日の宿泊客は?」

「サートレイトの憲兵様方だけ……です……。雇い人も、通いの者ばかり……なので……」

 何度も頭を振るって、主は必死な様子だった。それでも、どもっている。

「わかりました。急いで隊長のところへ向かいましょう」


 ベッドから下りる宿の主人に手を貸し、ガリガリの待つドアへ。ガリガリは真剣な表情に戻っていた。ちらりと主を見ると囁く。

「怪我もないようで何より」

「……あ、はい。憲兵様のおかげです」

 憔悴した様子の主人は少し反応が悪い。眠いのを無理して起きている子供のような――。

「何か薬品でも嗅がされましたか?」

「あ、ええと……。そんな気も……」

 俺の質問に対しても、あまり明確な答えが返ってこない。自分の判断を口にした。

「これだけ前後不覚だと、我々の間に挟むようにして行かないと……」

「そうですね。先頭は――」

「先頭は私がいいでしょう。この場では私の魔銃が一番有効のようです」

 ガリガリが何か言おうとするのを制して、自分の考えを押し通す。

「いや、それは」

 ガリガリにはガリガリの憲兵としてのプライドもあるだろうが、はっきり言って、どっちが先でも大した違いはない。それなら、ドラゴンがすぐそばにいる俺の方が死角が少なくなるだろう。さっきのようなラッキーだって期待出来ないわけではない。

「次にご主人。しんがりに、えーと、ゴゥラさん。何かあれば先ほどのように援護お願いしますね」

 言うだけ言って、さっさとドアを出る。こういう時には、先に行動することで主導権を取ってしまうのが、一番手っ取り早い。


 ヘルハウンドの死体を跨がないように廊下へ。それでも俺のブーツは、ぴちゃりと液体を踏んだ。ざわりと全身に鳥肌が立つ。

「…………」

 魔銃を構えながら慎重に廊下を進んでいく。ガリガリはなかなか息が整わないし、宿の主人が何度もふらつき大きな音を立てる。怒鳴りつけたくなるのを押し殺して、空中に張られた縄を渡るように、ほとんど摺り足で歩く。

 さっきまでも緊張していたが、本当に襲撃されたことで、今の緊張は段違いだった。恐怖と興奮。すぐそこに暗殺者がいてもおかしくないような気がして、何度も確認してしまう。

 助かったのは、視界にドラゴンの子供がいたことだ。俺の肩に前足を乗せ、キョロキョロと顔を動かして周りを警戒してくれている。はっきり言ってガリガリよりも頼もしい上に、愛嬌があって千切れそうな緊張感がほんの少し解れる効果もあった。


 普段なら数分で済む距離を、どれぐらい時間をかけて移動したのか。隊長の部屋に辿り着いた頃には、俺は汗だくだった。

「ふぅ~~…………」

 大きく息を吐いたガリガリが小さくノックをする。俺はまだ警戒を解く気にはなれなかった。魔銃を構えたまま中からの返事を待つ。

 ドアは普通に開いた。

「うぉっ! 何だ何だ!?」

 出てきたムキムキは驚きの声を上げた。

 ガリガリは飛び退いて白魔法の印を組もうと必死になっているし、俺は俺で魔銃をムキムキの額に向けて今にも撃ち出す姿勢だったのだ。

「襲撃されてるってのに……。何ですか、そのノンキな反応は」

「いや、それが」

 ムキムキは歯切れが悪い。しかし、そんなこと知ったことじゃなかった。

「とにかく、中へ」

 俺は全員を促した。どこから何が来るかわからない廊下より部屋の中の方がずっと安心出来る。


 薄暗い程度の部屋は俺たちがいた所よりかなり広い。ベッドも大きく、寝椅子や低い机もあって豪華だ。机の上には空になった瓶が何本も――。

 酒の臭いが鼻についた。さらに大きな鼾が耳に届く。


「貴方……まだ隊長起こしてなかったんですかっ!?」

「何度も呼びかけたんだが……。御覧の通りだ、すまん」

 頭を抱えるガリガリと恐縮するムキムキの隣を過ぎ去り、俺はベッドまで歩み寄った。

 大変幸せそうな顔で眠る隊長。縞模様の寝巻きに、ご丁寧に三角のナイトキャップまでつけている。

「……んごぁ、ぷふぅ~……」

 俺は強く握ったままだった魔銃をゆっくりと振り上げ――。


 グリップの底を隊長の鳩尾に叩き込んだ。

「ぐもっっぱがはッ!」

 隊長は跳ね起きた。確かにこの方法は効果的だ。

「おいおい」

「ま、仕方ありませんね」

 ムキムキとガリガリがそれぞれ呟く。この反応が隊長の普段の行いを表している気がする。

「なっ、何事だっ!?」

「静かに。現在我々は襲撃を受けています。私の従者が外に出て大半を相手にしていますが、全員を抑える保証はありません。現に、この宿の主人の部屋には、暗殺者が潜んでいました。とにかく一か所に集まった方が危険が少ないという判断で、この部屋に集まったわけです。説明は以上です。よろしいですか?」

「う……うむ……」

 俺の静かな怒りに怯んだのか、隊長はあっさり頷いた。もう少し何か言い出すかと思っていたので、普通にありがたい。よく考えると起こさない方が良かった気もしてきたけれど。

 ガリガリが隊長とムキムキに先ほどの戦闘を報告している間に、俺は窓にそっと近付いた。


「グゥ……」

 ドラゴンもフードから顔を出し、窓を覗き込もうとする。構われると嫌がる割に、ルースを心配する程度には仲間意識を持っていたようだ。

 窓はガラスだったが、それほど透明度は高くない。顔をつけるようにして、外を確認しようとしたその時。


 にょっこりと、人影が現れた。

「うぉわっ!!?」

「――!?」

 俺の大声に、室内が緊張に満たされる。俺はすでに魔銃を抜いていたし、隊長はベッドから転げ落ちた。

「僕だ」

 たった一言でもすぐにわかる、高く、良く響く声。人影はルースだった。慌てて魔銃を降ろし、声をかける。

「脅かすなよ……」

「カインドッ! 大丈夫か!? 気配だけじゃ状況が掴めなくなってきた頃に、君の大声が聞こえたものだから――」

「何とか大丈夫だ。そっちの首尾は?」

「外にいた連中は全て片付けた。屋内に入ったのは、おそらく一人と――」

「一人と一匹は倒したぞ」

 ルースの台詞から、外からの脅威はないと判断し、俺は窓を開いた。

 巨大な剣を肩に担いだままのルースが、顔を突っ込むようにして近付けてくる。真剣な表情で、俺の足元から頭まで、何度も確認された。

「はぁあああ。無傷のようだな。奴らが思ったよりも強くて……、君をチョロチョロさせるんじゃなかったと後悔していたんだ」

「チョロチョロて」

 ルースも見る限り無傷のようだ。


 続いていた緊張がゆるみかけた瞬間、うつ伏せに倒れていた暗殺者と思しき人間が動いたのが見えた。手にはガラス玉のようなものを持ち、それをこちらに投げつけようと構えている。

「ルース、走れぇえ!」

 叫ぶのと魔銃を構えるのを同時に。

 俺の視線を読んだのか、まだ生きていた暗殺者にルースが弾かれたように走っていくのと、俺が<貫く枯れ葉(ハサー・テルーブ)>を撃つのも、同時だった。

 さすがのルースも<貫く枯れ葉(ハサー・テルーブ)>より速くは走れないのか、暗殺者にとどめを刺したのは俺が撃った魔弾だ。しかし、それで終わりにはならない。事切れた男の手から零れ落ちたガラス玉のようなモノは――魔法爆雷だ。例え衝撃がなくとも、封印を解けば、任意の時間後に爆発させることが出来る。封印が解けているか否か確かめている余裕はない。

「そのガラス玉は卵が割れる程度の衝撃でも爆発する! 壊さず、出来るだけ遠くへ!!」

「何て注文だ!」

 ルースは大剣の切っ先を地面に突き刺し、魔法爆雷を地面の一部ごと持ち上げ、そのまま器用にそれを投げ飛ばした。


 ……真上に向かって。


「ここに落ちてくるだろうがボケぇ――――ッ!」

「あ。そうか」

 ぼんやりと呟くルースに構っている暇はない。

 慌てて窓から飛び出し、魔銃を白み始めた空に向かって構えた。俺は貴族の割に目がいい方だし、明るくなってきたのが幸いした。朝日の光を反射しながら魔法爆雷が上がっていくのが微かに見える。

 一発。外れた。二発。外れ。三発。当たらない。四発。ダメだ。かなり高い位置とはいえ、落ちてくるのを確認。ほとんど祈りながら五発。距離が近くなればそれだけ難易度も下がるだろうが……。

 もう一度引き金を引くも弾切れ。残弾数も忘れるほど焦っていては、再装填だってもたつく。

「僕も!」

 いつの間にかすぐ隣にいたルースが叫び、一瞬で空中に紋章を描く。<踊る枝葉(エクナズ・テルーブ)>だ。<貫く枯れ葉(ハサー・テルーブ)>を五発以上同時に発動させる上位術である。本来なら、タイミングや軌道を少しずつ変えた連続射出で相手を捉える術だが、ルースはそれを一気に上に向かって放った。

 それでも魔法爆雷に当たっていない。

「ぬぅぅ、くそうっ!」

 珍しくルースが毒づいた。正確に狙いをつけるのが苦手なのだろうか。

 俺も装填が終わった魔銃をもう一度空に向かって構える。もう一発撃ってダメなら避難を考えないと危ない。


「グァッ」

 引き金を引こうとした時、ドラゴンがフードから俺の頭に移動した。前足が額辺りにかかり、腹の温かさが後頭部に感じられる。

「今忙しいんだ! 遊んでる暇は――」


「グゥゥゥゥラアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 ドラゴンが鳴いた。

 この小さな体のどこからこんな大きな声が出てくるんだっていうぐらいの大声だ。


 その鳴き声に導かれるかのように、俺の頭上に、炎が渦巻く。魔法陣か、と思った瞬間、空気が弾けた。

 炎の魔法陣から天に向かって、俺の腕ぐらいの太さがある赤い光が立ち上る。ほんの一瞬でどこまでも伸びていく、まるで水が地面から空に向かって落ちていくかのようだ。


「!!?」

 爆発した、と確認した時には視界のほとんどが黒く染まる。次いで、衝撃。世界が揺れた。よろけて倒れ込みそうになる俺をルースが支えてくれた。

「これは――」

「黒魔法の上位防御術<断ち隔てる皿(エタラペス・ドレイス)>だ。防御力は高いんだが……」

 円盤状の黒い盾のようなものが俺たちの頭上を覆っている。直径は3m以上。普通なら至近距離で魔法爆雷が炸裂してもビクともしないだけの防御力があるのだろう。

 しかし、頭上以外からの衝撃が思わずコケそうになるほど凄かったのだ。

「お前のおかげで助かったと言うべきなんだろうけど……。いくらなんでも威力強すぎじゃねぇの?」

 俺の頭から下り、肩に前足を置いて顔を覗き込んでくるドラゴンに愚痴る。

「グァ~っ」

「いや、この衝撃はあのアイテムのものだ。この子のアレは、おそらく<烈火の柱>のような高温射撃魔法に近い。爆発するような特性は一切感じられなかった」

 やや畏怖の混じる顔でルースは言った。ある程度以上の魔法使いは、見た目や結果だけでなく、気配だけでその魔術の特性や構成を見抜くことも出来るという。精霊魔法の<烈火の柱>に近いということなら、今のはドラゴンが精霊に呼びかけた、ということだろうか?


 たっぷり一分ほど待ってルースは<断ち隔てる皿(エタラペス・ドレイス)>を解除した。軽くため息をついて呟く。

「しかし……あんな小さなアイテムでこれほどの爆発を起こせるものなのか?」

 空にはまだ黒い煙というか粉塵というか、黒雲が大きすぎてまるですぐそこに漂っているかのようだった。

 風が強く、木々は振り回されている。慌てて周りを見れば、宿の屋根は一部色が変わっている。瓦が吹き飛ばされたらしい。村の方でも、人々が家から出てくるのが見える。建物が倒れてしまうようなことはなくても、窓が割れたり、屋根が飛ばされたりしたのかもしれない。何より家畜が怯える気配が俺にも感じとれるほどだ。

「全く知らなかったから助かった。ごく至近距離だったらマズかったかもしれない」

「いや、俺の想定していた規模よりはるかに威力が強い……。防御魔法なんて必要ない、せいぜい軽い衝撃を感じる程度の影響で止めようとして、焦ってたんだ」

 空を見上げたまま言う俺の肩を、ルースは何度も叩いた。

「それでも、結果的には助けられたさ。意外と度胸があるじゃないかっ」

 何が嬉しいのか、声が弾んでいる。どうでもいいけど肩が痛い。

「度胸というより暴走に近いと思うぞ。コイツが助けてくれなかったら一回は確実に死んでただろうからな」

 俺は反対側の肩にいるドラゴンを親指で指し示した。

「グァ」

「そうか。君も偉いぞ、ドラゴン君」

 あまり俺の言葉を聞いていない様子で、ルースがドラゴンの頭を撫でる。子ドラゴンも今は大人しく身を任せている。


 太陽が顔を出し始め、空は赤く染まっている。笑顔の美形と可愛らしい小動物。まさに絵になる光景だった。

 後ろには人間とヘルハウンドのゴロゴロ死体が転がっていたのだけれど。

「いやー、参りましたねコレは」

「俺にゃあ状況がさっぱりわからん」

 ガリガリとムキムキの声が響く。呆けたような表情で、窓から身を乗り出し、外を見上げていた。

 俺たちは慌てて窓に駆け寄り、訪ねた。

「ここのご主人と隊長さんは?」

「主はまた寝入っています。外傷は見受けられないのでやはり薬品の類でしょうね。隊長は……」

「さっきの爆発でひっくり返って気絶しちまったよ」

 つ、使えねぇ……。

 思わずルースと顔を見合わせる。やっぱり起こす必要なかったな。

「ところで」

 呆れ果てる俺たちに、ガリガリが気まずそうに切り出した。

「――その肩の魔物が何なのか、聞いてもいいですか?」


「「あ」」


 俺とルースはもう一度お互いの顔を見る破目になってしまった。

9月16日初稿


2013年8月25日報告を受けて誤字修正

おかげで助かったと言うべきんだろうけど→言うべきなんだろうけど

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