【孤独のない由唯の平日】
お気に入り登録2000突破のお礼小説が、短かったような気がするのでもう一本追加。
【岸田 由唯 高校二年 夏】
「へぶぅうっ!!」
叔父に教わった回し蹴りが、男の鳩尾に決まり、体をくの字に曲げて地面に転がった。
まぁ、あの男も役に立つものよね。
迷惑ばっかりかける割には、兄より被害ないし。
数年に一度程度にしか会わぬ父の弟は、原始人のような暮らしをしているが、暴漢対策として教えられた武術は、実に披露する場面が多かった。
合気道と柔道が混ざったような感じで、打撃も一通り教わった。
よく襲われるため、独自の研究でしていた。
一番気に入ったのプロレス技。
妹を実験台にして、かなりの精度だと自負しているが、ストーカーや暴漢相手に素手で触れたくないので、頻度が高いのは必然と合気道と打撃だった。
まだ起き上がろうとする暴漢に、父が改造したスタンガンで、止めの一発。
まったく嫌ね。
きりがないって言うのはこういうことかしら。
一人心地で内心呟いて、髪の乱れを直す。
今日だけで二回目だ。
朝に学校に登校する前に、そして校舎を出てから、三百メートルで。
ちらり、と視線を流す。
電柱の後ろ。遅い速度で走る車。曲がり角。
舌打ちしたい気分だった。
これから帰宅するだけだというのに、実に長い時間がかかるであろう予測ができる。
昔はこれで大慌てだったが、今では冷静なものだと自分でも思う。
人間は慣れていく生き物だと、実感する。
目の前で暴漢を徹底的に叩きのめすというパフォーマンスをしたのにもかかわらず、減った追跡者はたった二人であった。
まだ、三人は諦める気がないようだ。
一匹見かけたら、三匹はいるというが、この先にもまだウジャウジャいるかと思うと、正直げんなりとしてくる。
なにが原因か知らないが、ここ数日こんな感じだ。
―――由唯姉はいっつもストーカー大安売りだよね。セールってか。
前に妹の言葉が脳裏を過ぎて苛立ちを覚えるが、いつもはこんなに多くないはず。
ついてくるだけの普通のストーカー……いや、ストーカーがすでに普通じゃないけど、平日だろうと休日だろうとお構いなしにいるので、感覚が麻痺しているのだろう。
ともかく、大人しい奴が一人、二人いる程度だ。
一人で帰ったためしがない。
ただですら、女子高ではないはずなのに、周囲にわらわらと女子が集まってくる。
『お姉さまw』
クラスの大半が男子であるにもかかわらず、なぜ女子生徒をはべらす結果になっているのだろう……人並みの生活を望んでいるというのに。
ともかく、忙しいというか、心休まる時間がない。
朝登校して、下駄箱を覗き込めば、ラブレターと、怪文書と、釘やら針の刺さったわら人形が一緒になって入っているのは珍しくない。
授業の間の休憩時間は、女子が周囲に集まり、昼休みと放課後は、告白の返事――女子8割男子2割っておかしいけど――掛け持ちやら、怪文書の犯人を締め上げる。
後は持ちかけられた相談を解決したり、恋のキューピットをしたり。
ゴタゴタが持ち込まれるのは勘弁してほしい。
その分、家ではぐーたらになって、妹をこき使ってしまうが、この日常が終わりを告げない限りは続くような気がした。
「おー、容赦ないなぁ」
近くから聞こえて驚いたが、聞きなれた声に、すぐに警戒を解く。
「まあね。珍しいわね、兄さん、こんなところに――あぁ、兄さんってわけ。また派手にやったの?」
自らの兄の登場に、大凡の事態を理解した。
あからさまに爽やかな笑顔を浮かべているが、兄という元凶の出現を考えれば、実に自分が危険な状態だったかを知った。
何処かから恨みを買って、尚且つ叩きのめしたのであろうことを察して、苦笑した。
そのせいで、お礼参りや、嫌がらせが兄弟に向いたのだろう。
「ミコは?」
兄の誘導で移動しながら、肩を竦めた。
「学校早退してきて、家でゴロゴロしてるよ。帰りにケーキ買って来てくれ、それで手を打とうって言ってたぞ。お前もケーキでいいか」
「……コンビニのだったら許さないけど」
「了解」
兄のゴタゴタに巻き込まれながらも、ここぞという危機回避能力はわりと高く、五回に三回は回避するぐらいなのだから、今回は当たりだったのだろう。
立ち向かってしまう自分とは逆に、要領のいい妹に関心しながらも、ちら、と背後に視線を送る。
兄の信者による制裁が終わったのだろう。
すでに、電柱の方と、曲がり角は決着がついたのか、ついてきているのは車のみ。
はぁ、と思わずため息がでる。
普通の生活がしたい。
切実に。
高望みをしているわけではない。
心から信頼できるノーマルな女友達――カラオケボックスに二人で入ったら襲ってくるとか、体育の着替えを凝視してきたりしない、信者的な後輩とかでもなく――と、一緒に、帰り道に喫茶店に寄ったり、買い物したりを楽しんでみたい。
後は普通に恋人とか――けして、ストーカーとかではなく、兄の報復のために近寄ってくるような顔だけの男でもなく――日曜日にデートしてみたい。
常に周囲に気を配り、必然的に護身術を習うような生活からは足を洗いたいのだ。
だが、この兄がいる限りは、難しいのだろう。
昔と違って、こうしたフォローも忘れないし、別に嫌いというわけではない。
これの妹に生まれてきたのだから、しょうがない。
何度目か分からぬため息をついて、ケーキ屋のある大きな通りに出たときには、すでに後方から車が追ってくる気配はなかった。
兄を見上げると、にか、と爽やかな笑顔を浮かべていた。
相変わらず胡散臭かった。
蒼い杜様、番外編までコメントありがとうございますv
それで思いついた他愛のない姉の日常の一コマでした。
多分、毎日が忙しい姉。