【雅美の珍しく平和な過日】
お気に入り登録2000突破のお礼小説が、次女、長女ときたのでもういっそのこと長兄も(笑)
またの名を第二章進まないから、いろいろ番外編でちょっとクールダウンしてみたり……。
【岸田 雅美 高校二年】
溜まり場と化した空き教室では、思い思いに腰をかけて昼食をしている。
購買部のパンを頬張るもの、弁当持参なもの――彼女の手作り弁当を持ってきているやつには聊か殺意を覚えなくもないが――総勢7名。
学年もクラスもバラバラ。
いつもは、もっと多いが、三年が既に登校していないので、こんなものなのだろう。
停学を受けて、自宅謹慎のものもいるせいでもあるが。
この空き教室に足を踏み入れることを許されるのはステータスらしい。
ただの多目的教室に使われているので、別に好きなように入ってきてもいいのだが、その根性があるやつはいないようだ。
分からなくもないが、男子校でもないのに、女子が一人もいないというのは、暑苦しい。
普通の学生のように教室や、中庭で食事をしてみたいが、これだけの噂になる生徒と移動すると他の生徒に迷惑がかかるだろう。
そこそこレベルの高い学校で生徒の自主性を重んじる校風とはいえ、教師にも目をつけられている。
ただ知り合いが集まっているだけなのだが、なにせ問題児が多い。
教師でも手を焼くような生徒たちばかりである。
三日に一回は仲間同士で殴り合いの喧嘩も珍しくない。
それに、つい先日、隣の高校の人間と小競り合いを起こしたばかりだ。
金の貸し借りと、パシリ、弱いもの虐めは、ご法度だが喧嘩は身内のじゃれあいのようなものだ。
よほど大事にならない限りは、仲裁に入るのが面倒なので止めない。
「――っスよね、岸田先輩!」
「ん?」
ミステリー小説を読みながら、母特製の出汁入り卵をつついていると、一年の大蔵が楽しそうに俺に同意を求めてくる。
格好は一昔前のツッパリのような姿をしている。
大蔵といえば、二年前まで大暴れしていた中学生で、たしか『四中の狂犬』とか言われており、高校生だろうが大学生だろうが、喧嘩をしまくっていることで有名だった。
出会ったのは確か、街中で逆ナンされてた所を大学生に絡まれ、さらに大蔵に絡まれた。
まぁ、その時は俺も若かったので、前者も後者も半殺しにして、その場を立ち去ったのだが、その後から、執拗に大蔵に絡まれた。
週三ぐらいのペースで絡まれて――…気がつけば、自称・舎弟になっていた。
「絶対、A組だっつーの。あの顔で胸でかいんだぞ?」
「いや、D組だって。あのスラッとした足がいいっスよね、先輩」
話の内容は一年A組の女子が可愛いが、D組みの女子もタイプが違うけど可愛い。
もう一人の佐賀――こいつも、大蔵ほど有名じゃないが中学時代は『暴走特急』とかいうあだ名がついていたような――はA組で、大蔵はD組らしい。
こっちは、着崩した学生服がチンピラっぽい風情をかもし出しており、ピアスが耳にも鼻にもついている。
「どっちも名前じゃわからんなぁ」
男というのは、いつだってこんなものだろうと思いながら小首をかしげる。
一年とは接点が少ないせいか、見た事ぐらいはあるかもしれないが、名前までは分からない。
不本意ながら廊下歩いても、十戒のように人ごみが真っ二つに割れるし。
「雅美には彼女いるんだし、そんなこと聞いてやるなよ」
「え、ええっ~~先輩彼女いるんスか?」
俺の隣でノートパソコンに指を滑らせていた眼鏡男子・田沼が横から口を挟んでくる。
どうやら恋人達の愛妻弁当を速攻で食べたらしく、お弁当箱が山積みになっている。
同級生で、高校時代からの付き合いだ。
近隣の高校生の情報なら、事欠かないぐらいの情報通で、真面目そうな容姿だが、こう見えても女たらしで、軽い。
大蔵を筆頭に、他の全員が素っ頓狂な声を上げる。
なんだよ、彼女がいたら可笑しいのか―――って、いないんだけどな。
「いや、俺も初耳だ」
「なにいってんだよ。俺見ちゃったぜ?こないだ美人連れて歩いてただろ。仲良さげに並んで歩いちゃってさぁ」
恋人がいない俺が女連れで歩くとしたら、残念ながら迷子とか道案内ぐらいだが…なんだ、もしかして由唯のこといってるのだろうか?
兄弟仲は悪くないし、普通に並んで歩くだろ。
にやにやと笑う田村。
「先週の日曜日か?髪の毛が茶色でカールしてて長めの?」
「そうそう!ちょっと年下で、凄い美人だったよなー。ちょっと気の強そうな感じで、つん、てしてるけど笑うと、周囲が明るくなるってか、可愛いかんじでさぁ」
「そりゃ、妹だ。荷物もちにされたんだよ」
田沼が固まったと思ったら、声を裏返して、叫ぶ。
「ぇええええ!!!あれが噂の凶暴な妹さん??ありえねー!!」
プロレス技で一番下の妹を気絶させた話のせいか、岸田長女凶暴説が流れているらしい。
まぁ、あながち間違いではないが。
田村が目を白黒させている横で、長野――こいつは、かなり頭が切れて、大人しく、喧嘩が好きではないのだが、ごつい顔と体が災いして、よく喧嘩を売られているらしい――が声を上げた。
その巨大な手には不釣合いのイチゴ牛乳。
「ま、ままま、待て。今週の火曜日に歩いていたじょ、じょせいは?」
「は?火曜日??」
なぜそんなにどもるんだ?
不思議に思いながら、三日前の記憶を蘇らせる。
女性はつれて歩いていないが、帰り際にスーパーから出てくる母を見つけて、荷物を持った記憶があるが、それ以外にはなんにもないな。
「あー……肩ぐらいまでのフワフワした髪で、おっとりした感じの?」
「そう、それ!親しげに、荷物とかかわりに持ってただろ!」
「あ、それ俺も見たことある!」
他のやつも声を上げる。
ってか、その場にいて気になるんなら声かければいいものの。
でも母の年齢不詳の容姿を考えると、俺ぐらいの年の子供がいる年配の女性には見えないだろうな。
それに俺の容姿は父親の若いころにそっくりらしいし、母とは似ても似つかない。
何度も学校に呼び出しされてるから、周知のことかと思ったが、違ったようだ。
今度こそ、俺は長いため息をついた。
「ありゃ、母だ」
一瞬の間をおいて、イチゴ牛乳を握りつぶした長野が素っ頓狂な悲鳴を上げて、なぜかその場に倒れこんだのだった。
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後に本当だと証明するために、家から家族写真を持ち出したので納得してもらった。
「俺の、初恋が――……」
恐ろしい呟きを零した長野は、その日学校を早退した。
2、3日寝込んだらしく、学校を休んでいた。
そして、写真の中の由唯の姿に、大蔵が一目惚れをしてストーカーになるのは、また別の話。
別名:兄と愉快な信者たちと、長女のストーカーフラグ。