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【あるファミレス店員と、ある女子高生】

 軽い足音。

 通り抜ける風。



 時刻は16時―――数分前後はするものの、ここ一ヶ月、変わらない。

 





 私はしがないウエイトレスだ。


 高卒では就職は難しいと両親からごり押しされてなんとか三流大学まで出た。


 だというのに不運なことに超氷河期にぶち当たり就職などあるはずもなく、10社、20社と入社試験を受けて、50社のあたりで諦めた。


 大学に入るころから、薄々予感はしていた。


 最初の数通は『どこが悪かったんだろう』とか『やっぱり緊張で噛んだのが』と悩み続け、友人達が次々と受かっていく中、不採用通知を何十通と受け取るたびに自己否定されたようで、ミジンコ並のプライドすらズタズタとなった。


 別に高望みしていたわけじゃない。


 多少ならサービス残業だってする気概だったし、ボーナスも雀の涙ほどあれば、満足であった。


 結局、就職できずに卒業。


 大学のバイトであった全国チェーンの大型ファミレスのパートを続けている。


 就職したらやめようと思っていたが、時間を増やしてもらえば一人で食べていけないことはない。

 

 ただ元々人付き合いがいいってわけでもないし、ミスも多くて、新しい店長には『何年やってるんだ』なんて怒鳴られて、面白くない仕事だった。



 休憩時間に、裏路地に面した窓を開けて煙草に火をつける。

 この狭い休憩室にも、独特の臭いが残らないようにしなければならない。


 貧しい生活の唯一の嗜好品で、喫煙者の少ない職場では、灰皿はあるものの、肩身の狭い思いをする。


 他のビルとビルの間の奥まった広くない裏路地で、この先は空き地と他の大きな通りへの近道ではあるが、高いフェンスで袋の小路である。


 窓の外は私の人生のようだ。


 細い裏路地。

 袋小路。

 

 フェンスの隙間から向こう側が見えるのに、その先に進むことはできない。


 だが幸い人通りはなく、煙草をたしなめる者もいない。

 窓の横に社員用の出入り口はあるが、出て行くほどの元気もない。



 そんな中、主婦バイトが一人やめて穴埋めの為に雇った学生バイトが遅番を希望したため、遅番主体だった私は昼から夕方までの中番に変更となった。


 理由はそんなもんだ。

 別にどうでもよかった気がする。


 ため息のように燻ぶる白煙を吐き出すと、それを巻き込んで目の前を通り過ぎる風。



 ―――あの子だ。



 窓を開け一服してると、走り去る少女があるのだ。


 土日以外の週三回。  

 ランダム。


 勢いのまま、フェンス横のビルの壁を蹴った。

 三角飛びのよう見える。


 ビルの壁に靴の汚れなのか、摩擦で靴底が解けたのか、黒い点が刻まれた。


 その跳躍のまま、フェンスにしがみ付く。

 一番上のパイプの部分を掴み、跨ぐ様にして、あっさりと超えていった。

 

 ひらり、と自分が女子高生だった時代よりも長いスカートから膝丈ほどまでのスパッツが目に入った。



 時間にして十数秒。



 フェンスは少女より高く、手を伸ばしても届かないぐらいだろう。

 もし上るとすると(ダイア)が並んでいるような鉄柵をよじ登るぐらしかないと思っていたが。


 若さなのか、器用なのか、身体能力が違うのか。



 ぱっと見、簡単そうだ。



 私の通勤の近道になると思ってやってみたが……結果はいうまでもなく。


 ビルの壁をつかって高く飛び上がるなど無理である。スニーカーだからできるとか、なに考えているんだ私。


 超えられずに、着地に失敗して足を捻った。


 しかも少女は教科書などがつまっているであろうメッセンジャーバックを背負っていたので、カバンに財布と携帯と化粧道具しか入っていない私よりも難易度は高いはずだ。


 制服から考えると、少女は一区先のバス停近くの高校の学生なのだろう。

 このファミレスにも同じ学生服をきた少年少女が多く来る。


 運動部―――それも、陸上部とかに入ればいい仕事をしそうだが、この時間に帰宅しているということは、部活には入っていないのだろう。


 昨日と変わらない日常の一コマ。

 特に何かが変化するわけでもなく、淡々とした毎日を過ごしていた。



 身体能力の高い、ちょっと変わった女子高校生。



 日差しで肌が焼けないかとか、今日は風が強いな程度の認識で、なにかあるわけではなく、さらに月日が過ぎた。




  +  +  +




 或る日の休日。


 気楽な学生バイトが急遽休み、二連休はおじゃん。


 明日が出勤というだけで、憂鬱な気持ちを抱えたまま、一日中寝て過ごそうと思っていた。


 というのに、煙草が切れたため、夕方に重い腰を上げた。


 コンビニでレタスとチーズのサンドイッチとパックの紅茶、デザートに100円のエクレア。煙草を買って外に踏み出した時だ。


 眼前を風が通りすぎた。




「ぁ」




 休憩室から見る女子高校生じゃないか。


 またしても走っている。


 その私の声に反応して、ちらと視線がこちらを向いたような気がした―――が気がしただけで、錯覚だったかもしれない。


 止まることもなく走りぬけ、その背後を男子高校生が追いかけている。

 同じ高校の制服ではないが、明らかに不良グループである。


 鼻ピアス、モヒカン、金髪。


 彼らが身にまとった貴金属(アクセサリー)のジャラジャラした音。女子高校生に投げられる怒声。総勢6名の明瞭な敵意。暴力的な空気。


 涼しい顔の少女とは違い、不良たちは額から汗を流し、息も絶え絶えに追い立てている。


 背負っているメッセンジャーバックは間違いなく少女だろう。



 私はそれを呆然と見送った。




   +  +  +




 次の日の出勤。


 私はご飯もソコソコに、直に休憩室の窓を開けた。


 気になりすぎて、今や中堅ウエイトレスだというのに、休憩前は注文の個数ミスなんて、初歩的なミスをしてしまった。



 まさかアレが鬼ごっこというわけでは、ないだろう。


 

 さすがにあの後、団体を追いかける勇気はなかったが、彼女の安否は気になった。捕まったら、ただでは済まなそうだ。

 

 関係ないとはいえ、良心がチクチクする。


 こう、同じ時間に同じバスに乗っている人が、交通事故に巻き込まれたのを遠巻きに見ているような感じだ。


 自分に非はないが、妙な罪悪感があるのだ。



 日本人だからか?



 しかし、私のそんな心を知ってか知らずか、少女はほぼ時間通りに、いつもと変わらず目の前を通りすぎていったのだが―――




「あっ」



 

 私が放った一音に、数歩通りすぎて彼女が止まり、首だけ振り返った。


 髪が短いせいか中性的で、そこそこ整った顔立ちではあるようにも思えるが、地味な印象を受ける。 


 ここら辺の女子高校生にしてはスカートは膝下だし、足元は履きこまれたスニーカー。


 特徴といえば、眼鏡をかけているくらい。

 鮮やかに彩るヘアピンもなく、ピアスもつけていないし、髪の毛も染めているわけではない。



 クラスに一人ぐらいはいるだろう。

 数年後の同窓会で、顔は記憶にはあるけど、まったく名前が思い出せないというような。

 


 無表情で、眼鏡の奥の瞳は硝子球みたいに感情の色を伺えない。

 

 

 なんと言葉にしていいかわからぬまま、暫し見詰め合ったまま、彼女は興味をなくしたように、ふい、と真っ直ぐ前を向いて走っていた。


 彼女がビルの壁を蹴る。


 できた黒い点は、最初の頃よりも三十センチ近く、上になっている。

 慣れてきたのか、コツを掴んだのかどんどん高く飛翔しているのだろう。


 鉄柵と接する時間も少なくなっている。



 まるで猫のようだ。



 ただ、彼女は走り出してから、小首を傾げていたのが、妙に印象に残った。


 どのような表情をしていたのかは知らないが、ともかく彼女が無事だったことに、ちょっとだけ痛んでいた良心が治まる。



 ひとまずの満足を得て、休憩前のミスを取り戻すかのように働いた。

 スマイル0円。サービス満点である。


 仕事が終わり服を着替えているとき、脳裏を過ぎる。


 もしかして、ここを走っているのは、昨日のような不良グループを避けるためではないのか、と。


 また良心がちょっぴり痛みだした。




  +  +  +




 次の日、彼女は来なかった。

 もう二回通り抜けていたが、週に三度は通るので今日か、明日は来るだろう。



 案の定翌日に、煙草に火をつけて直に、風が吹いた。


 意を決して、声を上げた。




「ねぇ」




 通りすぎていたが、彼女はやはり首だけ振り返る。

 やっぱり感情の伺えない硝子玉のような黒い瞳がじっと、こちらを見ていた。



 野生の動物が遠くの人間との距離を測るように。



 たとえば、こちらが一歩、深く踏み込んだだけで、軽快に身を翻すような気配が漂っている。




「あの、さ……えーと、ちょっとでいいなら匿ってあげようか?」




 後15分ぐらいなら、休憩室に誰も来ないし、静かで、内緒にしてくれるならだけど、とシドロモドロになりながら。


 妙に汗をかいているような気がした。

 子供が友達を作りたくてはじめて知らない子供に話しかけるような緊迫感である。

 

 ウエイトレスの時は仕事なので、笑顔でハキハキ喋れるのに。


 まるで、脚本にないアドリブを無理やり付け足そうとして空回っている役者みたいに、噛んだ。


 彼女は少し後に、表情を変えずに、首を横に振った。



 

「そっか」




 考えてみれば、いきなり見知らぬ女に話しかけられて驚くだろう。

 それも、今までは素通りしてきたのだし。


 断られたのだ。

 

 なんにもしないで、ウジウジと悩んでいるよりはよかったかもしれない。と精一杯の勇気を自分を慰めておく。


 彼女はぺこり、と頭を下げて走り出し、途中で一度振り返って目が合うともう一度頭を下げて、軽々と柵を乗り越えていった。


 とりあえず、悪い気はしていないといいなと思った。





  +  +  +





 次の日、再び彼女が走ってきて驚いた。

 もう今週は三回来たので、通り抜けはしないだろうと思っていたからだ。


 異例の四度目。


 私が休みの時も走っているかもしれないので、見かけるのが少ないときがあっても多いときはない。


 彼女は珍しく目の前で止まると、手をつきだしてきた。




「……ツマラナイもの、ですが」 




 相変わらずの無表情で、コンビニの袋を唐突に突き出してきた。




「えっ、ぁ……くれるの?」




 ぐい、と少し強引に押し出されて、煙草を落とさぬように受け取る。

 そのまま彼女は走って、ビルの壁を蹴り、高く飛翔して、柵を越えていく。


 ドーナッツに、ブラウニーに、マドレーヌというコンビニで御馴染みの焼き菓子お菓子が大量に入っていた。


 それからデフォルトされた動物が、一列に並んでいるファンシーな水色のメモ帳。



 女の子らしい可愛い丸文字で『ありがとう』と一言書いてあった。



 何度かメモ帳とお菓子を眺めて、私は苦笑した。



 昨日の匿う発言のお礼、のようだった。



 表情は変わらないし、一体どういう素性の子なのかわからないが、なんだか、とても不器用な子供だなぁと、強い印象だけが残った。


 お菓子は日持ちするものばかりとはいえ、数が多かったので、ちょうどやってきた店長にも分けてあげた。




「こんなに、どうしたんだ……?」




 と、お菓子でパンパンのコンビニの袋を眺め、ドーナッツを頬張る店長の問いに、曖昧に答えて、無理やり昨日のドラマの話題を変えた。


 仕事の話以外に話をするのは初めてかもしれない。

 店長も私が聞かれたくない話だったことを悟ったらしく、話をあわせてくれた。



 その後はやはり、週にランダムで風が3回通り抜ける。


 やり取りはそれだけのことではあったが、赤の他人というわけでもなく、知人というわけでもない彼女が柵を飛び越えるまでを、眺めるようになった。



 半年ほどが過ぎて。



 さらに高く飛翔する彼女は、ビルの壁を蹴り、柵の上のパイプの部分を蹴り、手を使わず重力を無視したように、柵を超えた。


 柵の向こうの彼女は、少しだけ笑ったような気がした。




  +  +  +




 たぶん、卒業したのだろう。


 いつかの春になってから、彼女が来なくなった。


 その後、普通にお客としてファミレスに家族?―――凄く美人やら美少女やら、普通にイケメンと、恐持ての男―――と共に一度来店した。


 一瞬、制服ではなかったためわからなかった。


 しかし、一歩遅く新人のウエイターが、水を持って真っ先に注文をとりに行く。


 美人率が高いからだろう。


 これだから男は!と思ったら、一瞬の隙をついて、出来上がった料理をバイトの女子大学生が運んでいった。


 ………爽やかなイケメンがいるからか。



 思わず舌打ちしてしまった。



 ソワソワしながら、彼女達の食事を見守り続けた。


 意外に忙しくて、水を入れに行く暇もない。

 新人がやらかした事の後始末をしていたせいかもしれないが。


 やはり表情はかわらないが、家族の食事を一口貰っていたり、貰われていたりしている光景に、なんだか安心した。


 会計の時にも同じ新人のウエイターが入ろうとしたので、先輩面して押しのけた。

 気がつけば、ここでは私は古参のウエイトレスなのだ。  


 母親らしき人が会計を終えると、他の家族は入り口に向かっているが、彼女だけ足を止めた。




「――声、かけてくれて……ありがとう」




 やはり、まだ覚えていてくれたようだった。

 そういう私も覚えていたが。


 無表情なのは変わらないが、どことなく笑っているような気もする。




「いや。逆に驚かせて、ごめんね」




 彼女が首を横に振る。




「こなくなったってことは、高校は卒業したの?」

「はい」



 

 それはもうあの道を通らないということだろう。

 なんだか寂しいような気もする。


 母親に呼ばれて踵を翻す彼女に『お菓子、ありがとう』と声を掛けると、顔だけ振り返って―――微笑ではあったが―――笑って頷いていた。




「どう見ても普通の子だよなぁ」

「そう、よねぇ」




 彼女からもらったお菓子がきっかけで、店長とはいい飲み仲間となった。


 実はぽろり、とあの時間帯の休憩に拘る私は店長に居酒屋で、ちょっとだけ話したことがある。


 そしたら、不良に追いかけられてる云々より、柵を手を使わずに飛び越えた事に『冗談だろ』と大笑いされた。別に知り合いでも友達でもないが、なんだかムッとして私は次の日の休み時間に煙草に誘った。店長も喫煙者だった。


 その時の唖然とした店長の顔を彼女にも見せてやりたかった。

 顎が外れんばかりで、食い入るように見つめていた。


 時々、二人で彼女を眺めていたら、不意に『あ、そういえば昔だけど、あんなふうに手を使わずに柵を越えてくカンフー映画見たことあるな』と店長が零す。


 ちょっと気になって、タイトルを聞いてみたが思い出せないとか言いやがった。

 しかも子供のころに見たとかいう映画なのだという。


 三日後。




「こないだは話してた柵越えるカンフー映画思い出して調べたら、懐かしの名作、とかで小さい映画館(とこ)で今週末まで上映しているんだけど?」

「行く!」

「じゃあ、明後日休みだから、一緒に見に行くか?」

「絶対行く!」




 今考えればデートの誘いだったが、柵を越えるカンフー映画が見たくて、まったく頭の中になかった。タイトルと上映している映画館を教えてくれれば、なにも考えずに一人で行っていたはずだ―――反射的に返事していた。


 それを経て、店長と付き合い始めて、今年の六月に結婚予定となった。


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