【たまに、兄もわからない】
きっかけは、私が幼い頃に、叔父が借りてきたビデオ。
白黒というほどではないが、年季の入ったカンフー映画だった。
なんかストーリーもありきたりである。
素晴らしかったのは熱血漢の主人公の青年―――ではなく、やられ役のチンピラが『覚えてろよ!』とテンプレな台詞を吐き、チンピラの身長よりもかなり高い柵を手を使わずに蹴りだけで、超えていくシーンだ。
びっくりした。
おぉい!三下なのに、主人公が追いかけられないような柵越えちゃうってどうよ!
しかも、そんな柵を越えられない主人公に蹴り三発で倒されるの!?
その時は、それだけで終わった―――が、数年後。
あの場面と同じぐらいの高さの柵を発見し、妙にやる気になった。
やはり思った通り、今の私では無理だった。
壁を蹴って、柵にしがみついてよじ登れば、超えられないこともないが、あの場面とはまるで違う。
しかし、まったく可能性がないわけではない感じだ。
超人集団の筆頭である兄を、ぎゃふんと言わせて、やろうじゃないか。
鞄が重いけど、あれだ。
よく漫画の主人公が、重しつけている感じで丁度良いじゃないか。
ファミレスの美人だけど、いつもダルそうな気配を漂わせている店員さんと、一度だけ彼女の勘違いで、話をしたことがある。
最初はただタバコをふかせている程度だった。
勘違い後は、私の何時か兄を越すであろう修行を優しく見守っていてくれている。
やぱり、見ていてくれる人がいると、俄然やる気がでる。
というか、なんか途中で、眼鏡をかけたおっさん店員が増えたけど……まぁ、害がないならどうでもいいか。応援団が増えたと思えば。
―――ついに、手を使わずに超えたぜ!
思わずにやにやと、だらしの無い顔になってしまったのは言うまでも無い。
+ + +
タイトル:みせたいものがある [壁|_-)
本文:忙しいと思うけど、ちょびっと時間ちょーだい m(。・ε・。)m
まぁ、大したことじゃないけど、仕事終わって余裕があったら、鬼大橋十番通りの十字路に来てほしいのさぁ ヾ(・ω・o)
もし駄目だったらメール頂戴よろしく(^○^)/
+ + +
合間に、目の痛くなるデコの張り巡らされたメールを見ながら、俺は『遂に女か!』と囃し立てる同僚の誘いを適当に断って、鬼大橋十番通りの十字路へとむかった。
すでに周囲は暗くなっており、居酒屋などのネオンで眩い光を灯していた。
色の暗い緑のパーカーを着て、フードを深くかぶった小さな不審人物。
携帯を弄りながら、時々眼鏡を光らせて、よくみると時々、口の端を痙攣させている。たぶん、にやにやしているのだろう。
よくこの時間で補導されなかったものだと思いながら、近寄った。
途中で俺に気がついたのか、仁王立ちしていた末の妹がちょっぴりドヤ顔で、びしっと俺を指差した。
「んで、どうした?」
この頃は落ち着いたが、前まで色々と馬鹿な事をやらかしていたので、すぐ下の妹とは違い、恐ろしく不安だ。
また自分を囮に俺に対する不穏分子の炙り出しとかしてるんじゃねぇだろうな。
などと、僅かに勘繰ってしまう。
母が『やられる前にやれば、一番安全なのよぅ』なんて教えたせいだろう。
後始末が大変な上に、妹の綱渡りが正直心配だ。
今更ながら、自分がやっていた無茶な事が、家族に対して、どれくらい心配をかけていたのか思い知ってもいる。
……まぁ、それでもやっちゃうんだけど。
一人心地でいると、一度鼻息を荒くした後、いつも通りの無表情になった末の妹は身を翻して、早歩きで迷うことなく進んでいる。
その背中は、楽しそうだし、時々スキップ交じりである。
よっぽどなのか近い通行人が一瞬びくっとなっているのにも気がつかないようだった。
無表情で半スキップって。
この雰囲気だと、大したことではなさそうだ。
今の末の妹の現状を表すとするなら、『猫が取ってきた鼠を得意げに飼い主に見せびらかしている』といったぐらいだろう。
細い通りに入り、親指をぐいと裏路地に向けた。
どうやら見せたいものというのは、この裏路地にあるらしい。
割と長い道だというのに、街頭が一本しかない裏路地は薄暗く、不気味な空気を漂わせているが、末の妹は迷わず全速力で走り出した。
裏路地の先には高いフェンスがあり、どうやらそこを飛び越えるようだ。
高く飛び上がると三角跳びのように、ビルの壁を蹴り上げて、高いフェンスを足蹴に、飛び越えていった。
膝をクッションにして、勢いを殺し、空き地らしき場所に降り立つ。
どうやら、その先に見せたいものがあるらしい。
「よ、いせっと」
俺も、通勤鞄を手にしていたので、末の妹同様にビルの壁を蹴って、足だけでフェンスを越え――――たのだが、末の妹は何故か地面に膝と両手をついていた。
携帯で変換したら『 ○| ̄|_ 』みたいな体制だ。
まさか地面に何かあるのかと、屈んで注意深く眺めたが、特にない。
やはり見たまんま、分かりやすく凹んでいるらしい。
「あ~……すまん。コンビニで肉まんでも食べるか」
どうやら、俺が末の妹のなんらかの地雷をふんでしまったようだった。
察するにタップダンス並みに連打で踏みまくったらしい。
無言のまま、しばし時が流れ、同じ体制のまま、『………チョコバナナまん』と呟いたので、そのまま襟首を掴んでコンビニまで向かうこととなった。
「私の、私の三年――――…」
「あ?なんかいったか?」
「…………べつに、もう、どうでもいい」
沈みっぱなしの末の妹の為に、週末にファミレスに家族でご飯を食べに行くことにした。
末の妹は先ほどの路地に近いファミレスがいいと、なぜか指定してくる。
無表情ではあるが、体の僅かな動きと顔の筋肉の痙攣や、感情豊かだった昔の性格から推測することはできるが、情報量が少ない場合は理解できない。
たぶん、今回もなにか頑張っていたのだろう。
それを俺が踏みにじったか?
時々、不思議な行動をするのは、いつまでたっても直らない。
顔はけっこう可愛いのに、仕事以外ではなんつー愛想の悪さだ。
新しく赴任した店の、一日目の彼女の感想だった。
俺はしがない全国規模に展開するファミレスの店長だ。
店長なんて、給料が正社員の中でもちょっといいだけで、誰かがやらかした責任を押し付けられ、金にならない残業し、厄介ごとで、胃薬が欠かせない。
正直、しんどい。
それでも、俺は望んで店長へとなった。
学生時代バイトしていた先が、このファミレスで、店長はかなりアタリだった。この人は接客は勿論、レジも、調理も、果てはゴミ投げや、買出し、皿洗いまで、忙しい部署を率先してこなし、見るからに少ない店員だけで、一つの店をまわしていた。親父ギャグで場を和ませる事もあるし、忙しいと気が立って、喧嘩の一つでも起きそうなものだが、一度もなく、どこか『あの店長のためなら、休日出勤でも、残業でも喜んでしよう』と思える人だった。
貧乏学生だった俺に『もしご飯食べる金もないなら、閉店後にきなさい。皿洗いしてくれるんなら、残り物でよければ、好きなだけ食べていいから』と笑って言うぐらいだ。
俺はあんな人になりたくて、かなりの若さで店長に上り詰めたというのに………あの女!
しかし、彼女も学生時代からのバイトで長く、ケアレスミスがあるものの、店の事なら、備品から他人のシフトまで把握しているし、無愛想だというのに、仕事は真面目でサボらないし、意外と面倒見がいい。
ある日、大量のコンビニオヤツを抱え、少し困ったように、くすくす笑っている彼女がいた。……くそ、そんな顔できるなら、いつもそうしてろ!……食べきれないとドーナッツをもらったが、食べきれないならなぜ買った。
不思議に思いながら問うと、はぐらかされ、空気を読んで話をあわせる。考えてみれば、プライベートな話をするのは初めてだった。
それから、終わりが一緒のシフトがあり、居酒屋で飲むようになり―――微妙に、あの顔で親父臭い所があって妙にウマが合う―――変な話を聞いた。
ファミレスの裏に面したフェンスを壁を蹴って、越えていく女子高生がいるとのことだ。
馬鹿な!二メートルはあるだろう!
さすがに反論すると、なんでも流す彼女がさらっと珍しくムキになって反論するので、確認すると―――超えていた!ってか、もうちょっとで絶対あれ、手を使わずに超えるぞ!
「………なんか、前にあんなカンフー映画みた気ぃする」
名前が思い出せなかったため、『使えない、痴呆症め』と鬼の形相で舌打ちされた―――この女!まじクビにすんぞ!冗談だけど!―――でも、後日、名前が分かって、映画館でやってるっていったら、花咲いたみてぇに、頬染めて、笑いやがって!誘っちまった!デートに誘っちまった上に―――こいつデートだと、ぜんぜん気がついてねぇ!
――――とある店長と、アルバイト店員